85 氷と炎
セティは足元に炎の蝶をまとわせて、氷の中に突っ込んでゆく。セティの足を捉えようとする氷を炎でできた翅が防ぐ。
氷にひびが入るほどに踏み込んで、セティは槍を突き出した。サンキエムが氷華の兎を振り回して、氷で壁を作って身を守る。
(防がれた! でも……っ!)
セティは氷の壁に突き刺さった槍をそのままに、槍の柄を掴んでいる手を滑らせて跳ぶ。足を真っ直ぐに伸ばして氷の壁を蹴る。蝶の炎と蹴りの勢いで、氷の壁が砕け散る。
砕け散った氷がサンキエムの髪の毛を掠める。サンキエムは顔を庇うようなそぶりも見せず、笑っていた。
地面に着地すると、セティは長い槍を振り回すようにして構え直した。近くに生えていた背の高いシダ植物が、その勢いに煽られて大きく揺れた。木漏れ日もざわざわと揺れる。
セティの足を捉えようと伸びる氷とそれを溶かし崩す炎が拮抗して、地面を伸びては砕ける氷がぱきぱきと小さな音を立てて、小さな水たまりを作っていた。
(まだだっ!)
一瞬の呼吸の後、セティはもう一度跳ぶ。槍を大きく突き出す。サンキエムが再度氷華の兎を振り回すよりも先に、二人の間に割って入った影があった。
長い槍が、セティの槍を受け止めて跳ね上げる。
(俺の写し……!?)
それは、セティの写しだった。セティは警戒して後ろに跳んで距離をおく。写しはセティに向かって槍を構える。
サンキエムは写しの様子に、瞬きをして首を傾ける。
「もう戻ってきちゃったの? うまくいったのかな? もうちょっと時間がかかるかと思ってたんだけど……」
一歩、サンキエムは向き合っている二人から離れた。興味が失せたような視線で、セティと写しを眺める。
セティの脳裏には、ソフィーとリオンの姿が過ぎる。写しが戻ってきたのはどうしてか。二人は無事だろうか、大丈夫だろうか。嫌な想像が湧き上がってきた。
「まあいいや。じゃあ、あとは二冊でなんとかしなよ」
サンキエムがつまらなさそうに氷華の兎を放り投げた。氷の兎は地面に落ちると、シダの葉陰に逃げ込んだ。シダの葉は霜が降りたように一瞬で白く凍った。そしてまだ、地面を覆う氷は広がり続けていた。
「ソフィーは無事なんだな!?」
セティが叫びながら写しに向かって槍を突き出す。所有者との契約は自分の中に残っている。だからソフィーは無事なはず。そうわかっていても、聞かずにはいられなかった。
写しはそれを跳んでかわすと、自分もセティに向かって槍を突き出す。
「答えてなんかやるか!」
セティは自分に向かってくる槍の軌道を槍の柄でそらす。そのまま槍を地面に突き刺して、それを軸に体を回して写しを蹴る。
「ソフィーはお前が偽物だって気づいたんだろ。俺の所有者だからな。偽物なんかに騙されるもんか!」
セティは自分で叫んだ言葉に勇気づけられる。
(そうだ。ソフィーはいつだって落ち着いていて、いろんなことに気づいていた。本物の俺と偽物を間違うはずがない! 偽物にやられたりなんかするもんか!)
嫌な想像を振り払って、セティは写しを攻撃する。写しはセティの蹴りを腕で受け止めてから、槍を大きく振り回した。
「うるさい! 写しだからって侮るな!」
セティは槍を引き寄せて、写しの槍を受け止める。力を入れて踏みしめた足元の氷が、ばきばきと割れる。
「所詮は偽物だ! 最強の俺が負けるはずがない!」
セティは槍で写しの槍を絡め落とすと、そのまま穂先を踏んで自分の槍を大きく突き出す。
写しは一度槍から手を離す。穂先を踏んでいたセティが体のバランスを崩す。その揺れた槍をかわして、写しはセティの懐に飛び込んだ。
「偽物じゃない! 俺は完璧な写しだ!」
足をあげてセティの腹を力いっぱい蹴り飛ばすと、落ちていた槍を拾い上げる。
蹴り飛ばされて吹っ飛んだセティは、槍を地面に突き刺して転ばずに踏みとどまった。片手を腹に当てて、痛みを逃す。
「完璧な写しは本物よりも強いって、わからせてやる!」
写しはセティに向かって槍を構えると、セティが体勢を整える前に突き出した。
セティは向かってくる槍の穂先をぎりぎりで避ける。真っ黒い髪の毛が幾筋か宙を舞った。
「俺が本物だ! 俺がセティエム・グリモワールだ! 最強なんだ! 炎の蝶!」
セティの叫び声とともに炎でできた翅が、勢いよく踏み出している写しの目の前に現れる。
「氷華の兎!」
写しは慌てることなく、目の前に氷を生み出した。透き通った氷の兎が写しの頭に乗っかる。
炎と氷がぶつかりあい、セティと写しはお互いに一歩退がる。決着はなかなかつかない。
写し本人が言う通りに、きっと完璧なセティの写しなのだろう。能力も強さも、互角だった。
少し離れた場所で、サンキエムが面白そうに笑って二冊の戦いを眺めていた。
「あはは、どっちでも良いから早く壊れちゃってよ」
サンキエムの笑顔は、まるっきり無邪気な少年のものだった。




