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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第十三章 音迷の跳鳴虫(サウンドメイズ・クリケット)
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74 部屋は月明かり

 ソフィーは扉に手をかけてリオンと頷き合う。次にセティにも目をやると、セティはぐいと顎をあげて「さっさとしろ」と言わんばかりの表情をしていた。

 中に部屋付きの(ブック)がいるのはわかっている。ソフィーは一回深呼吸してから、扉を開けた。

 夜の暗さに、ソフィーは目を細める。天井は見えず、深い色の夜空が広がっている。煌々と輝く月が浮かび、無数の星が瞬いている。

 風が吹き抜ける。ざわざわと草が揺れる。ふくらはぎほどの高さの草が、どこまでも続いている。


「暗いな。明るくするか?」


 セティの声に、ソフィは周囲を見回してから首を振った。


「いえ、少しこのままで様子を見ましょう。まだ(ブック)の正体がわからないから」


 慎重なソフィーの提案に、セティはつまらなさそうに唇を尖らせた。それでも、(ブック)の正体がわからないのはその通りだったから、それ以上は何も言わなかった。

 りりりり、と高く澄んだ音が響いた。ソフィーたちは音のした方を振り向くが、ざわりと草が揺れているだけだった。草むらの影は濃い。


「今の音は……」


 リオンが注意深く周囲を伺う。何かが襲ってくる気配はないし、そのまま音も止んでしまっていた。ソフィーも視線は周囲を警戒し、いつでも動き出せるように構えながら口を開く。


「虫の声、かしらね。この部屋の(ブック)の正体は、虫?」

「小さいと見つけるのが厄介だな」

「大きさは……そうね、大きければ見えてるはずだから、きっとこの草むらに紛れるくらいには小さいんでしょうね」


 ソフィーは小さく息を吐く。このざわざわと揺れる草原に隠れている小さな虫一匹を見つけるというのは、途方もないことに思えた。

 草がざわめく音に囲まれた中、また、りりりり、と音色が響き渡る。

 リオンは手早く道具袋(ポーチ)から一冊の(ブック)を取り出して、夜の空気に似合う静かな声で命令をした。


開け(オープン)斥候の蝙蝠(スカウト・バット)


 途端、リオンの手のひらの(ブック)がぼんやりと光る。その輪郭が曖昧になって、リオンの頭上に浮かび形をとってゆく。そしてその光はすぐに、コウモリの姿になった。


「行け」


 リオンの声は小さく短い。けれど斥候の蝙蝠(スカウト・バット)は、リオンの意思と命令に従って、音がした方へ向かって的確に飛んで行った。

 少し離れた場所でぐるぐると飛び回るが、(ブック)の本体は見つからないようだった。


「本体が動けば見つけられるんじゃないかと思うんだけどな」


 上空を飛び回るコウモリを見て、リオンは小さく息を漏らす。

 と、また、りりりりと鳴き声が聞こえた。コウモリが飛んでいるのとは反対側だ。リオンが振り向くのと同時に、斥候の蝙蝠(スカウト・バット)も音をめがけて飛んでゆく。

 ソフィーも振り向いて、草むらに目を凝らす。草は相変わらずざわざわと風にそよぐばかりで、曖昧な影しか見えない。


「動いてはいる、はず。音の方向が変わってるんだから。動きが草に隠れて見えない? よほど小さいの?」


 ソフィーは口元に手を当てて考え込む。焦れたように、セティが胸を張った。


「こんなの、炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムでこの辺り全部焼き払えば良いだろ」


 今にも炎を出してしまいそうな表情のセティを、ソフィーは微笑んでなだめる。


(ブック)の本体がどこにいてどんなやつなのかわからないから、迂闊に手を出したくはないかな。傷つけるのも避けたいし」

「なんだよ、つまんない。こんな小物、さっさとなんとかして先に進んだ方が良いだろ」


 セティは唇を尖らせて、ふいと横を向いた。その鼻先を月明かりが照らす。ソフィーは少し膝を曲げて、その顔を覗き込んだ。


「それに、セティは大事な切り札だもの、できるだけ温存しておきたいの。辺りを焼き払うのは最終手段、良い?」

「大事な、切り札……」


 ソフィーの言葉を繰り返して、セティはそわそわと視線を動かした。頼りにされているらしい、ということはソフィーの言葉から伝わってきた。

 気をよくしたセティは、ふふんと笑った。


「それなら仕方ないな。今は待っててやる。俺の知識が必要になったら、いつでも言えよ」


 セティが顎をぐい、と持ち上げる。


「ああ、期待してるからな」


 言いながら、リオンはついついセティの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。ふと、セティは同じように自分の頭を撫でてくれたアンブロワーズの手の感触を思い出した。

 リオンのしっかりした大きな手とは違う、骨ばってしわくちゃの、手。それでも、温かさはリオンの手も変わらないな、と思う。


(でも違う。リオンはじいさんじゃない)


 一瞬のためらいの後に、セティはいつも通りにリオンの手を払った。


「子供扱いするな! 髪の毛ぐしゃぐしゃにするな!」

「はいはい、悪かったよ。でもお前に期待してるのは本当だからな。今は大人しく待っててくれ」


 セティは頭を振って乱れた髪を戻すと、リオンを睨みあげた。


「俺の凄さがわかってるなら良い。でももう、子供扱いはするなよ」

「悪かったって。つい、な」


 リオンが明るく笑ったそのとき、また、りりりりと音が鳴った。さっきと違う方向から聞こえる鳴き声に、全員口を閉ざして振り向く。

 ざわりと揺れる草は、月明かりに照らされて、地面は濃い影にしか見えない。

 斥候の蝙蝠(スカウト・バット)が素早く飛んでゆくが、やはり(ブック)の本体は見つからないでいた。


「ともかく今は、なんとかして(ブック)の本体を見つけましょう」


 鋭い目つきで周囲を警戒するソフィーに、セティもリオンも真面目な顔で頷いた。


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