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婚約破棄して頂きありがとうございます。これでポーションを改良出来ます~錬金術師の少女は鉄の辺境侯爵に拾われる~

作者: 砂塵精魔
掲載日:2026/01/26

「スージー君、君との婚約を破棄する。そしてこの研究室から追放する」


 王宮内の魔導研究室で私、スージーは婚約者のリンド・ファイン殿下からいきなりそう言われてしまった。


 殿下の傍らにはブロンド髪の白衣を着た見慣れない女錬金術師もいる。


「殿下、これはどういうことなのですか?」


「まず君の作った農作物の収穫量を上げるポーションについて苦情が出ている」


 そう言うと殿下は私に書類を渡した。

 私が内容を確認してみると、「確かに収穫量は上がったが、作物の色が変わった!」と領民達からの怒りの声があがっていた。


「色が変わってしまう副作用については事前に説明していたはずです。それにその欠点も現在改良中ですが」


「そんな言い訳は聞き飽きた。あと君が作ったポーションは危険だ。僕が調合した検証用ポーションと混ぜ合わせたら爆発したんだぞ。そんな危険なポーションを作った君と婚約なんて続けられるか!」


 何で混ぜ合わせたのだろう。

 成分の違うポーション同士を混ぜ合わせたらどんな化学反応をするか、その危険性は彼も分かっていると思っていたが、どうやら私の考えが甘かったらしい。


「婚約破棄の件も、それが私の不手際のせいなのも分かりました。ですが、私がここを出たら私が助手として参加している殿下の研究はどうなるのですか?」


「君に言われるまでもない。このアーシャ君が僕の新しい助手として引き継ぐから心配しなくていい」


 そう言うと殿下は隣に控えていたブロンド髪の女錬金術師の腰に手を回す。

 この親密な様子から、彼女は殿下の助手と言う関係以上に深い関係にあることが私でも察せられた。


「初めましてスージーさん。貴女の後任になりますアーシャです」


「彼女の錬金術は素晴らしい。彼女が発明したこの魔道具『ジェノバ』なら指示しただけで様々なポーションを調合できる。しかも装置すら自分で生成可能だそうだ」


 殿下とアーシャが私が見慣れない魔道具の隣に移動する。

 研究室に入った時、何か新しい魔道具が置かれているなと思ったが、どうやらそれは彼女の物だったようだ。


 私の事はもう眼中に無いのか、殿下とアーシャはその魔道具について談笑している。

 これまでだったら、彼の隣にいたのは私だったろう。

 研究一筋だった私に声をかけ、色々と便宜を図ってくれたリンド殿下。

 その彼はもうここにはいない。


 私はそれを寂しく感じると、意を決して自分の気持ちを伝えることにした。


「そうですか。ですが、礼を言わせて頂くのは私の方です殿下」


「なんだ?礼を言うとは気味が悪い」


 殿下達は私に振り返ると、疑念を持った目でこちらを睨み付けてきた。


「実は殿下の研究を手伝っていたので、私のポーションに改良を加えるための実験をする時間が無かったんです。ですが、これで思う存分に自分のための実験が出来ます」


 自分の研究に専念することができる。

 だから、婚約破棄して頂きむしろありがとうございます。

 そう伝えたかったのだが、私の発言は殿下を再び怒らせたらしい。


「最後まで僕のせいにするのか!お前にはこの研究室の魔道具も、今までの研究も全て持っていく事を禁ずる!さあ、早く出ていくんだ」


「分かりました、殿下もごきげんよう」


 ここから私が今まで使っていた可愛い魔道具達を持ち出せないのは辛いが、仕方ない。

 私は殿下に一礼すると研究室を後にする。


 殿下と新しい助手の笑い声が、私の後を追うように聞こえてくるのだった。


 ☆


 研究室から追い出された私は、まず外の寒さにその身を晒すことになった。

 外套も無く、ボロボロの白衣の着の身着のままで出ていってしまったのは流石に不味かったようである。


 ひとまず宿を目指して街道を歩くが、そんな私の後ろから馬車が近づいてきた。

