第13話 作戦会議(2)
「ま、そんなことより。ほらこれ、見てみい」
そんなことはどうでもいいとばかりに、夏樹はスマホを見せてくる。
画面では電子新聞の記事がふたつ引用されていた。記事の日付はどちらも七年前のものだ。
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〈N山で遭難事故、男性グループ三人が救出〉
N山を登っていた登山グループの男性四人が帰ってこないという通報が入り、警察と消防が救助活動に向かった。男性三人はホワイトアウトによって方向感覚を失い身動きが取れなくなったところを救出されたが、男性一人は途中で雪崩に巻き込まれて行方不明になっているという。
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そして、もうひとつ。
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〈N山で行方不明の男性、いまだ発見されず〉
先日、N山で発生した遭難事故において、行方不明となっている男性の捜索活動が続いている。男性四人の登山グループは、N山でホワイトアウトによって遭難し、三人は無事に救出されたものの、残る一人は荷物を残して雪崩に巻き込まれ、行方がわからなくなっていた。
捜索活動は連日行われているものの、降雪と強風などの影響から捜索は難航。警察は天候が回復するまで慎重に作業を進めるとしている。また、地元のボランティア団体も協力を申し出ており、家族は無事を祈っている。
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「この記事の四人っていうのが、さっきの四人や」
「こんなの……よくわかりましたね」
「警察の情報には本名が載っとるからな。見せられんけど」
七年前、という言葉の意味するところはここだった。
陽葵の家に現れた怪異もそう言っていたからだ。だがそれにしては。
「……あのとき……」
思い出したように呟く氷華に、夏樹は視線を向ける。
「確かに、怪異の方は『七年前の復讐』だって言ったんです。でも、ひなちゃんのお父さんはこうも叫んでいたんです。『お前の言う通りにした』とか、『もう関係ない、約束は果たした』って……。これはどういう事なんですかね」
夏樹は頷いた。
「ふむ……。少なくとも、七年前の事故が関わっとるのは事実やろうな。何が起きたかは本人に聞くしかねぇけど」
「本人というと、怪異本人にですか」
「それもあるけど、もう一人おるやろ」
「……柴田洋平?」
氷華の問いに、夏樹は頷いた。
「柴田洋平の住所はわかっとる。この街の北側の高級住宅街で、医者をやっとる」
「じゃあ、もしかして……次に狙われるのは柴田洋平?」
「ああ。橘家の件が公になれば、こいつも何かしら勘付くはずや。そうしたら、話も聞きやすくなるかもしれん」
夏樹はそこまで言うと、冷めかけた紅茶を手にとって喉に流し込んだ。
「あとは、事情を知ってそうなのは熊谷健一の妻がおるけど……」
「奥さんもいるんですね」
「ああ。どうやら毎年、山で死んだ旦那の遺体を回収しようとボランティアに依頼しとるらしい。こっちはどうかな……」
「……」
夏樹もそうだが、氷華にも何か引っかかるものがあった。
「でも、早く行かなければその柴田さんという方もやられてしまうのでは……」
「多分それはお前も気付いとるやろ。季節外れの雪が降る日にしか出てこれんのや。お前の見た特徴をもとに考えると――相手はおそらく、雪が降る日にやってくる怪異。『雪鬼』の類やと思う」
「ゆきおに」
夏樹は頷いた。
「その可能性が高い」
「ゆきおに」
氷華はわかったふりをして重々しく頷いておいた。
正直、自分以外の妖怪や怪異について詳しいかと言われると、さっぱりだ。しかし、陽葵の家で見た怪異は確かに鬼のようでもあった。
「……。なあ、お前もしかして、雪女のくせに雪鬼を知らな……」
「ところで、これが電子書籍ってやつですか?」
氷華は夏樹から目も話も逸らしてスマホを指さした。
