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三つの魂

主人公の二道くんの中には三つの人格があり、日々その三人と楽しい日々を送っております。

しかし、少しづつその日常は変わっていってしまうのです。

高校2年の春。

変わらず騒々しい脳内。

「おい見ろよ二道!、このワンツー」

「そんなことより見て!、すごい回ってる!」

「楽しそう…」

俺の脳内には俺の他に三つの人格がいる。

喧嘩が好きな「怒雷(どごう)

少し子供っぽい「嬉楽(きらく)

物静かな「哀悲(あいしゅう)

自分の中に他の人格がいるというのが普通でない、なんてことは理解してる。

でも、不思議とその生活に慣れてしまった。

多重人格という扱いになるのだろうか。

多重人格になる原因は耐えれないほどの苦痛を別人格に押し付けることで自分を守る、言わば自己防衛のような物。

ただ、俺はこの人格が生まれた原因が分かっている。

遡る事七年前。

母さんが死んだ、父さんにそう告げられた。

交通事故、とも言われた気がする。

その日は酷く泣いて、すぐに寝付いた。

その次の日、こいつらはいた。

ありきたりと言えばありきたりな芽生え方なのかもしれない、不慮の事故で死んでしまったなんてなかなか受け入れられるものでもないだろう。

問題はその事実を俺が覚えている事だ。

なら、こいつらはなんのために生まれてきたの?、という疑問が浮かんでくる。

今となっては自分の中に複数人格があることを当たり前のように暮らしてはいるが、冷静に考えれば普通に非日常だ。

とは言っても、本人たちに聞くのもどうかと思ってしまう。

生まれた原因の一つに母さんの死がある以上、下手な質問はあいつらの地雷になる可能性がある。

気軽に聞けず、しかも生まれた理由を知ってるとも限らない、なにせ2/3はバカだ、そんな深い事考えて生きてなさそうだし、考えてても答えが出せるかどうか。

哀悲も哀悲で話しづらい雰囲気漂わせている上に地雷まであると考えるとあの二人よりめんどくさい事態になりかねない。

まあ今のところは少々頭がうるさい程度で実害と呼べるようなことも起きてない、最悪死ぬまでこのままでも正直構わないとも思ってる。

そんなことを考えていると、いつの間にか家に着いていた。

「ただいまー」

返事は返ってこない、父さんは今会社にいるから。

心のどこかで、母さんの返事を期待してるのかもしれない。

「おう。おかえり」

一瞬、体が震えた。

俺の言葉に返事をした人間がこの家にいる事に、喋り方的に男、でも父さんじゃない、盗人?、泥棒?。

どちらにせよ。家の持ち主が帰って来たにしては不自然に冷静で、明るい。

と、言ったものの、あらかた予想はつく。

恐らく親戚の誰かが来たのだろう。

父さんはたまに俺になにも言わず親戚を寄越す、その時は決まって父さんは帰って来ない。

考えていると、その声の主は玄関まで来た。

「えーっと、すいません、どちら様でしょうか」

確認のために聞いてみた。

「え?、わからん?」

「あれ、会ったことありましたっけ?」

この人は一回も面倒を見に来たことがないはずだけど。

覚えてなかったことにショックを受けてるように肩を落とし、口を開く。

二道現人(ふたみちあらひと)。お前の兄だよなんで忘れてんだ」

「面影ないね」

確かに言われてみればお兄の顔だが言われなければわからない程変化している。

「にしても、帰って来たんだ。ずっとお婆ちゃんの家に居候してたのに」

「仕事クビになって住む理由もなくなったからな、良い機会だと思って帰って来た」

クビになる程のことをこの兄はしたのか、なんて思いつつ胸の中に秘めておいた。

「そう。それで、これからはこっちに住むの?」

「ああ。近場の仕事探してそこで働くよ」

お兄はいきなり腰を少し落とし、俺と同じ目線で見つめて来た。

「…なに?」

「いやぁ。かわいいなぁって」

「え、なにキモい」

普通に男だぞ、俺。

「弟をかわいいと思うのは兄の特権だろ!」

「こんなことで権利を主張しないで」

そこでやっと違和感に気づいた。

「哀悲…?」

「文学的な悪口だな」

頭の中が異様に静かだ。

その原因は一目瞭然…いや一耳瞭然?。

とにかく、哀悲がなぜか怒っている。

嬉楽と怒雷は怒りの原因が自分たちだと思っているようで、二人とも正座をして哀悲と向き合っている。

こんなことは初めてだ。

なにか、ただならないことがお兄と話している間に起きていたのか?。

