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BlueRose  作者: 白縫
1/3

魔人病

「ひぃ、ひぃ、ふぅ~…ようやくついたでぇ」


 町外れの森を抜けて、男が一人家と呼ぶには大きく、屋敷と呼ぶには小さいという微妙なサイズ感の館前へとやってきた。


 男の名前はヌマハタ。東の国の生まれらしく訛りの強い口調に、見た目はでっぷりと肥えた体に背高帽をかぶり小さな丸いレンズのサングラスを鼻先に乗せた、いかにも怪しい見た目の中年男だ。


「ここが例のハカセがおるっちゅう研究所でっか」


 ヌマハタが言うようにここは研究所だ。

 ヌマハタは森を挟んだ先の町でこの研究所の所在を聞いて訪ねに来た。


「魔人病研究の第一人者、レイン・ブルーローズ博士。

 魔人病の特効薬を開発するために田舎の生まれ故郷に帰ってからは表社会に出ていない男…でっか。

 しかぁし!このヌマハタ・ヒトシのカンが言うとりまっせ!

 何かしらの金の匂いがぷんぷんすんでぇ!」


 魔人病(まじんびょう)

 正式名称『魔族変異症候群トランスデモンシンドローム』とは不治の病である。

 人族(ヒューマン)のみがかかる病とされており、発病後徐々に身体が魔族(デーモン)のものになっていく病気である。

 魔族は魔界の瘴気(しょうき)で生きており、人間が瘴気の中で生きられぬように魔族は人界の浄気(じょうき)の中では生きられない。

 そのためこの病気の発病者はボンベから常に瘴気を吸う必要がある。

 しかし魔族ではない部分には瘴気は毒のままであり、浄気を吸って呼吸困難で死ぬか、瘴気を吸い続けて毒で死ぬかを迫られる。


 そんな病を研究していた第一人者がレイン・ブルーローズ博士である。

 すなわちヌマハタの目の前にある研究所の主だ。


「薬が完成しとればその利権を握ってロイヤリティでうはうは。

 そうでなくても研究成果の途中経過を上手いこと手に入れれば研究者に高値で売れるはずや。

 よっしゃ!ほな早速商談開始やで~」


 研究所の扉についた呼び鈴を鳴らす。

 ジリリリリン、と呼び出し音が鳴る。


「レインさーん、いらっしゃいまっかー」


 声をかけてしばらく待つも、中からは何の反応もない。


「留守かいな…うん?」


 何の気なしにヌマハタがガチャガチャとドアノブを回すと鍵がかかってないことに気が付く。


「なんや不用心でんなぁ、せっかくやし少し見学でもさせてもらおか」


 ヌマハタは不躾にドアを開けると躊躇いなく中へ踏み込んだ。

 あわよくば研究成果の資料でもあれば写しを勝手に取ろうと企んでいた。


 中は研究所と聞いていた割には普通の民家のようだった。

 広すぎず、かといって狭くはない。

 一般的な家族が住むとすれば十分すぎるほどの広さがある。


「研究所ちゃうんかい…おっ」


 ヌマハタは棚に飾られた写真を見つけた。

 そこには夫婦と娘が仲睦まじそうに写っている。


「ほー、これがレインはんでっか」


 レインと思われる男はウェーブがかった青髪をしており、白衣を着ていることからいかにも博士といった風貌の男だ。

 隣に写る配偶者らしき女性は銀髪でどこか儚げな雰囲気のある美人だ。

 娘と思われる幼女は二人の髪色を足して二で割ったように綺麗な青みがかった銀髪だ。


「美男美女揃いの家族でうらやましいでんなぁ。

 うちとは大違いやで」


 写真を棚に戻し家の中を見て回ると、異様な雰囲気を醸し出している扉を発見した。

 若干の冷気を放っているのか扉の前に立つと寒気がしてヌマハタは鳥肌が立った。


「怪しい扉でんな、さてはここが真の研究室やな」


 ヌマハタは扉を開ける。

 中には下り階段があり、どうやら地下室へと続いているようだった。


「お邪魔しまっせ~」


 なんとなくそんな挨拶をしながら下っていくと、すぐに下へと辿り着いた。

 先程より冷気が強くなってヌマハタは身震いする。

 階段の先にはまたも扉がある、そっとドアをあけて中を覗くとやはり研究室だったようで、薬品の入った瓶や研究に使うのであろう器具が並んでいた。


「いかにもな雰囲気でんな」


 中に入り物色を始める、流石によく分からない薬品類などに触る気は起きず、資料らしきものなどないか探していると不意に気配を感じた。


「これで…」

「うひぃ!?」


 唐突な自分以外の声にヌマハタは思わず飛び上がる。

 後ろを振り返ると扉で影になっていたスペースにフラスコを持った男が薬品を混ぜ合わせていた。


「な、なんやこんなとこにおりはったんか~。

 あんさんがレインさんでっか?」

「そうだ、この反応…想定通りだ、であれば…」

「れ、レインさーん?」


 ぶつぶつと何事か呟く男にヌマハタの声は届いていないようである。

 ヌマハタはよくよく男を観察すると、そのウェーブがかった青髪は確かに先ほど見た写真と一致する。

 だが写真と違い男は口元にガスマスクのようなものを付けていた。

 マスクから伸びた二本の管は男が背負っているボンベに繋がっており、ヌマハタはそれに見覚えがあった。


(これ、魔人病患者の瘴気ボンベや)


