青薔薇の誇り
「レインはーん!」
それを横目に見ていたヌマハタが叫ぶ。
槍を抜いたギルバートは倒れたブルーローズの持つ鞄ごと資料を奪う。
「全く手間を取らせてくれる。
だがこれであの方の計画も大いに歩を進めることになるだろう」
すたすたと後ろを向いて帰ろうとするギルバートにヌマハタは襲い掛かることも出来ない。
先程のやり取りでギルバートに自分が勝てるとも思えないし戦う理由も既に失われたからだ。
「くそ、レインはん、なんでこんなことに」
ギルバートもヌマハタには関心がないらしく軍人達を集めて歩いていく。
その時、ヒヤリとした空気が辺りを満たした。
「なんだ…?」
ギルバートが足を止めると、ぱきっと何かが割れるような音が聞こえた。
見ると、足元に氷が張っていた。
「氷…?」
今は春で、暖かな陽気の中とても氷が張るような気温ではない。
そして一つの違和感に気付く。
(先程刺したレインの死体、血が出ていなかったような)
目的達成の高揚感で普段なら絶対おかしいと思うことに気付けなかったのか。
ばっと振り返ると頭を貫かれたはずのブルーローズの死体が起き上がっていた。
否、浮き上がっていた。
「核が潰されてしまった」
死体から声が響く、しかしそれは先程までのブルーローズの声ではない。
透き通るような、少女の声だった。
「これではレインを維持できないか、仕方ない」
よく見るとブルーローズの死体からはぽたぽたと水滴が垂れていた。
それはまるで、氷が解けているかのように。
「解除」
ぱきん、と氷が割れる音と共に死体が氷の結晶となって霧散する。
同時に、中から青みがかった銀髪の美しい少女が現れる。
「あ、あの子は」
ヌマハタは見覚えがあった、両親の髪色を受け継いだ写真の幼女。
目の前にいるのはその幼女が成長した姿だと思った。
ブルーローズの話に出てきた、レインの娘。
「ニーナ、なんか?」
「その通りだ。私の名前はニーナ・ブルーローズ」
今までヌマハタがレインと呼んでいた男の中からニーナが出てきた。
その事実にヌマハタだけではなくギルバートも混乱していた。
「どういう、ことだ」
「レイン・ブルーローズは五年前に死んだ」
ニーナは語る。
「最初にディアナ・ブルーローズが死んだ。
レインは娘の為に研究を続けたが、娘よりも先に発病していたレインは研究の途中で娘よりも先に死んだ。
残された娘のニーナ・ブルーローズは考えた。
このまま自分が死ねば、レインの研究も、両親の死も、何にも繋がらない無駄死にとなる。
それはニーナには許せないことだった。
自分が死ぬわけにはいかないと思ったニーナはレインの研究を完成させようと思った。
レインの研究の中には魔人病の考察も残されていた。
その中に魔人病患者は魔族のように魔法が使える可能性があるという論文があった。
ニーナは自分の中に魔力を生み出す器官が備わっていることに気付いた」
ニーナを中心に冷気の勢いが増す、足元の氷がギルバート達の足を縫い付けるように凍らせていく。
「これは…!?」
「ニーナの魔力は氷の性質を持っていた。
ニーナは考えた、自分が研究を続けようにも自分には後ろ盾がない。
レインの研究の出資者もニーナが相手では手を貸さないだろう。
そこでニーナはレインの見た目を借りることにした。
自身の氷の魔法でレインを模した氷の外殻を作った」
軍人達はパニックになってニーナに銃弾を放つ。
だがニーナに近づいた銃弾は氷漬けになってニーナの目の前で落ちていく。
「そうしてレインとなって研究を続けたニーナは魔人病の特効薬を完成させた。
亡き両親の名誉のために、ニーナはこの薬を世界に広めなくてはいけない」
「化け物が!」
槍で足元の氷を砕いてギルバートがニーナに飛び掛かる。
「私はニーナ・ブルーローズ。
誇り高き青薔薇の名を持つ者」
ギルバートの突き出した槍をニーナが指先で受け止める。
ギルバートは顔を残して全身を氷漬けにされた状態で彫刻のように固められていた。
