93 狩るモノと狩られるモノ
出口から光が差し込んでくる。リオンは走りながら道具袋を探って、疾風の大鷲の本を出した。
疾風の大鷲を開けば、追ってくる破壊顎の大百足たちに反撃ができる。そして、この狭い洞窟から出てしまえば、大きな疾風の大鷲を開くことができる。
後ろからは、がちがちと大ムカデの顎が鳴る音が追いかけてくる。ざわざわと無数の足が動く音が、洞窟内に反響して聞こえてくる。
浅い呼吸が喉に絡む。それでも足を止めずに走る。
(もうすぐ、もうすぐだ!)
もう少し、その気持ちがリオンに一瞬の隙を作った。
(ソフィーはもうセティを見つけたかな)
走りながら一瞬、ソフィーのことを考えたそのとき、踏み込んだ足の下で苔がめくれる。靴が滑って転ぶ。咄嗟に横に転がれば、すぐ傍に大ムカデの顎が突き刺さった。大ムカデの体が波打って、足がざわざわと動いている。
ほっとする間もなく、リオンはさらに転がる。もう一匹の大ムカデがリオンの脇に生えていた苔を削り取る。こっちの大ムカデは、足を何本か失っている。リオンが切り落としたからだ。それでも、多少速度を落としながらも、執拗にリオンを追ってくる。
一瞬、洞窟内が静まり返った。ひゅう、と息を吸い込んで、リオンはすぐに立ち上がった。すぐにまた、大ムカデの足が動く音が、顎の鳴る音が、洞窟内に響き渡る。
リオンは光に向かって走る。走りながら手にした本を外に向かって投げる。
「開け、疾風の大鷲!」
洞窟の狭い入り口の外で、本が開く。風が巻き起こる。激しい風に大ムカデたちは怯んで、わずかに動きを止めた。
その間にリオンは洞窟の外に走る。
あとわずかで羽ばたく大鷲の足に手が届く、そのとき、リオンの左足に激痛が走った。あまりの痛みに全身が硬直する。
足首が大ムカデの顎に挟まれていた。ずるり、と体が引っ張られて、足首に体重の負荷がかかる。リオンは声にならない叫びを喉に押し込める。
食いちぎられそうな痛みに顔を歪め、それでもリオンは動きを止めない。ナイフを出して体を丸めると、ナイフを大ムカデの顎の付け根に突き刺した。
(やられるか!)
リオンはここでやられるわけにはいかない。すぐに追いつく、とソフィーに告げたのだ。約束は守らなくては。だから、さっさと大ムカデたちをなんとかしてソフィーとセティに合流しなければ。
硬い外殻がナイフの刃を弾く。それでも二度、三度目で、ナイフの刃が隙間を貫く。
大ムカデが顎を開いて大きくのけぞる。宙に放り投げられたリオンは、受け身をとって地面に落ちた。苔むした地面はそれでも硬く、リオンは大きく息を吐き出した。
もう一匹の大ムカデがリオンに迫る。
リオンは肩にしがみついている鋼刺の山荒の棘を撃ち放った。
大ムカデが棘を避けようとする一瞬の間に、リオンは立ち上がってまた走る。足を踏み込むたびに、さっき挟まれた足首がちぎれるように痛む。その痛みは足から頭まで突き抜ける。
崩れ落ちそうになる膝に力を入れて、持ち堪える。
「負けるか!」
気合いで叫んだリオンは、ほとんど右足の力だけで跳んだ。その先には大鷲の羽がある。
シダの葉が覆う空の下、木漏れ日のような陽の中で、大鷲はリオンを待っていたかのように身体を伏せた。リオンはその身体を登って、背中にしがみつく。
大ムカデが二匹、暗い洞窟の中から陽の光の中に出てくる。
風が渦巻いて、周囲のシダを揺らした。鬱蒼と茂ったシダの葉が大きく揺れて、地面に映る葉蔭と陽の光が混ざり合う。
光の中で、それでも興奮した大ムカデたちは、獲物を追うことを選んだようだった。大鷲の羽に、足に、噛みつこうと身体を伸ばして追いかける。
大鷲は羽ばたいて飛び上がった。空を覆うシダの葉は風でめくれあがる。陽の光の中、大鷲は大ムカデを見下ろした。
その背で、リオンは必死に羽を掴みながら、肩で息をしていた。何もしなくても左の足首がずきんずきんと痛みを訴えてくる。ずっと走っていたせいで酸素が足りない。肺が絞られるように苦しい。
呼吸を整えながら、リオンは地面の大ムカデたちを見下ろした。片方の大ムカデは足を何本も失っている。もう片方は顎にナイフが刺さったままだ。
傷だらけなのはリオンだけではない。リオンは大ムカデから逃げているようで、しぶとくしぶとく、傷を与え続けた。
それに、リオンが二匹の大ムカデを引き付け続けたから、ソフィーはセティの写しを追いかけることができたのだ。
「だったら、これは俺の勝ちだ」
声は掠れていた。それでも、リオンは叫んだ。
「ここから、反撃開始だ!」
掠れていても力強さを失っていないリオンの声に、大鷲が大きく羽ばたく。周囲を取り囲む風が一層強くなった。
狩るモノと狩られるモノ、その力関係は今、逆転する。




