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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第十五章 サンキエム・グリモワール
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90 麻痺の凶蜂(ゲープ・パラリズーズ)

(ブック)を開いて使ってる限り、お前だって僕と変わらないんだ!」


 サンキエムの言葉に、ソフィーは応えを返せない。


(その通りだ。わたしは(ブック)を傷つけている……大事にしたいと言いながら、使って傷つけて……)


 ソフィーは唇を震わせる。その沈黙は、サンキエムを増長させた。


「そんなに大事にしたいなら、僕が開く(ブック)も壊さなければ良いだろ!?

 でもできないんだろ!? お前だって、(ブック)が壊れても良いと思ってるんだ! 仕方ないって思ってるんだ!

 僕と同じじゃないか!」

「ち、違……っ!」


 否定の言葉は震え、弱々しい。ソフィー自身も、何が違うのか、同じじゃないかと思ってしまっていた。怯えるように視線が揺れる。


開け(オープン)麻痺の凶蜂(ゲープ・パラリズーズ)!」


 サンキエムが新たな(ブック)を開く。それは小さな蜂の姿になる。一匹だけではない、それは蜂の群れだった。

 ソフィーは麻痺の凶蜂(ゲープ・パラリズーズ)に対抗するために、策を講じる。そして、もしかしたら──いいや、きっと、壊してしまうことになる。サンキエムの言う通りだ。

 それでもソフィーは、(ブック)を止めなくてはいけない。セティは写し(コピー)の相手で手一杯だ。セティを助けなければならない。自分の身は自分で守らなければならない。


碧水の蛙アクアルーラー・フロッグ!」


 覚悟をして、ソフィーは(ブック)の知識を使う。水の塊を生み出して、それを麻痺の凶蜂(ゲープ・パラリズーズ)の群れに向かって放った。

 蜂の群れは鋭い羽音を立てながら、二つに分かれて水の塊を避けた。

 その下にはセティと写し(コピー)が組み合って、地面の上を転げ回っている。苔が剥がれて宙に舞い上がり、背の低いシダが巻き込まれて折れる。

 地面の上の二冊は、どっちがセティでどっちが写し(コピー)だろうか。


(どっちでも構わない! きっとセティが勝ってくれる!)


 だからソフィーの役目は、サンキエムにセティの邪魔をさせないことだった。

 ソフィーは碧水の蛙アクアルーラー・フロッグの知識でいくつもの水の塊を生み出して、群れに向かって放った。

 群れのうち何匹かは、水の塊に呑まれた。水の中で翅の動きが鈍り、地面に落ちる。けれど群れにはまだ何匹もの蜂がいる。蜂の群れは塊になったままソフィーに向かってくる。


(あれの狙いはわたし……セティの邪魔にならないならちょうど良い)


 ソフィーは水の塊をいくつも生み出す。一つを放って群れが避けたところで、別の水を撃ち放つ。群れの半分を水の中に呑み込む。


麻痺の凶蜂(ゲープ・パラリズーズ)ももうすぐ壊れちゃうかな! お前は結局そうやって(ブック)を壊すんだ!」


 ソフィーは唇を噛んで、サンキエムの煽るような声に耐える。


(怒っちゃ駄目。冷静に判断しなくちゃ。今はとにかく、目の前のこれをなんとかするだけ)


 水の塊で飛び回る蜂の群れを攻撃する、包む、動きを止める。そうやって群れの数を削って、勢いを削いで、距離をとる。

 地面には水に濡れたたくさんの蜂が落ちて、もがいていた。

 ソフィーは地面の上でもがくたくさんの蜂を見て、奥歯を噛み締める。


(壊したくて壊してるわけじゃない!)


 その一瞬で、一匹の麻痺の凶蜂(ゲープ・パラリズーズ)がソフィーの首元に迫る。鋭い痛みが、ソフィーの首から頭までを駆け抜けた。


「しまっ……!」


 途端、麻痺の凶蜂(ゲープ・パラリズーズ)の毒に体の自由が奪われて、地面に膝をつく。


(体が動かないだけなら……!)


 首元から飛び立つ蜂を水の塊に封じ込める。動けないソフィーをさらに狙ってくる他の蜂も、水の塊に閉じ込める。自分に向かって飛んでくる動きは直線的で、捉えるのは簡単だった。

 宙にいくつもの水の塊が浮かぶ。その中で蜂がもがいている。動けない体で全部の蜂を水の中に閉じ込めて、ソフィーは諦めたように目を閉じた。

 水の塊で中でもがく蜂を押し潰す。最後の一匹が、群れの中心の一匹だったらしい。

 麻痺の凶蜂(ゲープ・パラリズーズ)は水に押しつぶされて動きを止めると、ぼんやりと光った。地面でもがいていた他の蜂も全て、同じように光る。

 そして、壊れた(ブック)が地面に落ちる。(ブック)が壊れると同時に、ソフィーの中に入った毒も消えて、体が動くようになった。


「あーあ、壊しちゃった。(ブック)を壊す気分はどう?」


 ソフィーは立ち上がると、サンキエムを睨む。


「最悪に決まってるでしょ! 喜んで(ブック)を壊すわけないじゃない!」


 ソフィーの声は震えていた。サンキエムは無邪気に、あはは、と笑い声をあげる。


「お前がどう思ったところでさ、結局お前が壊した事実は変わらないんだ。せいぜい口先だけで可哀想とか言ってなよ」


 ソフィーの中には、悲しみが、怒りが、いろんなものが渦巻いていた。サンキエムの策略に乗って(ブック)を壊してしまった悔しさ、それを嘲笑うサンキエムへの怒り、写し(コピー)とはいえ一冊の(ブック)が壊れてしまった悲しみ。


(わたしは、サンキエムとは違う……!)


 確かに(ブック)を使っている。傷つけるようなこともある。でも、壊したいなんて思っていない。

 それは生まれて初めて開いた(ブック)──光の蝶ラディアント・バタフライのあのときからずっと、ずっと、そうだった。

 目の前で儚く壊れてしまった光の蝶ラディアント・バタフライのあの光は、今でもソフィーの心の中に残っている。いつかもう一度、あの光を取り戻したいと思っている。

 それだけじゃない。これまで書架(ライブラリ)で出会った(ブック)だって、できることなら全て壊さずにいたかった。全て大事に扱いたかった。

 確かにそうできないときもあった。だからといって──。


(壊したくて壊したことなんてない!)


 ソフィーは自分の中の感情を全てぶつけるように、激しい視線でサンキエムを見据えていた。


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