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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第十六章 凍刃の二足翼竜(ウィヴェルヌ・フォルジェ・パル・レ・グラシエ)
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98 可哀想な子供

 |凍刃の二足翼竜《ウィヴェルヌ・フォルジェ・パル・レ・グラシエ》がその大きな翼で羽ばたくと、氷の粒まじりの風が周囲に吹き荒れた。

 セティの黒い髪が白い雪の世界の中で風になびく。二足翼竜(ワイバーン)の風が、氷の礫が、セティめがけて吹き荒ぶ。


炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラム


 セティは炎の翅で自らに飛んでくる氷の礫を溶かし、自分を守った。それでも白いシャツは、剥き出しの膝小僧は、吹雪の中では頼りなく寒そうに見えた。

 セティの写し(コピー)は、セティが二足翼竜(ワイバーン)の風に気を取られたその瞬間を逃さなかった。雪の上を大きく踏み出して、槍をセティに突きつける。セティは後ろに跳んでそれを逃れた。

 積もった雪に足が沈む。セティも写し(コピー)も、動きにくいのは同じ。それでもお互いに槍を構えあっていた。

 二足翼竜(ワイバーン)がまた、羽ばたく。肌を切り裂くような鋭い氷の粒が風に乗って飛ぶ。そこへ、疾風の大鷲(ゲール・イーグル)が飛び込んでゆく。

 大鷲(イーグル)の背にはリオンがしがみついている。セティを写し(コピー)との戦いに集中させるために、大鷲(イーグル)はその姿を二足翼竜(ワイバーン)の前にさらした。

 二足翼竜(ワイバーン)が生み出す風と大鷲(イーグル)が生み出す風が、空中でぶつかり合う。それは吹雪を余計に強くしたが、それでも二足翼竜(ワイバーン)の意識は大鷲(イーグル)に向かった。


「すごいや! どっちが先に壊れるかな!」


 サンキエムがさっきまでの苛立ちなど忘れたような無邪気な笑顔で、二足翼竜(ワイバーン)大鷲(イーグル)のぶつかり合いを見上げる。暗い金の髪は雪まみれで、足首まで雪に埋まっている。それでもサンキエムは、自分のそんな状況など、お構いなしだった。

 ソフィーが雪の中を立ち上がる。悲しそうな表情でサンキエムを見ると、鞭閃の舌長蜥蜴ウィップラッシュ・カメレオンを構えた。


「あなたはどうして、(ブック)が壊れることを楽しめるの?」


 吹雪の中で、ソフィーの声はサンキエムに届いた。サンキエムは振り向いて瞬きをした。その長いまつ毛に、小さな雪の結晶がくっついていた。吹雪はきらきらと、サンキエムを飾っていた。


「どうして? 楽しいことに理由がいるの? それこそどうして? 楽しいから、楽しいんだよ」

「本当に、(ブック)が壊れて悲しいとか、切ないとか、ちっとも感じないの?」


 ソフィーは舌長蜥蜴(カメレオン)の舌を伸ばして、サンキエムを再び捕まえようとする。


開け(オープン)鞭閃の舌長蜥蜴カメレオン・フウェットゥール


 サンキエムが新しく(ブック)を開く。それはソフィーが開いているのと同じ舌長蜥蜴(カメレオン)の姿になった。サンキエムの舌長蜥蜴(カメレオン)の舌が、ソフィーの舌長蜥蜴(カメレオン)の舌を弾く。


「そりゃあ、お気に入りが壊れたら悲しいよ。もう遊べないんだからさ」


 悲しいと口にしながらも、サンキエムは笑顔を崩さない。

 ソフィーは諦めずに舌長蜥蜴(カメレオン)の舌を伸ばした。サンキエムが動けば、また(ブック)が壊れる。これ以上(ブック)が壊れるのを、ソフィーはもう見たくなかった。

 サンキエムはどうってことないように、舌長蜥蜴(カメレオン)の舌を弾く。


「でもどうせみんな写し(コピー)なんだ。また写し(コピー)を作れば良いだけだし、悲しむ必要なんてないよ。いくらでも遊べるんだからさ」


 にっこりと笑うサンキエムをソフィーは見つめる。ソフィーの瞳にあるのは、今は怒りではなく悲しみだった。

 写し(コピー)なのだから壊れても構わないのだと言うサンキエム。壊れることを楽しいとすら言う。

 それはソフィーには理解できないことだった。だから、ソフィーはサンキエムを哀れんだ。サンキエムは壊すことに喜びを見出す悲しい存在なのだと、そう感じた。


「可哀想」


 ソフィーの呟きに、サンキエムの表情から笑顔が消える。

 ソフィーが伸ばした舌長蜥蜴(カメレオン)の舌が、サンキエムの左腕に巻きつく。サンキエムは左腕に力を込めて、ソフィーを睨んだ。


「可哀想? それ僕のこと? 僕が可哀想だって?」

「ええ、あなたは可哀想。わたしにはそう見える。大事にすることもされることも知らない、可哀想な子供」

「傲慢だ!」


 サンキエムが舌長蜥蜴(カメレオン)の舌を伸ばす。しなやかに伸びた舌はソフィーの頭を狙っていた。

 ソフィーは避けられない。左腕をあげて頭を庇う。

 お互いの左腕を捕まえた状態で、ソフィーとサンキエムは睨み合った。


「傲慢だよ! 僕はグリモワールだ! 神秘の知識! 人間なんかよりもずっとすごい力を持ってる!

 人間は(ブック)を使うしかできないくせに! 人間の方がよっぽど可哀想だ! 弱くて! 何もできなくて!」


 サンキエムが舌を引っ張る。ソフィーは足に力を入れて、引っ張られないように耐える。同時に、自分が捕まえているサンキエムの左腕も引っ張り続ける。


「いいえ。それでも、知識を使うのは人間。アンブロワーズは人間が使うために(ブック)を残したんだもの!」

「それが傲慢だって言うんだ! 自分のものみたいな顔して!

 開け(オープン)刺撃の蠍スコルピオン・ペルクトゥール!」


 睨み合ったまま、サンキエムが新しい(ブック)を開く。蠍の姿になった(ブック)は、ソフィーが伸ばしている舌長蜥蜴(カメレオン)の舌に向かう。その鋭い尾の先で、舌を刺すつもりらしい。

 ソフィーは仕方なく舌を解いて、(スコルピオン)を振り払う。

 サンキエムはソフィーの左腕を捉えたままだ。刺撃の蠍スコルピオン・ペルクトゥールは今度はサンキエムの舌長蜥蜴(カメレオン)の舌を辿って、ソフィーに迫っていた。


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