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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第十三章 音迷の跳鳴虫(サウンドメイズ・クリケット)
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76 ナッツ入りのチョコレート

 罠がなさそうなことと、他の(ブック)が遠いことを確認して、空っぽの部屋で休憩することにした。

 セティは機嫌良く、自分の道具袋(ポーチ)からチョコレートを出してソフィーとリオンにも渡した。


「ありがとう」

「俺にもくれるのか。ありがとうな」


 ソフィーとリオンにお礼を言われて、セティはますます機嫌良くなった。ふふんと顎をあげる。


「俺が買ってきたチョコレートだからな。ナッツ入りだぞ。特別に分けてやる。うまいし、甘くて疲れが取れるんだ」


 ソフィーはくすりと笑って、そのナッツ入りのチョコレートを口に入れた。

 チョコレートの独特なかおりと、甘さが脳みそを刺激するようだった。ナッツの歯応えも、噛み締めるたびに疲労が弾けて消えてゆくような気がする。


「怪我なしで(ブック)を手に入れられたのは、ラッキーだったな」


 言ってから、リオンはチョコレートを口に放り込んで、奥歯で噛み砕いた。小気味良いナッツの歯応えを感じてから、両手を上にして体を伸ばす。


「そうね。あの草むらを焼き払うようなことにもならずに済んだし」


 ソフィーは口の中でチョコレートの味を転がしながら、体の力を抜いた。緊張感が続いてこわばっていた体が、ゆっくりとほぐれてゆく。

 その視線の先では、セティがチョコレートを口に入れて、にんまりと笑っていた。リオンは床に手をついて足を投げ出し、体を休めている。

 そんなときだった。

 セティのちょうど背後に、扉が現れた。気づいた時には、もう扉は開かれていた。セティが立ち上がって振り向いた時には、扉から半身を出した金髪の──セティよりも少し年上に見える少年が手を伸ばし、セティの腕を掴んでいた。


「うわっ!?」


 咄嗟のことに、セティはバランスを崩して扉の中に引っ張り込まれる。


「セティ!?」


 ソフィーもリオンも立ち上がる。

 今度は扉の中から、(ブック)が放られた。


開け(オープン)破壊顎の大百足ミリパット・モルシュール・ブリズーズ


 声とともに、宙に放られた(ブック)が光る。その光はたちまち大きくなってゆく。それとともに周囲の景色も書き換わる。

 構わずに、ソフィーは扉に向かって走った。閉まる扉に向かって、目一杯手を伸ばす。


「セティ!」

「ソフィー!」


 扉の内側からは、同じようにセティが手を伸ばしていた。その目の前で扉が閉まる。


「危ない、ソフィー!」


 リオンがソフィーの体を抱えて床に倒れ込む。つい今し方ソフィーの胴体があった空間を、大きな顎ががちりと挟み込んで切断した。

 それは、大きなムカデだった。その顎に挟まれたら人間の胴体など真っ二つになるだろう。そのくらい大きなムカデだ。

 ぎちぎちと無数の足の関節が動く音がする。

 ソフィーはそれも目に入っていないのか、リオンの体の下でもがいた。閉まった扉に目を向ける。扉は現れた時と同じように、突然に消えてしまった。

 セティの姿はもうない。


「セティ……」

「落ち着け、ソフィー! 今は自分の身を守るんだ!」


 リオンはもがくソフィーの体を抱いたまま、地面を転がる。ムカデの顎が迫るのを避けて、見つけた岩の隙間にソフィーを突き飛ばし、自分も潜り込んだ。

 その入り口に、ムカデの顎ががちりと音を立ててぶつかる。岩がえぐれるほどの勢いだった。それでも、咄嗟に避難したこの場所は、大きなムカデが入ってくるほどの広さはないらしい。

 リオンは自分たちの無事に安堵の息を吐いて、わずかな隙間から外を伺う。

 地面は苔むした岩場になっていた。天井はごつごつとした岩で塞がれていて低い。暗く、じめじめと湿った空気だった。

 隙間の外にはまだ大ムカデがうごめいているが、ひとまずの安全を得て、リオンはソフィーを振り返る。

 ソフィーは顔色を悪くして口元を覆っていたが、やがて視線をあげてリオンを見た。


「ありがとう、リオン」


 リオンはどうってことない、とでも言うように肩をすくめてみせた。


「無事で良かったよ」

「でも、セティが……」


 ソフィーの眉が心配そうに寄せられる。リオンは唇を噛んで目を伏せた。そのまま、今すべきことを考える。

 消えたセティ、自分たちの状況、大ムカデ、一瞬見えた金髪の少年の顔、それらを頭の中で整理して、覚悟をした顔でソフィーを見た。


「セティは扉の向こうだ。扉は消えた。でも、あの大ムカデは開かれた(ブック)だ。であれば、所有者(オーナー)はそう遠くには行ってない。

 だったら、探し出せる。そうだろう?」


 リオンの表情に、ソフィーも唇を引き結ぶ。そして、しっかりと頷いた。


「そう、そうね。所有者(オーナー)のところに行けば、セティもそこにいるかもしれない……」

「そしてそのためには、あの大ムカデをなんとかしなけりゃならない。それもわかってるな?」


 ソフィーはリオンの背後に目を向けた。わずかな隙間から、こちらの様子を伺っている大ムカデの体の一部が見える。たくさんの足がうごめき、波打つように体が動く。

 恐怖はもちろんあった。セティが消えた不安もある。

 けれどそれ以上に、セティを見つけたい気持ちがあった。多くの(ブック)と対峙してきた探索者(ブックワーム)としての、矜持もあった。

 ソフィーは顔をあげると、リオンに向かって微笑んでみせた。


「ええ。なんとかしてやりましょう。(ブック)相手の危険は覚悟の上、探索者(ブックワーム)だもの」


 ソフィーの覚悟を受け止めて、リオンはにっと笑う。


「じゃあ、やることは決まりだな」


 リオンが振り返って外の様子を伺う。ソフィーは改めてその姿を見上げた。


「本当にありがとう、リオン。あなたがいてくれて、良かった」

「まあ、な、俺は役に立つ男だろう?」


 冗談めいた口調で、リオンがウィンクする。それに笑顔を返せるくらいの余裕が、ソフィーにも戻っていた。

 そしてソフィーも外の様子を伺う。打開策を考えながら、道具袋(ポーチ)の中を探りはじめた。


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