 そしてその馬車は私の真横に止まると、中から緑色の外套を着た人物が降りてきた。


「おみゃースージーちゃんか?どしたんそんな格好で?」


 独特な方言を話されるお方。

 そして私は彼が着けている鉄の肩当て付の外套から、彼が誰なのか分かった。


 ヴィクター・オロロン辺境侯爵。


双鉄(ダブルメタル)の錬金術師(・アルケミスト)』とも呼ばれる彼はこの王国では有名な錬金術師の一人だ。

 王宮の魔導研究室にも何度か来ていただいた事があるので、私とは面識がある。


 また侯爵様は昔実験で両肩に怪我をされたそうで、以来いつも鉄の肩当てをされていた。

 彼の二つ名はそこから取られているらしい。

 こんなに著名な人物であるからこそ、私は一目で侯爵様だと分かったのだ。


「こんばんは侯爵様、実はリンド殿下から婚約を破棄された上に研究室を追い出されまして」


「それはでらえらいこったやったがね」


 侯爵様は一度考え込むような仕草をすると、また私の方を見てこう言われた。


「夜も更けるし、ひとまずうちの屋敷に来ればええ。後の事はそれから考えりゃいいで」


「ありがとうございます、そのお言葉に甘えさせて頂きます」


「それと屋敷に着くまでこの外套も羽織っとき、ちと重たいかもしれんが、寒くないで」


 侯爵様は自らの外套を私のために着せてくれた。

 私はその優しさに感謝すると、彼の馬車に乗り込むのだった。


 ☆


 こうして私の第二の研究者人生が始まった。

 今、私はヴィクター様の屋敷の隣にある魔導研究室にいる。

 王宮の研究室よりも少々狭いが、ここには私の必要とする魔道具が全て揃っていた。


「よし、これで従来の欠点は克服できた」


 私は目の前にある赤い液体が入ったフラスコを見て自画自賛する。

 王宮の研究室を追い出されてから、毎晩徹夜して自分の実験に取り組んでいた。

 それがようやく今朝、実を結んだのだった。


 その時、研究室の扉が開き侯爵様が中に入って来られた。


「おー、朝からやっとるでなスージーちゃん」


「ヴィクター様、ようやく私のポーションの改良が終わりました」


 私は早速自分の研究成果についての力説を始めた。


「このポーションを使えば花も野菜も果物も収穫量が10倍になります。

 また今までの私のポーションにあったような、作物の色が変わるといった副作用は一切ありません」


 侯爵様は私の解説を聞いてウンウンと頷かれた。


「流石はスージーちゃんやな。だけど、もうちょっとポーションの収穫量の効能を落とした方がええかもしれんがな」


「それは一体どう言うことですか?」


「いきなりそんなに収穫量が上がったら皆びっくりしてしまうで、市場の供給量にも影響がでるしな。だから少しづつ効果を上げていって、馴れさせた方がエエんや無いかと思うやで」


 この侯爵様の考え方は私にとって盲点だった。

 私はいつも自分の研究成果ばかりを考えて、それが大局的にどういう影響を及ぼすかまで考えていなかったのだ。


「確かに侯爵様の仰られる通りです。私の考えが至りませんでした」


「いや、こっちも言い過ぎたで。せや、スージーちゃんは最近ここに閉じ籠ってばかりやろ?今日ばかりは一緒に外に出て、演劇でも観に行かん?」


 どうやら侯爵様は俯いている私を見て、気を落としていると思われたらしい。

 突然のお誘いの言葉だったが、私はそれを承諾することにする。


「ご配慮ありがとうございますヴィクター様、私で良ければお供させて頂きます」


 私は侯爵様に誘って頂いたお礼を言うと、手元の魔道具を片付け始めるのだった。


 ☆


 また失敗だ。

 スージーが出ていってからというもの、僕の研究が思うように進まなくなった。


 傍らにいる助手のアーシャも手前のフラスコを見ながら首を傾げている。


「おかしいですね、この組み合わせをした場合は37564%の確率で成功すると、この魔道具『ジェノバ』が計算を出して、この配合はオリジナリティに溢れていて素晴らしいと褒めてもくれたんですけれども」