「ごめん、宿題あるから部屋に行きたいんだけど、いい?」

なにをするにもお兄が近くにいてはリスクが大きい、一回離れなくちゃ。

「うーん。まあ学生だもんな、仕方ない」

「ありがと、終わったらすぐに戻るよ」

玄関で靴を脱ぎ揃え、自室の二階へと階段を登る。

自室へ着き、ドアに鍵をする。

「哀悲、どうした?。また嬉楽のコマが顔に跳ねて来たのか?」

哀悲は黙っている。

「わかった。怒雷が転んで本を破ったんだな?」

まだ黙っている。

どうしようかと思っていると、やっと声を出してくれた。

「ちょっと本を読んでたら感情的になっちゃっただけだよ。ごめんね。」

「そんな感情揺さぶられる本あったら社会問題だぞ」

「僕、なんでも感情表に出しちゃうタイプだからさ。あんまり気にしないで」

哀悲はそんなに感情を表に出さない人間だ。

せいぜい出したのは嬉楽のコマが跳ねて当たった時と、怒雷が転んで本が破れた時くらい。

その時は流石に怒ってたが、あの時は口で言っていた。

こんな静かな怒りではなかった。

「本当に大丈夫なのか?」

「うん。本当に大丈夫だよ」

こんな中途半端な形で会話を終わらせて良いのか考えたが、これ以上話しても進展はないだろうと思うことにした。

「それじゃ、そろそろそっちに行くか」

俺は寝る体制になった。

「お、やっとか」

「早く見せたいなぁ、僕のコマの成長具合をさぁ!」

いつしか眠りについていて、目覚めた時には。

「んんー…」

「来た来た、じゃあ早速喧嘩しようぜ」

「その前にどっちがコマを長く回せるか勝負でしょ!」

俺は行きたいと思えば、こいつら三人と同じ空間に行ける。

その間は、俺の本体は寝ているようだ。

広さは六畳の一部屋、壁の一角は大きなモニターのようになっていて、起きている時はここに俺の視界が映し出される。


「うるさいうるさい、喧嘩はしない、コマならいいぞ」

「はぁー?、なーんだその対応の差はよお」

「俺は暴力に魅力を感じない、サンドバッグにでもあたっててくれ」

「つまんねー」

「よし!、じゃあ早速やろうか!」

そういうと、嬉楽はコマを渡して来た。

いつも使ってる愛用コマだ。

「えーっと、今何勝何敗だっけ?」

「42勝38敗、僕が勝ってるよ」

「ああそうか、そういや負けてたな」

俺が勉強してる間にもこいつは練習してるんだから負けてても仕方ない。

そんな負け惜しみをしたいが、そもそも相手はほぼガキだ、そんなことを考えてしまった時点で負けてる。

「さぁやろうか。怒雷、豪快なゴングお願い」

「へいへい。やりゃいんだろやりゃ」

サンドバッグの前に立ち、拳を引いた。

「死ねやゴミー!」

部屋にサンドバッグの悲鳴が響き、俺と嬉楽はコマを回した。

「さて、いつ止まるやら」

「良い!、今のすごく良かった!。これなら最高記録の2分24秒を超えるかも!」

「もう俺のコマ眼中にないじゃねぇか」

そんな文句を吐きながらコマが止まるのを待つ。

「あー、止まっちまった」

「ふふふ、二道に勝つなど通過点に過ぎないのだよ」

「の割には俺結構勝ってるけどな」

しばらくして、嬉楽のコマも止まった。

「さぁ!、何分回った!?」

俺は時計を見た。

「2分…30秒くらい」

「やった!、新記録達成!」

嬉しそうに飛び跳ねている。

「二道、これなんて読むの?」

哀悲に話しかけられた。

「んーっと、海月(くらげ)かな、というかクラゲ漢字表記なのか」

「うん、この人の小説って解説なしでいきなり難しい言葉とか、普段漢字で書かない物を漢字で出してきて難しいの」

「へえー、そりゃ読み応えがありそうだ、今度辞典でも持ってくるか」

「お願い出来る?」

「哀悲のお願いは断らないよ」

「ありがとう」

話が終わってすぐに怒雷が話しかけて来た。

「二道」

「なんだ?、喧嘩はしないぞ?」

「わかってる、だから勝負だ」

「勝負か、ちなみにどんな?」

「1分間サンドバッグを殴る、その合計が多かった方の勝ちだ」

怒雷にしては許容できるお誘いだった。

「良いだろう、その勝負受けて立つ」

「っしゃ決まり!、んじゃ俺からな」

怒雷がサンドバッグの前に立つ。

「嬉楽、何回攻撃したか数えてくれ」

「えーめんど」

「さっきゴング役やってやったろ、交換条件だ」

「はぁ、わかったよ」

「二道はタイマー役な」

「へいへい」

少し間を置いて、口に出す。

「よーいドン」

「っしゃぁー!」

怒雷の拳は最初こそ速かったものの、終わりに近づくにつれ遅く弱くなっていった。

