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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第十四章 破壊顎の大百足(ミリパット・モルシュール・ブリズーズ)
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87 追いかけた先で

 ソフィーよりもずっと背の高いシダ植物があちこちに生えていて、空を覆っている。日陰でもじっとりと湿っていて、不快さが暑く感じられた。日のあまり当たらない地面は、あちこち苔むしている。

 逃げ出した写し(コピー)の姿は、もう背中も見えなかった。


写し(コピー)はどこに行ったの?)


 周囲を見回してソフィーは、道具袋(ポーチ)から(ブック)を取り出した。


開け(オープン)羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)


 ソフィーの手の上でぼんやりと光った(ブック)は、すぐに輪郭を曖昧にして翼を得る。そして輝く黄金(きん)の鳥になり、手のひらから飛び立った。

 金糸雀(カナリア)は何度かソフィーの周囲をぐるぐる飛んだあと、ソフィーの肩に止まった。ソフィーの背中側を向いて鳴き始める。


「そっちは大ムカデね。他に(ブック)はいない?」


 ソフィーの呼びかけに、金糸雀(カナリア)はまた周囲を飛び回る。そして今度は、別の方に向かって鳴き出した。ソフィーはその嘴が向く方向へ視線をやる。

 鬱蒼としたシダの茂みの向こうは見えない。それでもソフィーは、自分に対して頷いてみせた。


「ありがとう。閉じろ(クローズ)


 役目を終えた金糸雀(カナリア)は、ソフィーの優しい手のひらの上でまた、(ブック)の姿に戻った。ソフィーはそれをまた道具袋(ポーチ)にしまい、足を動かし始めた。

 気持ちは焦っていた。それでも、ソフィーの歩みは慎重だった。この空間は(ブック)(テリトリー)だ。何が起こるかわからない。

 ソフィーよりも大きな岩。その隙間のじめっとしたところに生えている苔。奔放に伸びるシダ植物。まるで木のように空を覆うその様子。

 そんな中を進んでいるうちに、ソフィーはなんだか自分が蟻くらいの大きさになったような感覚になった。


「そうか」


 歩きながら、改めて周囲を見回す。そこかしこに、ムカデが好みそうな隙間がある。そして、その隙間は今のソフィーが入り込めそうなほどに大きい。


(わたしが小さい? ううん、景色が大きいんだ。あの大ムカデのサイズ感なら、ちょうど良い。つまりここは……)


 リオンに任せてきた二冊の大ムカデ、その(テリトリー)だと考えて良さそうだった。


(それで日陰が多くてじめじめしているのか)


 ソフィーは額に滲んできた汗を袖で拭う。さっきまでよりも大胆に足を進め始めた。


(この(テリトリー)があの大ムカデのものなら、今はリオンがなんとかしてくれている。そこまで警戒しなくても大丈夫かも)


 大きなシダの葉っぱを腕で押しのけて、ソフィーは先に進む。その行先で声が、音が聞こえた。

 かすかに聞こえたその声は、セティのものによく似ている気がした。気がはやる。シダを掻き分けて、走り出す。

 そうしてシダの葉っぱの塊を押しのけたその先に、セティがいた。二人。槍を持ってお互いに攻撃しあっている。


「セティ!」


 どちらかが本物で、どちらかが写し(コピー)だ。でも、そんなことを考えるより先に、ソフィーは呼びかけていた。

 セティの片方が動きを止めてソフィーを見た。目が合って、ソフィーはそれが本物のセティだと直感した。それを裏付けるように、腰にはセティお気に入りの黒い道具袋(ポーチ)があった。

 本物のセティがソフィーに気を取られた瞬間、写し(コピー)のセティが槍を突き出す。本物のセティはそれを飛びすさってかわした。

 ソフィーは道具袋(ポーチ)に手を入れて(ブック)を取り出しながら、二冊のセティに向かって走ってゆく。


開け(オープン)碧水の蛙アクアルーラー・フロッグ!」


 水でできた蛙を肩に乗せ、道具袋(ポーチ)を持っていない方、写し(コピー)の方に狙いを定める。


「邪魔はさせないよ」


 ソフィーが放った水の針は、氷の壁に遮られた。ソフィー自身も足を止める。ソフィーの目の前には、金髪の少年──セティを扉の向こうに連れていったあの少年がいた。


「あなたは……」


 ソフィーは油断なく、少年に狙いを定める。

 暗い金色の髪と、暗いオレンジの瞳。色合いを除けば、どこかセティにも似た顔立ち。セティよりも背は高く、いくらか年上に見えたが、それでも青年と呼ぶには幼く見える。


(きっとグリモワールだ)


 ソフィーは碧水の蛙アクアルーラー・フロッグの知識で、空中に水の針をたくさん作った。無数の水の針は、全て金髪の少年を狙っている。


「お前がセティエムの所有者(オーナー)? 本当に人間が所有者(オーナー)なんだ! 人間の言うこと聞かないといけないなんて、セティエムってば可哀想!」


 可哀想、と言いながら、少年は楽しげに笑った。


「あなたはなんなの?」


 無数の水の針に狙われても、何も気にしていなかのように少年は首を傾けた。金の髪がさらさらと額を流れる。その表情は、無邪気そのものだった。


「僕はグリモワール。サンキエム・グリモワールだよ、人間。セティの所有者(オーナー)を倒しにきたんだ」

「つまり、わたしを倒したいのね?」

「そういうこと!」


 ソフィーはサンキエムを囲っていた水の針を全てまとめて撃ち込んだ。サンキエムは乱暴に手を振り上げる。その手には開いた氷華の兎フロストブルーム・ラビットが掴まれて、振り回されていた。

 乱暴に振り回されても、氷華の兎フロストブルーム・ラビットはその知識を発揮した。サンキエムの周囲に氷の壁を作って、水の針を全て防いでしまった。


「もっと遊んでくれるんでしょ? 面白いことしようよ!」


 ひびだらけになって崩れ落ちる氷の壁の向こうで、あはは、とサンキエムが笑う。ソフィーはサンキエムを睨んだまま、手は道具袋(ポーチ)の中を探る。

 セティは写し(コピー)と闘っている。今ここでサンキエムと対峙するのは、セティの所有者(オーナー)であるソフィーの役目だった。




   第十四章 破壊顎の大百足ミリパット・モルシュール・ブリズーズ おわり


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