80 予想外の再会
「どうして……?」
ソフィーの混乱をよそに、セティはソフィーに向かって槍を突き出した。ソフィーは地面を転がってそれを避ける。槍の穂先が地面を削る。
でこぼこの地面が背中に当たって痛い。でもそんな痛みよりも、セティが自分を攻撃しているという混乱の方が、ソフィーには大きなことだった。
リオンは、すぐにでもソフィーに駆け寄りたいと思ったが、迫ってくる大きな顎をかわすのでいっぱいいっぱいになっていた。同じように地面に転がりながら、上着の袖が顎に引っかかって破ける。
よそ見はしていられない。リオンは息を整えながら、伸び上がる大ムカデを見上げた。
セティはまた槍を突き出す。ソフィーは転がって避けると、その勢いで上体を起こす。道具袋から本を取り出した。
「開け、鞭閃の舌長蜥蜴! 音迷の跳鳴虫はリオンを助けて!」
ソフィーの後ろで、小さな影がぴょんと跳ね、それから翅を震わせた。
音が、大ムカデを取り囲む。大ムカデは混乱したかのように、伸び上がった体をくねらせた。その隙に、リオンは大ムカデから距離をとる。
ソフィーが開いた本は姿を変えて、一匹の舌長蜥蜴となってソフィーの腕に捕まった。
セティの槍がまた突き出される。ソフィーが腕をあげると、舌長蜥蜴が舌を伸ばした。舌は槍に巻きついて、その勢いを殺す。槍はその軌跡をずらして、それでも前に進む。
槍の穂先がソフィーの耳を掠めて、髪が幾筋か舞い散った。その勢いのまま、槍は後ろの岩壁に刺さった。
セティが槍を引き抜こうとする。それを舌長蜥蜴は舌を引っ張って止めた。セティは両手で槍を掴んだまま、ソフィーを見た。どこか不安そうで、悲しそうにも見える目つきだった。
「ちゃんと話して! 一体どういうことなの、セティ!?」
セティは構えを解かない。岩壁に刺さったままの槍を構えた姿勢のまま、口を開いた。
「俺、話したんだ」
「話した? 誰と?」
「グリモワール……俺の兄姉と」
ソフィーは息を呑む。グリモワールの目的は、セティと話すことだったのだろうか。グリモワールは、それで何をしたかったのか。いろんな疑問が渦巻いて、ソフィーは口を開いたり閉じたりしたけれど、言葉は何も出てこなかった。
セティは眉を寄せて、言葉を続ける。
「とにかく、それでわかったんだ。グリモワールシリーズは、本のために作られたんだ。人間のためじゃない」
ソフィーからは、セティの表情はどこか心細いように見えていた。離れていた間に何があったのか。どうしてそれで自分が攻撃されているのか。
考えても答えは見つからなくて、ただセティの言葉を促すしかできなかった。
「……それで?」
セティは覚悟を決めたように視線をあげる。真っ直ぐにソフィーを見る。見る者を吸い込むような、漆黒の眼差し。
「グリモワールは、本を汚す人間を──探索者を倒さなくちゃいけない。だから、ソフィー、お前も倒さなくちゃいけないんだ!」
セティが力を込めて槍を引く。力比べに負けて、ソフィーは舌長蜥蜴の舌を引っ込めた。
そのまま体勢を立て直して横に跳ぶ。突き出された槍は、また岩壁を穿つ。
「どうして!? だってセティ! あなたは……わたしを所有者だって認めてくれて……一緒に書架を探索」
「うるさいっ!」
セティは突き出した槍を大きく薙いだ。
「開け、碧水の蛙!」
ソフィーは咄嗟に開いた碧水の蛙で、自分と槍の間に水の塊をつくる。ソフィーの頭の上で、蛙が跳ねた。
槍の勢いまでは殺しきれなかった。地面の上をソフィーの足が滑る。それでも、槍の柄が直接体に当たっていたら、きっと吹っ飛ばされていただろう。ソフィーはぐ、と足を踏み締めて、舌長蜥蜴の舌をセティに向かって伸ばした。
セティを直接攻撃をするのはためらわれた。けれど、動きを止めれば、そうやって落ち着いて話すことができればなんとかなるはずだと、そう思ってのことだった。
伸びてきた舌を、セティは後ろに跳んでかわした。ソフィーは前に踏み込んで、また舌を伸ばす。セティはその舌を今度は、槍で払う。
舌は槍に巻きついた。ソフィーはさらに踏み込む。動かない長い槍を持て余したセティは、さらに後ろにさがると、口を開いた。
「炎の蝶!」
燃え盛る炎の翅が、セティとソフィーの間に生まれる。
(焼き切れる!)
ソフィーは慌てて舌長蜥蜴の舌を引っ込ませた。自分も後ろに退がる。
「碧水の蛙!」
そして水をカーテンのように広げて、蝶の炎を遮った。
「どうして!? どうしてセティと戦わなくちゃいけないの!?」
ソフィーのその言葉は、セティへの問いかけというよりも心から漏れ出た叫びだった。
「それは、俺がグリモワールで、お前が人間の探索者だからだ!」
水のカーテンを突き破って、槍の穂先が現れる。ソフィーは横に跳んでそれをかわす。セティとソフィーの視線が交わる。
セティの瞳には決意があった。ソフィーにはそれが、信じられないままだった。




