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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第十四章 破壊顎の大百足(ミリパット・モルシュール・ブリズーズ)
79/105

79 脱出

斥候の蝙蝠(スカウト・バット)が戻ってきてる。空があったみたいだ」


 リオンは隙間の外を飛ぶ斥候の蝙蝠(スカウト・バット)の様子に神経を尖らせていた。

 所有者(オーナー)の意志と命令で知識を扱う(ブック)斥候の蝙蝠(スカウト・バット)の知識は、周囲の様子を調べて所有者(オーナー)に伝えることだ。

 蝙蝠(バット)はまだ隙間の中までは戻ってきていない。それでもある程度の近さになったことで、蝙蝠(バット)の得た周囲の情報がリオンに届く。


「さっき羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)が鳴いた方角に進めば良い。あのムカデをかわしながら、な」


 リオンが狭い隙間の中、その天井の凹凸を睨み上げるようにして話す。その岩壁の向こうでは斥候の蝙蝠(スカウト・バット)が大ムカデを警戒しながら飛んでいる。

 ソフィーは頷いて、道具袋(ポーチ)から二冊の(ブック)を出した。


「なんとか、隙を作ってみる」

「何か思いついたか?」

「うまくいくか、わからないけどね」


 ソフィーは少し微笑んでから真面目な顔をした。そして手のひらの上の(ブック)を見る。


開け(オープン)星灯の蛍スターライト・グロウワーム音迷の跳鳴虫サウンドメイズ・クリケット


 二冊の(ブック)はソフィーの言葉に反応してぼんやりと光る。

 一つの光はふわりと飛び上がると、淡く明滅しながらソフィーの周囲を飛び回る。周囲を照らすにはじゅうぶんな、けれどどこか頼りない光だった。

 よくよく見れば、その光は小さな虫が放っているのがわかる。

 もう一つの光はソフィーの手のひらの上で、小さな虫の姿になった。シュッとした姿に、大きな後脚をしている。その姿になった途端、手のひらの上からぴょんと跳ねて、ソフィーの肩に飛び移った。

 二冊の(ブック)を従えて、ソフィーはリオンを見上げた。


音迷の跳鳴虫サウンドメイズ・クリケットで、ムカデの注意をそらしてみる。その隙にここを出ましょう」

「この光は?」


 リオンはソフィーの周囲をふわふわと飛んでいる星灯の蛍スターライト・グロウワームの光を見て、目を細めた。


「ムカデなら光を嫌うから……気休め程度だけどね。できる限りは備えておこうと思って」


 あの大きなムカデが、星灯の蛍スターライト・グロウワームが放つ程度の光を避けるとはソフィーも思っていなかった。獲物を前に興奮していたら尚更だろう。


(それでも、少し隙を作る程度ならできるかもしれない)


 ソフィーは唇を引き結んでリオンを見上げた。リオンもそれに応えてソフィーを見ると、準備はできたと頷いた。


「じゃあ、始めるよ」

「いつでもどうぞ」


 リオンが隙間の入り口に立って外の様子を伺う。ソフィーもいつでも走り出せるようにわずかに膝を曲げた。

 隙間の外で波打っている大ムカデは、変わらず隙間の中に狙いを定めているようだった。

 ソフィーの肩の上で、音迷の跳鳴虫サウンドメイズ・クリケット(はね)を震わせる。それに合わせてりりりり、と音が響く。

 けれどその音は、跳鳴虫(クリケット)からは聞こえてこなかった。隙間の外、大ムカデの後ろから響いている。そして、低い天井に反響して、あちらこちらから重なって聞こえてきた。

 ソフィーの狙い通り、大ムカデは音を気にして体を曲げた。大ムカデの顔が後ろを向く。


「今だ」


 リオンが走り出した。続いてソフィーも。

 隙間を出て、大ムカデとは反対方向、羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)が鳴いた方向、そして斥候の蝙蝠(スカウト・バット)が見つけた光の方向へ。

 走る二人の足元を星灯の蛍スターライト・グロウワームが照らしていた。

 少し遅れて、大ムカデは獲物が動いたことに気づいたようだった。体をくねらせて、リオンとソフィーを追いかけてくる。ぎちぎちと顎の鳴る音がソフィーとリオンに迫ってきていた。

 音迷の跳鳴虫サウンドメイズ・クリケットがまた翅を震わせる。大ムカデのすぐ真後ろからりりりり、と鳴き声がする。大ムカデは後ろを確かめるようにその場でぐるりと輪になった。

 また、りりりり、と響く。たった一匹の音が、あちこちに反響して、幾重も重なって聞こえた。

 大ムカデは音が鳴るたびに警戒するように体を曲げた。その隙に、ソフィーとリオンは走る。岩肌の地面はでこぼこと走りにくい。それでも、二人は走った。

 やがて、進む先にわずかな光が見えた。


(あの先にきっと空がある!)


 希望に足を早めようとしたそのとき、その光の方から走ってくる人影が見えた。リオンとソフィーは警戒して足を止めた。

 ソフィーは音迷の跳鳴虫サウンドメイズ・クリケットの鳴き声で大ムカデの気をそらす。大ムカデは音に惑わされて後ろを向く。だからといってずっと立ち止まっているわけにはいかない。

 目を細めて、ソフィーは近づいてくる人影を見た。このまま走るべきかどうか、迷いながら。

 人影は、黒っぽく見えた。少年くらいの背丈に華奢な手足。大きな槍を持っている。見えてくるその姿に、ソフィーは思わず声を漏らした。


「セティ!」


 確かにセティだった。セティの真っ黒の瞳はソフィーの姿を確かに捉えた。そして、そのまま走って近づいてくる。


「良かった! 無事だったのね!?」


 ソフィーも駆け出した。セティに向かって。あと何歩かで届く、その時だった。

 セティは手に持っていた槍をソフィーに向かって突き出した。

 咄嗟に、ソフィーは横に飛んでそれをかわす。ソフィーの肩から音迷の跳鳴虫サウンドメイズ・クリケットがぴょんと跳んで逃げる。


「セティ!?」


 ソフィーは転がりながら、セティを見上げた。セティの視線は、冷たくソフィーの姿を捉えていた。

 そこから少し離れて、リオンが大ムカデの顎から逃げていた。


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