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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第三部 本(ブック)の少年と魔術師の手 第十二章 本(ブック)の少年の記憶
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73 クリームたっぷりココア

 白いつるりとしたカップを満たすチョコレート色の液体。チョコレートに似たにおいまでしている。

 上には白いクリームがふわりと乗っていて、熱々の液体と接している部分はとろりと溶けて、茶色と白が混ざり合っていた。

 セティは初めての飲み物(ココア)に興味津々で、カップの中を覗き込んだ。


「熱いから気をつけてね」


 ソフィーの声に、セティはちょっと唇を尖らせた。


「そんなの、言われなくてもわかってる」


 けれど不機嫌な顔も一瞬で引っ込んだ。カップを持ち上げて、ふうっと息を吹きかけると、そっと口をつける。

 思ったより熱かったのか、びくりと顔をカップから離した。小さく唇を舐めてから、もう一度ふうふうと息を吹きかけて、またそろりと口をつけた。

 舐めるように、おずおずと、一口。チョコレートにも似た、独特の味わいだった。熱くて、ちょっと苦くて、香ばしくて、舌にちょっとざらりと絡んで、そしてなめらかなクリームと混じり合うととびきり甘い。

 セティはカップから口を離すと、舌を出してココアとクリームに塗れた口周りを舐めた。それもとびっきり甘くって、セティはにんまりと笑った。


「うん、気に入った」


 上機嫌に頷いて、セティはカップの中を覗き込んだ。クリームとココアが混ざり合うのを眺めるのも楽しかった。

 その様子にソフィーは目を細める。そして自分は、コーヒーのかおりを楽しんでから一口飲んだ。

 しばらくココアに夢中だったセティが、ふと顔をあげてソフィーを見たのは、ココアが半分ほどになって、クリームもだいぶ混ざり合って、もう息を吹きかけなくても良いくらいにぬるくなった頃だった。


「そういえば、さっきの指輪。あれって、書架(ライブラリ)で見つかったものなのか?」


 セティの問いかけに、ソフィーはコーヒーカップを置いて頷いた。


「そう。書架(ライブラリ)ではね、たまに見つかるの。誰かが書架(ライブラリ)で失くした物とか……書架(ライブラリ)から戻ってこなかった誰かの持ち物とか」

「そっか……」


 セティは目を伏せて、すっかり溶けてしまったクリームがココアに浮いているのを眺めた。しばらくそうしてから、視線はそのままでぽつりと呟く。


「それじゃあ、じいさんの物だって見つかるかもしれないな。じいさんはきっと、書架(ライブラリ)で死んだんだろうから」


 ソフィーはうつむくセティのつむじを見て、頬杖をついた。セティの真っ黒い髪の毛はさらりと落ちて、セティの表情を隠してしまっていた。


「そうだね……見つかることも、あるかもしれない。

 わたしもね、父さんの持ち物がいつか見つかるかもって思ってるんだ。見つかって欲しいような、見つかって欲しくないような、複雑な気持ちなんだけど」

「見つかって欲しくない?」


 セティが顔をあげて、瞬きをする。ソフィーは微笑んだ。


「うん。見つかったらきっと、父親がいなくなったことを気持ちが認めてしまう気がして……わたしまだ、心の中では父親が死んだって思えないでいるんだと思う。

 もう何年も経ってるから、生きてるわけがないんだけど。それでも、気持ちはなかなか追いつかないね」


 セティは目を見開いて、それから落ち着かなげに視線を下げた。目の前にあるココアのカップを持ち上げて、とろりとした甘さを一口含む。カップをソーサーに戻すと、ぎゅっと眉を寄せた。


「俺、俺は……よくわからない。でもじいさんは、自分が殺されるって言ってた。次に俺が開いた時には自分はもういないって。だからきっと、じいさんはもう死んでるんだと思ってる」

「……そう」


 大昔の大魔術師アンブロワーズ。普通に考えれば生きているはずがない。けれどセティにとってアンブロワーズとの記憶は、ついこの前のことなのだ。

 ソフィーは頬杖をやめてコーヒーカップを持ち上げた。すっかりぬるくなったコーヒーを一口含んでから、口を開く。


「アンブロワーズは、死ぬことを覚悟してたんだね」

「覚悟……? してたかどうかはわからない。けど、でも、そうなることはわかってたみたいだった。本当は、俺は閉じるのは嫌だったんだ。開いたまま、じいさんが殺されるのなんか、止めてみせるって思ってた。でも、じいさんは俺を閉じたんだ」


 セティの唇が、悔しそうに曲がる。ソフィーは首を傾けて、セティの顔を覗き込んだ。


「セティは、アンブロワーズと一緒にいたかったんだ」

「一緒に……っていうか、俺は……助けたかったんだ、じいさんを」


 セティはまたうつむいてしまった。


「でも、なのに……じいさんは、俺に大魔道書になれって。俺のこと、最高傑作だって言って。それで俺を閉じて。閉じる前、最後に俺の頭を撫でて。その手に、指輪があったのを覚えてる」


 いつもの自信たっぷりな物言いとは違って、セティの声は小さく震えていた。少し黙ってから、腕を持ち上げて、袖で目の周りをごしごしと拭いた。


「とにかく、俺はじいさんを殺した(ブック)を探すんだ。なんでじいさんが死なないといけなかったのか、知りたいんだ」


 ソフィーはセティと出会ってからのことを思い返す。

 シジエムやトワジエムといったセティの兄姉たち(グリモワールシリーズ)。彼らはセティを連れて行きたい様子だった。その理由は何か、もしかしたらアンブロワーズの死もグリモワールたちに何か関係しているのだろうか。

 不安はある。それでもソフィーは、セティに向かって微笑んだ。


「わたしも手伝うよ」


 セティが視線をあげる。さっきこすったせいで、目の縁が赤くなっていた。

 どれだけ偉そうにしていても、未知数の知識を持っていても、セティはまだ幼い。ソフィーはセティの目をしっかりと見返して、言った。


「わたしはあなたの所有者(オーナー)だからね」


 セティはちょっと嬉しそうな顔をして、でもすぐに怒ったように唇を曲げて、ふいと横を向いてしまった。


「一応、所有者(オーナー)として認めてやってるだけだからな。だから、手伝いたいなら、そうさせてやる」


 わかりやすい照れ隠しに、ソフィーはふふっと笑った。笑われたのが気に入らなくて、セティはふん、と鼻を鳴らしてココアをぐい、と飲んだ。

 そこへ、アイスコーヒーを片手にリオンがやってきた。


「お待たせ。っと、なあ、おい、セティ、お前口の周りがココアまみれだぞ。拭いてやろうか」

「うるさい! 自分で拭ける!」


 リオンにからかわれて怒るセティは、もうすっかりいつも通りの生意気な態度だった。ソフィーは笑ってハンカチをセティに差し出す。

 自分でハンカチを持ってないセティは渋々とソフィーのハンカチを受け取って、口周りを拭いたのだった。




   第十二章 ブックの少年の記憶 おわり


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