 それを見てヌマハタは思う。


(なんや、ミイラ取りがミイラにってやつかいな。

 魔人病の第一人者本人が魔人病になっとったら世話無いで)


 後ろでそんなことを考えているヌマハタをよそに男は迷いのない手つきで様々な薬品を混ぜ合わせていく。

 液体の薬品をフラスコに移したと思えば粉末を匙で計り取り液体へと投下する。

 流れるような手つきはどこか上等な茶人の作法のような気品を思わせ、ヌマハタはほぅ、と見入っていた。



 そして濁った色をした二種の薬品を男が混ぜ合わせると、フラスコの中の薬品が唐突に澄んだ青色へと変化した。


「完成だ」

「完成って、魔人病の特効薬でっか!?」


 男の言葉にヌマハタは目を見開く、まさに今目の前で薬が完成したというのだ。

 なんという奇跡的なタイミングだろうか。


「試薬No.152」

「試験品かーい」


 男の言葉にヌマハタはズコーっとこける。

 考えてみればそんな奇跡のようなタイミングで完成するはずはないか、と思っていると男はおもむろにマスクから管を抜いて取り外した。


「ちょいちょいちょい!あんさんマスク外したら!」


 ヌマハタが止める間もなく、男は手に持ったフラスコの薬品を躊躇いなくぐいっと飲み干した。


「ちょ」


 男は息を止めたまましばらく動かない。

 ヌマハタもその様子を黙って見守っていると男は息をゆっくりと吐きだして吸い込んだ。


「うぐっ!?」

「レインはん!?」


 男は口を押さえて蹲る、手を伸ばして机の上に置いたマスクを取ろうとするが思ったより浄気を吸った時の発作が酷かったのか取れないようだ。


 ヌマハタは慌ててマスクを取って男の口に押し当てた。

 男は管をマスクの連結部に差し込むと深呼吸する、ヌマハタもしばらくその様子を見守っていると段々と呼吸も落ち着いてきた。


「大丈夫でっか?」

「貴方は…」


 ようやくヌマハタの存在を認識したらしい男をヌマハタは肩を支えて立ち上がらせる。

 男の体はこの地下室に漂う冷気のせいか、まるで氷のように冷え切っていた。


「ひとまずこの部屋出ましょか、死体みたいに冷え切ってまっせ」

「あぁ…」


 上の階に戻りリビングのソファーに男を腰掛けさせると、ヌマハタは対面の椅子に座った。


「勝手に上がってすんません、わしはヌマハタっちゅうもんですわ」

「世話を掛けた」

「いえいえ、そんな。

 あんさんはレイン・ブルーローズさんでよかったでっか」


 男は少し考え込んだ後に返答する。


「私はブルーローズだ」

「そうでっか、いやなに、わてはあんさんの研究に興味があって訪ねてきたんですわ。

 まぁ結果は失敗だったみたいやけども」

「成功している」


 ヌマハタの言葉にブルーローズは否を返した。


「でもあんさん倒れてはったで?それにそのマスクも」

「確かに、想定では即効性のある薬のはずだった。

 しかし私の体には既に変化が出始めている、やがて人間に近い体に戻るだろう」


 ヌマハタは目を見開いた。

 失敗だと思っていた薬は成功していたらしい。


「ほんまでっか!?」

「私は嘘は言わない」


 ヌマハタは喜びで思わず口元を綻ばせる。


(研究の途中データだけでもふんだくろうと思うてたけど、まさか完成したとは思わなんだわ。

 だがそれなら完成品の薬で思う存分儲けさせてもらうでぇ!)


 ヌマハタのよこしまな感情を知ってか知らずかブルーローズは立ち上がる。

 そのまま何も言わずに地下室へと向かうのをヌマハタは疑問に思いながらも後を追う。


「れ、レインさん?なにするんでっか?」

「資料を持って町に向かう」

「何のためにでっか?」

「国に託して量産してもらうためだ」

「なんやて!?」


 ヌマハタは焦る。


(そんなことされたらわての計画がぱーやがな!なんとしても止めな!)


 そんなことを考えている間にもブルーローズはさっさと資料を纏めて外へ出ようとしていた。


「ま、待ちなはれや!レインさん、レインさーん!」

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