「終了」

「だぁ…はぁ…何回だ?」

「94回」

「及第点…ってところか」

怒雷はゴロンと寝っ転がった。

「頑張れよ二道、本気でやんなきゃ許さねーぞ」

「わかってるよ、やると言った以上全力だ」

「それじゃ、ちゃっちゃとサンドバッグの前立って」

嬉楽の気怠げな声に従った。

「じゃ怒雷、タイマー係よろしくね」

「ああ」

「はい、よーいドン」

いきなりのその合図に少し戸惑いながらも、全力でサンドバッグをぶん殴る。

その時点で、怒雷との差に自分自身で気づいていた。

これは、勝てないな。

「終了」

「はぁ…はぁ…はぁ…何回…だぁ?」

「79回」

「15差か…頑張った方だろ」

疲れのあまり、怒雷のように寝っ転がった。

「二道、ここも教えて欲しいんだけど」

哀悲が指を差したところには「碍」と書いてあった。

「えーっと…旧字体の「害」だ。…なぜ旧字体?」

「さあ、でもありがと」

「おう、って。そろそろ勉強するか」

ここにある物たちは、ある工程を踏んで現世から持ってきた物だ。

方法は見つけられた中では一つ。

ここに来る時に手に持って来たいものに触れておくこと。

そうすれば俺と一緒にそれはこの世界に持って来れる。

ただ、ここに持って来たからと言って現世からそれが消えるかと言うとそうではない。

理由は不明。

俺はその方法で持って来たノートと教科書。

そして文房具類を手に持ち、勉強を始めた。


数時間後、時刻は18時となっていた。

「やっば。そろそろご飯の時間だ」

起きる方法、それは起きたいと思いながら自分に苦痛を与えることで出来る。

苦痛と言っても、精々ほっぺを強くつねる程度でいい。

俺はほっぺをまあまあの力でつねった。


「おーい優助ー?、ご飯だって言ってるだろー?」

お兄の声が聞こえて来る。

「んー。はーい、今行くよー」

階段を駆け降り、リビングへと向かった。


「あ、おかえり父さん」

「ただいま」

「今日は久々に家族全員揃ってのご飯だ!、俺も気合い入れて作ったから早速食べて感想ちょうだいな」

「現人。母さんがいないだろ」

「生きてる人はって意味だよ。俺が母さんのことが嫌いみたいに言うのはやめてくれ。なあ優助」

「え、あー、うん。お兄だって悪気があって言ったわけじゃないと思うよ」

「…そうか、そうだな、悪い現人。俺が神経質過ぎた」

「いいよ父さん、俺も誤解を招く言い方だった。次から気をつける。それはそうと、ご飯食べちゃってよ、冷めたご飯食べたくでしょ」

「そうだな。せっかく現人が作ってくれたんだ。温かいうちに食べなきゃ罰が当たる」

父さんとお兄が両手を合わせるのを見て、俺もそれを真似た。

「んん。美味しいな」

「だろ?。俺の飯は日本一よ」

「母さんから教えてもらったのが活きてるな」

「父さん。これは俺の努力だ。母さんのお陰なのは認めるけど、それだけじゃないんだよ」

父さんは拳を強く握ったあと、言葉を出した。

「悪い。どうもこう家族が揃うと母さんを思い出してしまって。話を全て母さんと繋げようとしてしまう。現人が努力したのだってわかってるのに」

「わかってくれれば良いよ」

静寂が食卓を包む。

もはや誰も喋れる空気ではなくなっていた。

「お兄。ごちそうさま。食器洗うからみんなが食べ終わったら言って」

「いいよいいよ。どうせ明日からデリバリーか市販のやつ合わせた雑飯になるんだ。今日くらい俺が全部やるよ」

「そう、ありがと」

その言葉に甘え、歯磨きをした後自室へ戻った。


「ふぅ。お兄の飯美味いな」

「ずりぃぞ二道ばっか美味いもん食いやがって」

「仕方ねーだろお前らに食わすのめんどくさいんだから」

「はーあ。いいねー自分の体があるやつは」

「たまに貸してんだろ、わかった。明日どっか寄ってやるよ、それでいいだろ?」

「マジか!?よっしゃー久しぶりに美味え飯が食えるー!」

「哀悲は明後日以降でいいか?」

「うん」

嬉楽と目が合った。

「嬉楽、お前はどうする?」

「いや、いいよ。ご飯よりこうやってコマを回してる方が楽しいから」

嬉楽はいつもこの誘いを断る。

それがなぜなのか、理由を問おうとも返答は濁されるだけ。

そう思い、質問したことすらなかった。

「それじゃあ、明日も学校だから寝る」

騒がしい頭の中には、平穏と笑顔が詰まっている。

7年間、ずっとそうだった。

三人全員好き

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