背後の軍人達も、ギルバート程ではないが身体が動かせない程度に凍らされている。
「くそ、くそ…!」
「命は取らない。
私は研究者で殺人鬼ではないから。
鞄は返してもらう」
鞄を取り返すとニーナはヌマハタの下へと向かう。
ヌマハタはぽかんとした顔でニーナを見下ろしていた。
「どうした」
「えっと、ニーナ…ちゃんでええんやんな」
「肉体年齢が魔人病の影響で止まっているが、これでも15歳を超えて成人済みだ。
ちゃん付けと児童扱いは遠慮願いたい」
「し、失礼しましたニーナさん」
「そこまでかしこまらなくても大丈夫だ。
行こう」
ほぇ?と首を傾げるヌマハタにニーナも小首を傾げる。
その様子は成人済みの女性とは思えない可愛らしい少女そのものだ。
「帝都までの案内をしてくれるはずだろう」
「あ、あぁ、そうでんな」
「これから長い道程になるのだろう。
私は父と違い帝都には行ったことがない。
案内は任せる」
「りょ、了解ですわ」
「それからもう少し楽にしてくれていい。
あまりかしこまられても落ち着かない」
「…わかった、よっしゃ!行きましょニーナはん!」
氷漬けの軍人達を置いてヌマハタとニーナは去っていく。
ギルバートはそれを恨みのこもった眼で睨みつけていた。
「覚えていろ、ニーナ・ブルーローズ…!」
町中での乱闘騒ぎは町外れの路地裏だったこともあって気付かれていないようだった。
そのまま大きな街へと向かう馬車に乗り込み二人は町を後にした。
「そういえばニーナはん、レインはんには戻らなくていいんでっか」
ニーナは未だに少女姿のままで、ヌマハタと一緒にいるとどう見ても親子には見えないこともあってやや人目を引いていた。
「あの外殻は作るのに一か月はかかる。
細かい調整や人肌に見えるようにする技術などすぐに作れるものではないんだ」
「そうなんでっか…」
そういえば、とヌマハタは重ねて質問する。
「もうマスクなくて平気なんでっか」
「あぁ、どうも人間になった訳でもなく魔族になった訳でもないようだ。
肺の構造が変化したのか、瘴気も浄気もどちらも処理できるようになったようだ。
魔族としての機能が失われたわけでもなく魔法も問題なく使える。
まさに魔人、といった状態なのだろう」
ヌマハタはニーナをじーっと見つめる。
「どうした」
「いや、ニーナはん、レインはんの時よりもよう喋ってくれる気がするなぁと思って」
「あれは…」
ニーナが少し頬を染める。
「…私だって人見知り位する」
そんなニーナの様子を見てヌマハタが大声で笑った。
「なにがおかしい」
「いやぁ、こうしてみるとニーナはん思ったより普通の子やなと思ったんや。
レインはんの時は感情も表情もなんも無かったもんやさかい」
「外殻は表情の機微を表すことができなかった。
私にも感情はある。
乏しい方だという自覚はあるがな」
確かに一般的な人間に比べればニーナは感情の起伏が落ち着いている。
特に表情は今も殆ど変化は見られない。
だがヌマハタはそういったニーナの個性を悪くは思ってなかった。
(なんや、全然タイプは似てへんけど娘のことを思い出してまったわ。
あいつらのために胸張って帰れるように、ニーナはんを帝都まで送ったらなあかんなぁ)
そんなことを思っていると目の前のニーナがうつらうつらとし始めた。
「寝させてもらう」
そういうと馬車の椅子に横になって寝始めた。
資金は潤沢にあるため良い馬車に乗っていることもあり、揺れも少なく椅子も柔らかいため寝心地は悪くなさそうだ。
ヌマハタはそんなニーナに娘の面影を重ねながら、荷台の荷物から毛布を取り出してニーナにかけてやった。
二人の旅はまだ始まったばかりだ。
読んでいただきありがとうございます。
この話は学生時代に漫研の友人と共同制作しようとしていた漫画の原案を小説にしたものです。
一話完結の読み切りにしようとしていたため、先の展開などは今のところ特に考えていません。
気が向けば続きを書くかもしれませんので未完のまま放置します。
ご了承ください。