――こいつ、話逸らしたな……。
夏樹は色々と察した。
「いや、これは退魔師専用のアプリ。新聞もそうやけど、最近じゃ伝承の調査とかはこれでやれとる。限度はあるけどな」
「へえ……。術を使うだけじゃなかったんですね。私にも使えます?」
「無理やな。こいつは所属退魔師専用やから」
「いいじゃないですか。もったいぶらずに使わせてくださいよ」
夏樹は少しだけ目を細める。
「え~。……じゃ、可愛くおねだりしてくれたら考えよっかな」
氷華は眉間に皺を寄せながら、精一杯のおねだりの方法を考える。
「……お、おねがい、なつきくん♡」
両手をあわせて、少し引きつりながらもウィンクしてのおねだりポーズ。
「……あはははは! 可愛いなあ。駄目でーす」
「このスカポンタン! 唐変木! スットコドッコイ!」
「罵倒だけ語彙力上がっとるなぁ」
傷つくわー、とぼやきながらスマホを弄る。
「さっきも言ったけど、所属退魔師以外は無理やからな」
「じゃあなんでやらせたんですか!」
「あっははは! やっぱ真面目やなぁ。ところで、いまのおねだりは永久録画したいんでもう一回ええか?」
「凍死したいならいいですよ」
「すんませんでした」
真面目な顔をして、いままでにないスピードでスマホをしまった。
「ま、まあ……ともかく! 雪の降りそうな日に注意して、それまでに柴田洋平に接触する。それでええか?」
「はい。わかりました」
氷華は頷き、ちらりと時計を見た。時刻はもう日付を跨ごうとしていた。ソファに背中を預けて、息を吐く。色々なことがあった。ありすぎた。氷華が黙り込むと、急に部屋のなかが静かになった。心のなかに、感情といわれるものが渦巻いている気がした。夏樹も黙ってこっちを見ていたが、不意に視線を逸らした。時計に気がついたようだ。
「もうこんな時間ですね。泊まっていかれます?」
「えっ。いや、それは……」
思わず言葉に詰まる夏樹。
「ゲストルームがあるので。ここに泊まっているお手伝いさんの方もいますしね」
「あ、ああ……そういう……」
「私の部屋に入ってきたら次は凍らせますけど……」
「それはわかっとるよ!?」
封印をも突破してきそうな声にさすがに焦る。それから少し声を潜める。
「……てか、お手伝いさんって普通の人間やろ。もともと働いとった人達か?」
「はい。もともとは神宮寺雪乃のお世話や、この家の維持をしていた方々ですね」
「そうか。ま、それも含めてそのうち聞かせてもらうわ」
その言葉に、氷華は一瞬黙り込んだ。
この男は、どこまで自分を信用するつもりなのだろうかと。
「……あなた、本当に胡散臭い健康器具とか買わされないようにした方がいいですよ」
「なんで急に!?」
「まあいいです。えっと……その服もどうにかした方がいいですかね」
氷華が放った冷気と氷柱のせいで、あちこち破れている。
「この程度ならどうってことねぇけど」
「いえ、私のせいなので……。あ、山下さん」
氷華は近くを通りかかった使用人の一人を呼んだ。
「気にせんでええのに」
夏樹はすっかり冷めてしまった紅茶の残りを飲み干す。そして、氷華がちゃんと使用人の名前も覚えていることについて思いを巡らせた。和服の修繕を頼めるかどうか、ゲストルームを使えるかどうか尋ねているのを見ながら、なんともいえない気分になる。
どうやら話はついたようだった。
「えっと。それじゃあ、お願いします」
氷華がおずおずと言うと、夏樹の後ろにスッと何人かの人間が立った。
「承知しました」
「えっ?」
夏樹が後ろを振り向く前に、がしっと両側から掴まれる。
「ちょ、待っ……、早ぁあ!?」
あっという間に夏樹はどこかに連れて行かれ、氷華はそれを見送るしかできなかった。思えば衣服の傷だけでなく汚れの目立つ夏樹をいますぐにでもどうにかしたかったのだろう。
呆気にとられて瞬きをしたあと、氷華は視線をゆっくりと後ろに立つ使用人へ向けた。
「えっと……あの」
「はい」
「大丈夫なんですか」
「大丈夫です。万事お任せを」
人間は意外に恐ろしい。プロ意識を前に、氷華はそう思った。




