運命の赤い糸
「おーっす」
聞き覚えのある声に振り返ると、自転車に乗った北川がいた。キーッとブレーキを掛けて降りると、私と並んで歩き出す。
「おーす。北川にしては帰宅早いじゃん。サッカー部休みなの?」
「野球部が週末試合らしいから、グランド全面貸してあげてんの。夕方から大雨って予報も出てるし、今日は切り上げちゃおうぜって」
なるほど。職員室に並んでるトロフィーが、野球部だらけになる訳だ。
そういう私は文化祭実行委員の会議が終わって、さっき解放されたとこ。北川と帰りが一緒になるなんて、初めてのことかもしれない。
一年生の時に同じクラスだった北川は、今でも時々LINEを送ってくる。
『あんたに気があるんじゃないの?』なんて友だちは言うが、とりとめも無い内容ばかりでその可能性は低い。
「なあなあ、お前のクラスの田中と藤野が付き合ってるってホント?」
ほらね、こんな調子だ。
「なんで? 藤野ちゃんに気でもあるの?」
「いやいや、違えーよ。マックで二人で飯食ってたんだってさ。ほら、駅前の」
「ぷっ。マックで一緒に食べてるだけで、付き合ってるって言われちゃうのヤバくない? それなら一緒に歩いてる私たちだってヤバいじゃん」
ケラケラと笑う私に、何故か真顔になる北川。
な、なんだよその表情。
「じゃ、じゃあさ、お前付き合って無い男とも一緒にマック行ったりするわけ?」
「いやあ、マックくらい行くっしょ。行くよ全然」
「行った事あるわけ……? 男と二人で」
「うーん……無いな」
そう言うと、二人で声を上げて笑った。
その時、ゴロゴロと響く雷の音が聞こえた。見上げると空はもう真っ黒だ。
「あー、こりゃ降るな。部活切り上げて正解だったわ。——後ろ乗れよ、急ごう」
いつもはフニャフニャしてる北川だけど、たまにこんな一面を見せたりする。
そういや、自転車の二人乗りなんていつぶりだろう。にしても、流石男子。私が一人で漕いでる時より、全然スピードが出てる気がする。
「ケツ痛くねーか?」
「——なによもう。凄いな、とか思ってたとこなのに」
「え? 何が凄いって?」
「うるさい、もういい」
「ええー、意味分かんねー」
息も切らさず、笑いながら北川は言う。
だが、そんな北川の快走も空しく、とうとう雨が降り出した。
「うわー降り出しちゃったか。とりあえずどこかで止まって、雨宿りするか」
しばらく雨の中を走った後、北川はマックの駐輪所に自転車を停めた。
「傘持ってないだろ? どうする、ハンバーガーでも食ってく?」
「——って言うかさ、マックまでワザと自転車止めなかったでしょ」
「いや、他に雨宿り出来そうなとこ無かったじゃん。だろ?」
いいえ。途中、オシャレなカフェがありましたけど? まあ、まだ北川にはハードルが高かったかな。ここは彼の名誉のためにも黙っておいてあげよう。
私はドリンクだけ、北川はモリモリのセットを買って、マックの二階へと上がった。
「これ使えよ。部活で使ってないから、洗い立て」
そう言って、北川はタオルを投げてきた。
顔にタオルがポフッと当たる。北川ん家は、どんな洗剤を使ってるんだろう。私好みの良い匂いがする。
「ありがと、タオル助かる。——北川の分は無いの?」
「お前のあと使うよ。俺が先は嫌だろ?」
「だねー、汗臭そうだもんねー」
「だろー」
二人してケタケタと笑い合う。
「なんかさ……今日凄くない? 俺がたまたま部活休みになって、お前と会って。で、マックの話してたら、雨降り出してマック来ちゃってるし。——にしても良かったな、俺いなかったらびしょ濡れだったぞ」
「ぷっ。何それ、まるで俺さまのおかげみたいに」
北川が真顔で言うので、思わず吹き出してしまった。
「いっ、いや、そういう事を言いたいんじゃなくてさ。ほら……偶然が重なってっていうかさ、運命っていうの? なんかあるじゃん、糸がどうのこうのっての」
「ハハハ、北川が運命とか言っちゃうんだ。——もしかして、あれ? 『運命の赤い糸』とでも言いたいわけ?」
「あ、ああ……それそれ。そういうのも、あるかもなって」
そう言うと照れ隠しなのか、私からタオルを取り上げ、ゴシゴシと顔を拭きだした。
運命だなんて言うけど、私が文化祭の実行委員やってたこと知ってるよね? もう一つ言うと、いつもはサッカー部員と帰宅してるよね?
フフフ。一体、何が運命なんだか。
「なにニヤニヤしてんだよ、変な奴」
「うるさいなあ。タオル返してよ」
取り返したタオルで、今度は私が顔を拭いた。
でもね、今思った。
『運命の赤い糸』ってさ、運命なんかじゃなく、少しずつ二人で結っていくものなのかもしれないって。
だってさ。
そんな私だって、大きな折りたたみ傘が鞄に入ってることを黙ってるんだから。
〈 了 〉




