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雪花火奇譚【プロトタイプ版】  作者: 冬野ゆな
雪女――または出会い(全20話+α予定)

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第18話 祓い、清める

 夏樹が封印を解くのと同時に、横へと避けた。

 雪鬼の両腕が一気に前に突き出される。両腕は背後にいた氷華めがけて突き進む。けれども、その両腕が届くことはなかった。ビキビキと音がして、雪鬼の両腕が爪の先から凍り付いていく。雪鬼が首を傾げる。

 氷華を抑制していた焔の気配が一瞬にして凍り付き、黒髪から黒い色が抜け落ちた。焔が内側から消されて落ちていくのと同時に、制服が凍り付いていくように白い着物へと変貌する。閉じていた目を開くと、褐色が抜け落ちて青い光が灯った。


「お前……、あのときの……雪女か」


 雪鬼が目を細めた。

 むりやりに両腕を動かそうとすると、そのまま肘の氷を一気に割り、両腕を氷華に向けて叩きつける。氷華がひらりと後ろに跳ぶと、一瞬前にいた場所の床が割れた。


「獲物を、奪いにきたか」

「まさか。あなたの獲物に用はありませんよ」


 片手をかざすと、雪鬼に向けて吹雪が吹き付ける。


「何故だ?」


 雪鬼は理解できない顔をした。

 互いから吹き付ける吹雪は同じものだが、違うものでもある。


「お前とて、同じ雪の怪だろう」

「あなたはひなちゃんを殺した。……ひなちゃんはなにも関係なかったのに」

「わからぬ」


 雪鬼の拳が、護符の貼られていない壁を勢いよくぶち破った。壁にめりこんだ拳を易々と抜くと、氷華の頭を掴もうとする。


「それなら……、先に食えば良かっただろう?」

「……っ」


 氷華はあからさまに顔を歪めた。

 拳を次々に避け、氷華はひらりとかわしていく。玄関からできるだけ離れようと、雪鬼の視線を誘導する。空間を固定している護符の一枚が、耐えきれずにバタバタと剥がれ掛けているのが見えた。


「そうでしょうね。あなたはそう思うのでしょう」


 不快感を隠しもせずに言う。

 互いの指先と足が、互いの吹雪で凍っていく。氷華は軽く指先を握って凍りかけた指先を動かす。雪鬼は勢いよく足を引き上げた。胸に貼り付いたままの熊谷健一の顔がとつぜん歪み、甲高い叫び声を発した。


「……うっ」


 思わず片耳を塞ぐ。

 超音波のような声だ。耳から入り込んだ高い声が脳髄を刺激する。でも、ここから動くわけにはいかなかった。

 ――夏樹さん……!

 助けでも求めるように、思わず叫びそうになる。


「交代や、氷華」


 すぐ背後で、準備が整った。

 氷華の目の前に、焦げた文様のある護符が幾つも浮かんだ。乱雑に浮かんだそれは一気に整列する。氷華が背後へ下がると、代わりのように夏樹が前に出た。だん、と片足で床を踏みならすと、整列した護符がすべて上下に分かれて二枚になった。

 腕を払うと、護符が次々に雪鬼へと殺到し、体に一気に貼り付いた。動きをとめられていた体が次々に白い護符で埋められていく。黒い爪の先がむりやりに護符を剥がそうとするが、その先から次々に白い護符が貼り付いてその姿を覆い隠していく。凍り付いた腕も足も、やがて胸元の熊谷健一の顔にも貼り付いていった。

 褐色の目が燃え上がり、赤い色がまっすぐに雪鬼を見つめる。


「……祓い、清めよ……!」


 護符が一斉に燃え上がった。

 周囲の人間や壁の一切を燃やさず、中の雪鬼だけを燃やしていく。きつく圧縮していく。わずかに雪鬼の体が動いたが、段階を踏むように小さくなっていく。それは次第に紙を貼り合わせた珠になっていった。

 咆哮があがる。その声は焔の中へと消えていく。声は熊谷健一の声と混ざり合っていた。


「あなた!」


 女が追いすがろうとしたが、氷華がその体を掴んで止めた。


「ぐうううう!」


 雪鬼は珠の中から抜けだそうともがいたが、やがてその腕さえもが護符の中へと圧縮されていった。珠は燃えさかる焔の珠となって、やがて大きく燃える音とともに、その場に灰だけが落ちていった。一枚の護符だけがひらひらとその上に落ちてきた。

 後ろに見えていた雪山が遠くなり、そこにあったのはただの古い家の、廊下の奥だった。壁に貼り付いていた護符がみなちりちりとひとりでに燃え上がった。壁には焦げ跡ひとつつかないまま、護符だけが消えていった。

 夏樹が灰になって流れていくところから、一枚の護符を拾い上げる。

 そのとたんに、女が氷華に掴まれながらも膝をついた。


「う、うう。……うううぅ……」


 うめき声のような声は、次第に嗚咽になっていく。

 氷華はようやく女の腕を離した。そのまま目線を向けると、玄関の戸口を背にして呆然と座り込んだ柴田が見えた。手はナイフを持ったままだったが、やがてからんと音をたてて膝から滑り落ちた。それでも目は動かず、どこか別の場所を見ているようだった。


 氷華は自分の体から氷が溶け落ちていく感覚を覚える。白い髪や白い和服が雪のように溶けていき、制服の姿に戻る。掌を見てから、開いたり閉じたりを繰り返す。青い瞳から色が溶け落ちて、褐色が現れた。もう風には乗れなさそうだった。


「氷華。……大丈夫か?」


 拾い上げた護符を丁寧にしまい込みながら、夏樹が近づいてくる。


「あの」

「うん?」

「帰りもバイクに乗せてもらえます?」


 夏樹はしばらく瞬いたあと、ニッと笑った。


「もちろん」

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