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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第十五章 サンキエム・グリモワール
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89 人間の欺瞞

 写し(コピー)は槍を跳ね上げられた。着地してわずかに膝を曲げると、槍が持ち上がる勢いに任せて跳ぶ。空中でセティを蹴って、そのままくるりと宙返りする。

 セティはその蹴りも槍の柄で受け止めて、体に力を入れる。足が苔むした地面にわずかに沈む。今は後ろにソフィーがいる。引けば次の攻撃はソフィーに向かう。だから引くわけにはいかなかった。

 セティと写し(コピー)のやり取りの間に、ソフィーは一歩退がった。近くにいれば長い槍を振り回すセティの邪魔になってしまう。


(距離をとって援護した方がセティにとっては戦いやすいはず。サンキエムだって何か仕掛けてくるかもしれない)


 ソフィーは油断なく、サンキエムの動きにも注意を向ける。

 サンキエムは今は手を出すつもりがないのか、氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴルをぶらぶらとさせたまま、セティと写し(コピー)の様子を眺めている。楽しそうな笑みすら浮かべていた。

 写し(コピー)の着地にめがけて、セティが槍を薙ぐ。写し(コピー)はそれを槍で受け止める。弾かれる勢いでセティがくるりと回る。

 長い槍が勢いを増して反対側から写し(コピー)に叩きつけられる。写し(コピー)はそれを足の裏で受け止めて、蹴り返す。

 セティが自分の槍に振り回されて、バランスを崩す。

 その隙をかばうように、ソフィーは碧水の蛙アクアルーラー・フロッグで水の針を生み出して、写し(コピー)に向かって放った。


「邪魔するなよ!」


 サンキエムが手にしている氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴルを振り回して、写し(コピー)の前に氷の壁を作る。水の針は氷に穴を開けはしたけれど、それだけだった。

 写し(コピー)は目の前にできた氷の壁を駆け上って、そこから跳んだ。写し(コピー)が見ているのは、セティの所有者(オーナー)であるソフィーだった。


「ソフィー!」


 セティが振り返って跳ぶ。


碧水の蛙アクアルーラー・フロッグ!」


 ソフィーは水の塊を生み出して、自分に迫ってくる槍の勢いを削ぐ。そのわずかな遅れで、槍をぎりぎりかわした。ソフィーの茶色の髪が幾筋かはらはらと舞い散る。

 写し(コピー)が着地したところへセティが槍を突き出す。写し(コピー)には避ける時間はない。


開け(オープン)守護の亀トルチュ・ガルディエンヌ


 サンキエムの声とともに、セティと写し(コピー)の間で(ブック)が開く。ぼんやりした光はすぐに亀の姿になった。セティの槍の穂先は亀の甲羅を打ち砕く。けれど、写し(コピー)には届かない。

 砕け散った守護の亀トルチュ・ガルディエンヌの甲羅はぼんやりと光って、砕け散った(ブック)に変わった。

 目の前で(ブック)が壊れたことに、ソフィーは気を取られる。サンキエムの(ブック)の使い方は、まるで壊れることを厭わないようで、ソフィーには信じられなかった。


「ソフィー、避けろ!」


 写し(コピー)がソフィーに向かって槍を突き出す。セティがそれを跳ね上げて、自分の体をソフィーと写し(コピー)の間に滑り込ませる。ソフィーははっとして、何歩か後ろに退がった。大きく広がるシダの葉に背中が触れて、茂みがざわりと揺れた。

 ソフィーはサンキエムに視線をやる。サンキエムはまた、(ブック)を取り出した。


「やめて! (ブック)を壊すような使い方をしないで!」


 ソフィーの叫びに、サンキエムはきょとんとソフィーを見返した。


「今の(ブック)を壊したのは、僕じゃなくてセティエムだよ」

「あなたがそうさせたんでしょう!?」


 サンキエムに気を取られているソフィーを、写し(コピー)の槍が狙う。


「ソフィー!」


 セティの声にソフィーは咄嗟に横に跳ぶ。セティは槍を潜り抜けて写し(コピー)の懐に入ると、腹を思いっきり蹴り飛ばした。写し(コピー)の体が後ろに吹っ飛ぶ。

 セティはその体を追いかけて槍を突き出す。


開け(オープン)守護の亀トルチュ・ガルディエンヌ


 サンキエムがまた(ブック)を開く。セティの槍に砕かれる甲羅。ぼんやりと光って砕け散った(ブック)が地面に落ちる。


「やめて! (ブック)を壊すような戦い方はやめて!」


 ソフィーの叫びを、サンキエムは笑う。


「お前ってシジエムみたいなこと言うんだね。シジエムってばうるさいんだ、(ブック)を傷つけるなって。どうせ再生(レジェネラシオン)で修復できるってのにさ」

「だからって! (ブック)を壊して良いわけじゃないでしょう!?」


 サンキエムの笑顔がすっと引っ込んだ。冷たい視線、寄せられた眉。怒りを表情に出して、サンキエムは苛立った声を出す。


「だから、これは僕が作った写し(コピー)なんだよ? 僕がどうしようと勝手だろう? どうしてお前に言われなくちゃいけないんだよ!」

写し(コピー)だろうと、そうでなかろうと、わたしは(ブック)を大切にしたいの!」

「そんなの欺瞞だ!」


 サンキエムは掴んでいた氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴルを地面に叩きつけた。地面で跳ね返って足掻く体を、勢いよく踏みつける。ぼんやりとした光りが、氷の兎の体を包んで輪郭を曖昧にする。そして、それは(ブック)の姿に戻る。

 壊れた(ブック)を、サンキエムは蹴り飛ばした。


「欺瞞だ! 欺瞞だよ! 人間は自分勝手だ! そんなに大事にしたいなら、開かなければ良いだろ! お前だって同じだ! (ブック)を傷つけてるのは変わらないだろ!」

「……っ!」


 ソフィーは言葉に詰まって、自分の腕に捕まっている鞭閃の舌長蜥蜴ウィップラッシュ・カメレオンを見た。

 サンキエムの言う通りだ。(ブック)を大事にしたいと言いながら、開いて使っている。時には危険なこともさせて。


「ソフィー!」


 セティの声にはっと顔をあげる。写し(コピー)の槍がソフィーに迫っている。セティは写し(コピー)に体当たりする。そして、地面に写し(コピー)を押さえ込む。

 写し(コピー)はセティの腹を蹴る。その隙にセティと入れ替わって、形勢が逆転する。また、逆転する。二冊は転がる。服が汚れ、肌が傷つく。


(そうだ、今だってセティを戦わせて傷つけている……)


 ソフィーは、サンキエムの言葉に何も言い返せなかった。


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