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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第十四章 破壊顎の大百足(ミリパット・モルシュール・ブリズーズ)
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78 小さな隙間の中で

 大ムカデの顎が迫ってくる。がりりっと音がして、隙間の入り口が削れる。細かな石の破片が飛び散った。そしてその音は低い天井に反響して周囲に響き渡る。

 空気は湿気を含んでじっとりと冷たく重い。

 顔を庇っていた腕を降ろして、ソフィーは息を吐いた。指先は道具袋(ポーチ)の中を探っているが、打開策はなかなか思いつかないでいる。


「この状況、どうしよう……」


 大ムカデの顎が、隙間の向こうで遠ざかってゆく。けれど狙いはこちらに向いたまま。迂闊にこの隙間から出れば、あっという間に食いつかれるだろう。

 リオンも道具袋(ポーチ)の中を探る。その目は油断なく大ムカデの動きを捉えていた。


疾風の大鷲(ゲール・イーグル)なら、多分有利に相手できると思うんだよな」

「そうかもね、でも……」


 疾風の大鷲(ゲール・イーグル)は大きい。ソフィーとリオンの二人が隠れてやっとの、この狭い隙間で開いても身動きが取れなくなるだけだ。隙間の外ですら、岩の天井は低い。その力を存分に発揮できるようには思えない。

 もちろん、それはリオンもわかっていた。


「もうちょっと広い場所に移動できれば、疾風の大鷲(ゲール・イーグル)を開ける。そうしたら、あの大ムカデもなんとかできる」

「どのみち、ずっとここにいるわけにもいかないものね。セティも探さなくちゃいけないし。移動するのは賛成。ただ……」

「まあ、どうやってここから無事に出るか、って問題はあるけどな」


 ソフィーとリオンは顔を見合わせる。リオンが小さく肩をすくめ、ソフィーは仕方ないというように苦笑した。

 そんな小さな笑みでも、張り詰めていた緊張の糸がわずかにゆるむ。そのゆるみは、リオンとソフィーの間に落ち着きを生み出した。


「なんにせよまずは状況の把握、かな。できることは限られているけど」


 ソフィーは道具袋(ポーチ)から一冊の(ブック)を取り出す。


開け(オープン)羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)


 ソフィーの手のひらの上で開いた金糸雀(カナリア)は、隙間の外の大ムカデの方を向いて大きな声で鳴き始めた。その鳴き声は、天井の低い洞窟内で、ひどく反響して広がった。

 その音に刺激されたのか、大ムカデが腹を波うたせてまた隙間に突進してきた。がっと鈍い音がして、入り口が削れる。

 ソフィーは片腕をあげてその破片から顔を守る。金糸雀(カナリア)が乗っているもう片手を庇うように体の陰に入れる。


「大丈夫、そいつのことはわかってる。他に……別の場所にも(ブック)の反応はない?」


 ソフィーの意志を受け取って命令に従う(ブック)だというのに、ソフィーはまるで宥めるように金糸雀(カナリア)に語りかけた。

 金糸雀(カナリア)はしばらく興奮したように大ムカデに向かって鳴き続けたけれど、ソフィーが何度か語りかけるうちに静かになってきた。

 そうしてゆっくりと手のひらの上で体を回転させて、あちらこちらに嘴を向ける。

 そのうちに、大ムカデとは別の方向に向かって鳴き始めた。鳴き声の大きさからして、そこまで遠くはない。


「大ムカデとは別に(ブック)がある。セティかも」


 ソフィーは手早く「閉じろ(クローズ)」と命令して羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)を閉じる。それを道具袋(ポーチ)にしまいながら、リオンを見上げた。

 リオンは頷いて、自分も一冊の(ブック)を取り出した。


開け(オープン)斥候の蝙蝠(スカウト・バット)


 (ブック)はぼんやり光ると、リオンの頭上でコウモリの姿になった。

 薄い膜のような羽根をはばたかせて飛ぶ姿は、大ムカデの前ではいかにも弱そうで心許ない。それでも、リオンには目的があった。


「こいつで、少し周囲の様子を探る。何もわからないよりはマシだろう」


 隙間の外では、相変わらず獲物を待ち構えるように大ムカデがうごめいている。入り口付近を波打ちながら行ったり来たりしていた。

 その隙をついて、リオンは斥候の蝙蝠(スカウト・バット)を隙間の外に放つ。蝙蝠(バット)の羽ばたきに大ムカデが反応する。

 すぐさま近寄ってきて大きな顎で蝙蝠(バット)を捕まえようと迫ったが、蝙蝠(バット)の方が一足早く天井まで飛び上がって逃げた。

 そしてそのまま、大ムカデから離れて飛んでゆく。進むのは、さっきまで羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)が鳴いていた方向だ。

 斥候の蝙蝠(スカウト・バット)を取り逃した大ムカデは、天井付近まで体を伸ばして蝙蝠(バット)を追いかけようとした。その足がざわざわと動いているのが隙間から見えて、ソフィーもリオンもその大きさに改めてゾッとする。

 蝙蝠(バット)は大ムカデから逃げ、羽ばたく。大ムカデは岩壁に張り付いて天井まで登って行ったが、すでに蝙蝠(バット)はだいぶ先まで飛んでいた。

 大ムカデは体を八の字に曲げて、思い出したようにまたソフィーとリオンが隠れている隙間の前に戻ってきた。隙間からその触覚が入り込んできて、ぴんと動く。リオンはそれを刺激しないように、一歩退がった。

 大ムカデから逃れた蝙蝠(バット)は低い天井すれすれを飛んでゆく。じめっとして暗い洞窟の中、小さな隙間はあちこちにあるようだった。

 けれど今ソフィーとリオンに必要なのは、空だった。天井のない、開けた場所。

 蝙蝠(バット)が飛んでゆく先に、光があった。蝙蝠(バット)はその光に向かって飛んでゆく。小さかった光がだんだん大きくなる。そして、光の中に飛び出た。

 地面には苔やシダ植物が生えている。シダ植物はまるで木のように大きい。そして、そんな大きな植物が上空を覆っていた。

 植物越しの空は、高い。

 役目を果たした斥候の蝙蝠(スカウト・バット)は、また低い天井の洞窟の中に戻ってゆく。所有者(オーナー)であるリオンのところへ。


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