「なんだそのデタラメな確率は!しかも魔道具が褒めたからって、それが何の指標になるというんだ!」


 僕はアーシャを叱責する。

 もう一度実験をやり直すように彼女に指示を出すと、僕は研究室を出るため背を向けた。

 彼女が舌打ちする音が後ろから聞こえてきたが、もういつもの事なので気にしない。


 研究室の扉を閉めると、僕は肩でため息をついた。


 どうしてこんなことになってしまったんだ。

 こんな時は一度飲まないとやっていられない。

 ひとまず僕は自室に向かうことにした。


 ☆


 僕は自室に入ると近くの戸棚から酒ビンを取り出し、一杯やり始めた。


 やはり考えてしまうのは僕が追い出したスージーの事だ。


 聞いた話では彼女はあれからオロロン辺境伯の屋敷に転がり込んだらしい。

 そしてそこでポーションの改良に成功し、領民達からの支持が上がっているという話も聞いた。


「ん?」


 ふと、戸棚の奥の方に何やらホコリを被った小汚ない瓶があるのが目に入った。

 思わず取り出すと、それはスージー君が僕のために作ってくれた安眠用ポーションの空容器だった。


「まだ数回分の量しか生産できなくて、効果も薄いかもしれませんが、それも改良してみせます」


 婚約当初に彼女は力説して僕にこれをくれたのだっけ。


 そうだ、彼女に謝ってまたやり直そう。

 僕は小瓶を持ってそう決心すると、自室を出るのだった。


 ☆


 研究室の扉が開く音が聞こえた。

 ここに来られるのはほぼヴィクター様しかいない。

 私は少し気持ちを弾ませながら入り口に向かったのだが、入ってきたのは意外な人物だった。


「リンド殿下!?」


「スージー、僕が悪かった。戻ってきてくれ」


 殿下は足元がおぼつかないようで、フラフラと研究室に入ってきた。

 私は彼を支えると、ひとまず近くの椅子に座らせる。


「戻ってきてくれスージー」


 この研究室に入って来てから、殿下の言うことはそればかりだ。

 顔色も悪いし、お酒の臭いもする。


「この瓶をくれたのはスージー君じゃないか、あの頃のスージー君に戻ってくれ」


 殿下はそう言うと持っていた小瓶をテーブルの上に置かれた。


 私が困っていると、研究室の扉が乱暴に開かれる音がした。


「大丈夫だで?スージーちゃん!?」


 血相を変えたヴィクター様が研究室に入ってきたのだ。

 よほど急いで来られたのか、彼の鉄の肩当ては右肩にしかない。

 彼の後ろにはこの屋敷の召使い達も二人控えていた。


「オロロン辺境伯か、これまでスージーを預かって貰っていた事の礼をせねばならんな」


「それには及びません殿下、寒空の下に一人で凍えている者を助けるのは人の性ですから」


 侯爵様はいつも私に話されるような方言を一切使わず、標準語で殿下に答えられた。


「スージーは今から僕が連れて帰る。ようやく彼女が必要なことに僕は気付いたんだ」


「一度自ら追い出されたのに?それはいくら殿下と言えどもお戯れが過ぎるでしょう」


 侯爵様がご自分の拳を強く握りしめていらっしゃるのが私にも分かった。

 言葉はまだ紳士的だが、私の代わりに殿下に対して怒っていらっしゃるのだ。


「また殿下は少々お酒が入っておられるご様子、そのような状態での発言を私としても信じる事はできません。ひとまずお引き取りください」


「待て、僕はこの国の第二王子、リンド・ファイン殿下だぞ。スージー!」


 侯爵様が合図すると殿下は侯爵様の召使い達に抱えられながら、研究室から連れ出される。

 それを見届けた後、侯爵様は私に振り返りこう言われた。


「ああは言ったけんども、スージーちゃんが王宮に戻りたいってんならいますぐにでんも……」


「ヴィクター様、私をまだここに居させてください。まだやり遂げたい研究も残ってますから」


 そう言って私は殿下が置いていかれた小瓶を分別ゴミの方に捨てる。


 これで彼がここに来たという痕跡も無くなったのだった。


 ☆


「あの辺境伯め、僕のスージーに対する気持ちは本当だと言うのに、今に見ていろよ」


 酔いが完全に醒めた僕は研究室に戻ると、まずアーシャ君との関係を解消するため彼女を探した。

 しかし、彼女の姿が見当たらない。


 ようやく研究室の片隅で彼女の姿を見つけた。

 彼女は傍らの魔道具に向かって何か語りかけている。

 あれは確かアーシャ君がここに持ち込んだ『ジェノバ』という魔道具だったはずだ。


「ねぇ『ジェノバ』、殿下が怒ってるんだけど、どうすれば良いかしら?」


「わたシに良い考えがある」


 アーシャ君の問いに『ジェノバ』が無機質な声で答えると、魔道具に隣接されているポッドが開いた。

 そのポッドの中から何か呻き声が聞こえてくる。


 僕はポッドから出てきた異形の何かを見て、思わず腰を抜かしそうになった。


 キメラだ。


 この研究室に魔導生物生成装置は無い。

 しかし、どうやら『ジェノバ』が自動生成で勝手に装置を作って設置していたようであった。


 キメラが大きな口を開けて僕の方に近づいてくる。

 この怪物が考えている行動理由は明らかだった。


「そのキメラを止めてくれアーシャ君!ば、バカな真似はよせ!」


 僕は走って出口から逃げようとしたが、ドアが開かない。

 ロックされている。

 再び僕はアーシャ君の方を見たが、その目は冷ややかだった。


「大丈夫ですよ殿下、研究に事故は付き物です。殿下の名誉に傷は付きません」


「うわぁぁぁ!!」


 僕の叫びもむなしく、キメラの口が閉じる。

 研究室はいつものように調合したポーションがコポコポと立てる音しか聞こえなくなった。


 ☆


「ヴィクター様、また見たい演劇があるんですけど、私と一緒に観に行きませんか?」


「スージーちゃんの頼みやったらいつでも二つ返事や。でも、怖い系の演劇やったら堪忍やで。この前見た時に肝を冷やしてんねん」


 先日、この間のお礼にと、私も自分が見たかった演劇に侯爵様を連れて行った。


 しかし、内容がパニックホラー系だったのがどうもまずかったらしい。

 演劇のクライマックスはヒロインの婚約者が怪物に食べられる場面だった。

 その場面で私の隣で見ていた侯爵様が、「うわぁぁぁ!!」とその婚約者の台詞と同じ声を上げて、私の腕に抱きつかれたのだ。


 これには最初は私も驚いたが、日頃は岩の様に冷静沈着な侯爵様の意外な一面を知れたことが嬉しくもあった。


 私は「今度はラブロマンス系の話なので大丈夫なはずです」と伝える。

 それを聞いて安心される侯爵様、そのはにかむ様な笑顔が可愛い。


 もっとヴィクター様について知りたい。

 彼の心を求める私の研究が、いつか実を結ぶ事を信じているのだから。

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