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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第十五章 サンキエム・グリモワール
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88 所有者(オーナー)という存在

「セティ!」


 ソフィーの声に、セティは振り向いた。シダの葉を掻き分けて、ソフィーが走ってくる。目が合う。一瞬でじゅうぶんだった。


(やっぱり! 無事だった!)


 無事だと思ってはいた。それでもその姿を見ると、安心感と嬉しさが体の底から湧き上がってきた。

 セティの動きが止まったその隙に写し(コピー)が槍を突き出してくる。セティは斜め後ろに飛んでかわす。


(ソフィーがいる! そこにいる!)


 写し(コピー)との戦いで疲れ始めていたセティは、今、自分でもわからない力に体が突き動かされていた。所有者(オーナー)が近くにいる方が、(ブック)はより力を発揮できるという。それはこういうことだろうか。

 セティの口角が自然と上がる。写し(コピー)を見据える。

 写し(コピー)はセティが避ける動きを知っているかのように、次々に槍を突き出してくる。その度に湿気を含んだ重い空気が切り裂かれる。周囲のシダの葉が揺れる。

 セティはそれをかわしながら、反撃のタイミングを計っていた。苔むした地面はサンキエムと写し(コピー)が使う氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴルの氷に覆われていて滑りやすい。不安定な足元を気にしながら、槍をかわす。

 そして何度目か、セティは突き出された槍の上に飛び乗った。

 槍の重さが増して、写し(コピー)がバランスを崩しかける。足を踏みしめて堪える。

 その間にセティは槍の上を走って、跳んだ。写し(コピー)めがけて槍を振り下ろす。


氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴル!」


 写し(コピー)は氷の壁を出してセティの槍を防ぐ。それでもセティが落ちてくる勢いまでは殺しきれない。ぎりぎりで避ける写し(コピー)の腕を穂先がかする。知識が黒い液体になってこぼれ落ちる。写し(コピー)は自分の傷も構わずに槍を振り回した。

 セティは槍を立ててそれを受ける。そのまま地面に槍を突き刺して、それを軸にくるりと宙を舞った。写し(コピー)の槍を飛び越えて着地して、その勢いで槍を叩き込む。写し(コピー)は槍を引いてそれを受けた。


「俺は完璧な写し(コピー)だ! 俺は強いんだ!」

「どれだけお前が完璧でも、俺が最強だ! 俺には所有者(オーナー)がいるんだ!」


 槍の柄を打ち合わせての力くらべは互角、二人は後ろに跳んでお互いに距離をとった。

 写し(コピー)はセティを睨んで、それからはっとしたように呟く。


所有者(オーナー)……そうか!」


 写し(コピー)は急に体の向きを変えて、ソフィーとサンキエムが戦っている方に向かって駆け出した。


「俺とお前の違いが所有者(オーナー)だっていうなら、所有者(オーナー)がいなくなれば良いんだ!」


 ソフィーが放つ碧水の蛙アクアルーラー・フロッグの水の針を、サンキエムが氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴルの氷の壁で防ぐ。ソフィーはサンキエムに集中している。

 写し(コピー)はそこに向かって、跳んだ。


「させるか!」


 セティは写し(コピー)を追いかける。


(ソフィーを守る!)


 セティもまた、跳んだ。ソフィーに向かって槍を振りかざす写し(コピー)に、槍を届かせるために。


   ◆


開け(オープン)鞭閃の舌長蜥蜴ウィップラッシュ・カメレオン!」


 ソフィーは素早く(ブック)を開く。舌長蜥蜴(カメレオン)の舌を伸ばしてサンキエムの手を捉えようとする。


「何? これが欲しいの?」


 ソフィーはサンキエムがそれを避けると思っていた。けれどサンキエムはその素振りを見せない。それどころか、乱暴に掴んでいた氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴルを持ち上げて、伸ばされた舌の前に差し出した。

 鞭のように伸びた舌が、氷の兎に巻きつく。


「これを壊せばなんとかなるって思ってる?」


 言いながら、サンキエムは氷の兎の首を締め上げる。壊れたくないからか、氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴルは脚をばたつかせてもがいた。

 ソフィーはサンキエムがやっていることが理解できず、慌てて舌を引っ張った。サンキエムの手から、(ブック)を解放したいと思った。

 けれどサンキエムは両手で兎の首をぎゅっと握った。兎の首がかくんと傾く。


「何をしてるの!?」


 舌長蜥蜴(カメレオン)舌が絡んだまま、氷の兎はぼんやりと光る。輪郭が曖昧になって、すぐに(ブック)の姿に戻る。からん、と壊れた(ブック)は落ちて、舌長蜥蜴(カメレオン)は伸ばしていた舌を戻した。


「壊れちゃった。でもね、替わり(コピー)はいくらでもあるんだよ、残念でした!」


 サンキエムがまた(ブック)を取り出す。


開け(オープン)氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴル


 新しい(ブック)が開く。サンキエムはその首根っこを掴んで振り回した。新しい氷の兎は、大人しくぶらんと振り回されている。


「ね、ほら! 僕は写し(コピー)をいくらでも作れるんだ! だから無駄だよ!」

「壊しても無駄……それだけのために、さっきの氷華の兎フロストブルーム・ラビットを壊したの……?」


 目の前で(ブック)が壊れた──いや、壊された。サンキエムの言動が信じられなくて、ソフィーは目を見開いて、無邪気に笑う少年を見つめていた。


「そう、壊しても無駄。よくわかったでしょ?」

「そんなことで(ブック)を壊すなんて! なんてことを!」

「何がいけないの? 僕が僕の知識で作った写し(コピー)だよ?」


 サンキエムが氷の兎を持ち上げて、ぶらんぶらんと揺らしてみせた。


「その子を振り回すのももうやめて! 大事に扱ってよ!」


 ソフィーはサンキエムの乱暴な手を止めるために、舌長蜥蜴(カメレオン)の舌を伸ばして振るった。

 こんなふうに(ブック)が壊されて打ち捨てられるなんて、ソフィーには我慢できなかった。見ていられない。

 そのとき、ソフィーとサンキエムの間に槍が割り込んできた。道具袋(ポーチ)はない、写し(コピー)だ。

 槍はソフィーに向かって振り下ろされる。サンキエムに集中していたソフィーは、反応が遅れた。ソフィーの目の前に穂先が迫る。

 そこへ、セティが割り込んでくる。セティの槍が、写し(コピー)の槍を跳ね上げる。


「誰が最初に壊れるかな、楽しみだ」


 サンキエムだけが、楽しそうに笑っていた。


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