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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第十三章 音迷の跳鳴虫(サウンドメイズ・クリケット)
75/105

75 鳴き声を追いかけて

 りりりり、りりりり、と虫の音が響く。その度に目を凝らすが、ざわりと揺れる草むらの影しか見えない。

 斥候の蝙蝠(スカウト・バット)でも(ブック)の本体を見つけることはできないようで、音が聞こえる辺りをぐるぐると飛び回っているだけだった。

 そしてしばらくすると、また別の方向から、りりりり、と鳴き声がするのだ。


「攻撃的な(ブック)じゃないから楽かと思ったけど」


 ソフィーは小さく息を吐いて頭を振った。リオンが肩をすくめてそれに応じる。


「このままじゃ、俺らはここに閉じ込められたまんまだな」

「なあ、最後の手段、やっても良いんだぞ」


 セティは待つことにすっかり飽きていた。唇を尖らせてソフィーとリオンを順番に見上げる。

 ソフィーは少し考えてから、セティを見下ろした。


「まだ試せることがあるから。もうちょっとだけ待っててくれる? それでも駄目なら、セティにお願いするから」

「……わかった。待っててやる」


 渋々といった表情で、セティは頷いた。

 ソフィーは道具袋(ポーチ)から一冊の(ブック)を取り出す。


開け(オープン)星灯の蛍スターライト・グロウワーム


 ソフィーの手のひらの(ブック)がぼんやりと光り、輪郭が曖昧になる。その光はふわりと飛び上がって、ソフィーの目の前で小さな虫の姿になった。

 虫になっても光はやまず、飛び回る動きにあわせてゆらりと輝いていた。


「新しい(ブック)か?」


 リオンの言葉に、ソフィーは頷く。


「そ。オリヴィアのところで買ったの」

「こいつは何ができるんだ?」


 リオンは目を細めて、飛び回る(グロウワーム)を眺める。


「光るだけ。灯り用に買ったものだからね。

 でも、相手が虫なら、もしかして光に引き寄せられるか、逃げようとするか、するかもしれないでしょ? それで動きがあれば斥候の蝙蝠(スカウト・バット)で見つけられるだろうし」

「なるほどな」


 リオンは頷いたが、セティは機嫌悪そうに唇を尖らせて星灯の蛍スターライト・グロウワームを見上げていた。


「灯りなら俺だってできるのに」


 セティの声に、ソフィーは苦笑する。その表情に、セティは気まずそうに視線をそらして口を開いた。


「わかってるよ。オンゾン、しててやる。俺は大事な切り札だからな」

「そうね。もうちょっとだけ、待ってて」


 そしてまた、りりりり、と虫が鳴き始めた。

 ソフィーは星灯の蛍スターライト・グロウワームを、リオンは斥候の蝙蝠(スカウト・バット)を、鳴き声の聞こえてくる方に向かわせる。

 光を灯しながら、(グロウワーム)がついと草むらのすぐ上を飛び回る。(グロウワーム)の光に照らされても、草は影を濃くするばかりだった。

 風が吹いてざわりと揺れる。その揺れに不自然さはなく、他の何かが動くような気配もない。


「よっぽど小さいのか?」

「あるいは、姿が見えない……ううん、それでも草の動きでわかりそうなものだけど」


 リオンとソフィーは夜の静けさの中、囁くような声で意見を言い合う。りりりり、と鳴く声は確かにまだしていた。だというのに、どうしてもその姿を見つけることができない。


「セティの言う通り、焼き払うのが早いかもな」


 諦めたようにリオンが呟いた、そのとき、不意に斥候の蝙蝠(スカウト・バット)が不思議な動きをした。

 鳴き声がする方ではなく、違う方に向かって飛んでゆく。リオンは訝しげに眉を寄せた。


「……どうした?」

「あ」


 蝙蝠(バット)が飛んでゆく先に目を向けたセティが、小さく声をあげる。視線の先を指差す。


「あそこ! 跳ねた! 何かいる!」

「え、でも……」


 ソフィーは戸惑って、蝙蝠(バット)が向かう先と(グロウワーム)が飛んでる辺りで視線を動かす。りりりり、という鳴き声はまだ、(グロウワーム)が飛んでいる方から聞こえている。

 それでも斥候の蝙蝠(スカウト・バット)は、確かにセティが指差した方へ向かっていた。

 りり……と鳴き声が途切れた。ざわりと風が吹いて、草のざわめきだけが響く。

 そして今度は反対側から、りりりり、と鳴き声が響いた。ソフィーはちらと鳴き声のする方へ視線を走らせる。月明かりに照らされた草むらでしかない。

 小さく首を振ってから、ソフィーは斥候の蝙蝠(スカウト・バット)が向かう先、セティが指差す先を見つめた。


「今まで、鳴き声に惑わされていたのかも。本体はきっと、別にいるんだわ」


 覚悟を決めて、ソフィーは星灯の蛍スターライト・グロウワーム斥候の蝙蝠(スカウト・バット)の後を追わせた。

 柔らかな灯りが、草むらを照らしながら動いてゆく。その先で、ぴん、と草が不自然な動きをした。そして、月と(グロウワーム)の光に照らし出されて、小さな影が宙に跳ねた。


「あれだ!」


 リオンは斥候の蝙蝠(スカウト・バット)でその小さな跳ねる影を追った。蝙蝠(バット)の動きを、影は跳ねてかわした。その姿が、(グロウワーム)の灯りの中に飛び出してくる。

 ソフィーは駆け出した。

 ちょうど、蝙蝠(バット)と挟み撃ちする形になった。跳ねる影に手を伸ばして、ソフィーはそれを潰さないように、優しく両手で閉じ込める。

 ソフィーの手のひらに、ぴん、と跳ねる感触があった。


「我が呼び声に応えよ。我ソフィーは汝の所有者なり」


 手のひらの中から、ぼんやりとした光が漏れる。

 ソフィーは確かに(ブック)所有者(オーナー)になることができた。その(ブック)題名(タイトル)は──音迷の跳鳴虫サウンドメイズ・クリケット


閉じろ(クローズ)


 ソフィーの命令にしたがって、手のひらの中で暴れていた音迷の跳鳴虫サウンドメイズ・クリケットは、ぼんやりと光って一冊の(ブック)に姿を変えた。

 途端、周囲の草原も姿を消す。ソフィーたちは、がらんとした何もない石壁の部屋の中にいた。そこは、夜の景色よりも静かに感じられた。


「音で惑わせて、侵入者を閉じ込める(ブック)だったみたい」


 ソフィーが手に入れたばかりの(ブック)道具袋(ポーチ)にしまいながら言う。


「音に気を取られ続けてたら俺たちも抜け出せなかった、か。セティ、よく気づいたな」

「そうね、セティが気づいたおかげ。ありがとう」


 急に褒められて、セティは落ち着かないように視線をうろうろさせた。

 何もすることがなくて退屈していた気持ちはもう、吹き飛んでしまった。気恥ずかしくて、嬉しくて、頬が勝手に緩んでしまう。それもまた恥ずかしい気持ちになった。

 それでできるだけ、なんでもないような顔で、いつも通りに顎をぐいと持ち上げて胸を張った。


「ふん、このくらい、どうってことない。俺は最強の(ブック)だからな。役に立って当たり前だ」


 それでもセティの表情は少しにやけてしまっていたから、その強がりは、ソフィーにもリオンにも伝わってしまっていたのだけれど。


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