73 クリームたっぷりココア
白いつるりとしたカップを満たすチョコレート色の液体。チョコレートに似たにおいまでしている。
上には白いクリームがふわりと乗っていて、熱々の液体と接している部分はとろりと溶けて、茶色と白が混ざり合っていた。
セティは初めての飲み物に興味津々で、カップの中を覗き込んだ。
「熱いから気をつけてね」
ソフィーの声に、セティはちょっと唇を尖らせた。
「そんなの、言われなくてもわかってる」
けれど不機嫌な顔も一瞬で引っ込んだ。カップを持ち上げて、ふうっと息を吹きかけると、そっと口をつける。
思ったより熱かったのか、びくりと顔をカップから離した。小さく唇を舐めてから、もう一度ふうふうと息を吹きかけて、またそろりと口をつけた。
舐めるように、おずおずと、一口。チョコレートにも似た、独特の味わいだった。熱くて、ちょっと苦くて、香ばしくて、舌にちょっとざらりと絡んで、そしてなめらかなクリームと混じり合うととびきり甘い。
セティはカップから口を離すと、舌を出してココアとクリームに塗れた口周りを舐めた。それもとびっきり甘くって、セティはにんまりと笑った。
「うん、気に入った」
上機嫌に頷いて、セティはカップの中を覗き込んだ。クリームとココアが混ざり合うのを眺めるのも楽しかった。
その様子にソフィーは目を細める。そして自分は、コーヒーのかおりを楽しんでから一口飲んだ。
しばらくココアに夢中だったセティが、ふと顔をあげてソフィーを見たのは、ココアが半分ほどになって、クリームもだいぶ混ざり合って、もう息を吹きかけなくても良いくらいにぬるくなった頃だった。
「そういえば、さっきの指輪。あれって、書架で見つかったものなのか?」
セティの問いかけに、ソフィーはコーヒーカップを置いて頷いた。
「そう。書架ではね、たまに見つかるの。誰かが書架で失くした物とか……書架から戻ってこなかった誰かの持ち物とか」
「そっか……」
セティは目を伏せて、すっかり溶けてしまったクリームがココアに浮いているのを眺めた。しばらくそうしてから、視線はそのままでぽつりと呟く。
「それじゃあ、じいさんの物だって見つかるかもしれないな。じいさんはきっと、書架で死んだんだろうから」
ソフィーはうつむくセティのつむじを見て、頬杖をついた。セティの真っ黒い髪の毛はさらりと落ちて、セティの表情を隠してしまっていた。
「そうだね……見つかることも、あるかもしれない。
わたしもね、父さんの持ち物がいつか見つかるかもって思ってるんだ。見つかって欲しいような、見つかって欲しくないような、複雑な気持ちなんだけど」
「見つかって欲しくない?」
セティが顔をあげて、瞬きをする。ソフィーは微笑んだ。
「うん。見つかったらきっと、父親がいなくなったことを気持ちが認めてしまう気がして……わたしまだ、心の中では父親が死んだって思えないでいるんだと思う。
もう何年も経ってるから、生きてるわけがないんだけど。それでも、気持ちはなかなか追いつかないね」
セティは目を見開いて、それから落ち着かなげに視線を下げた。目の前にあるココアのカップを持ち上げて、とろりとした甘さを一口含む。カップをソーサーに戻すと、ぎゅっと眉を寄せた。
「俺、俺は……よくわからない。でもじいさんは、自分が殺されるって言ってた。次に俺が開いた時には自分はもういないって。だからきっと、じいさんはもう死んでるんだと思ってる」
「……そう」
大昔の大魔術師アンブロワーズ。普通に考えれば生きているはずがない。けれどセティにとってアンブロワーズとの記憶は、ついこの前のことなのだ。
ソフィーは頬杖をやめてコーヒーカップを持ち上げた。すっかりぬるくなったコーヒーを一口含んでから、口を開く。
「アンブロワーズは、死ぬことを覚悟してたんだね」
「覚悟……? してたかどうかはわからない。けど、でも、そうなることはわかってたみたいだった。本当は、俺は閉じるのは嫌だったんだ。開いたまま、じいさんが殺されるのなんか、止めてみせるって思ってた。でも、じいさんは俺を閉じたんだ」
セティの唇が、悔しそうに曲がる。ソフィーは首を傾けて、セティの顔を覗き込んだ。
「セティは、アンブロワーズと一緒にいたかったんだ」
「一緒に……っていうか、俺は……助けたかったんだ、じいさんを」
セティはまたうつむいてしまった。
「でも、なのに……じいさんは、俺に大魔道書になれって。俺のこと、最高傑作だって言って。それで俺を閉じて。閉じる前、最後に俺の頭を撫でて。その手に、指輪があったのを覚えてる」
いつもの自信たっぷりな物言いとは違って、セティの声は小さく震えていた。少し黙ってから、腕を持ち上げて、袖で目の周りをごしごしと拭いた。
「とにかく、俺はじいさんを殺した本を探すんだ。なんでじいさんが死なないといけなかったのか、知りたいんだ」
ソフィーはセティと出会ってからのことを思い返す。
シジエムやトワジエムといったセティの兄姉たち。彼らはセティを連れて行きたい様子だった。その理由は何か、もしかしたらアンブロワーズの死もグリモワールたちに何か関係しているのだろうか。
不安はある。それでもソフィーは、セティに向かって微笑んだ。
「わたしも手伝うよ」
セティが視線をあげる。さっきこすったせいで、目の縁が赤くなっていた。
どれだけ偉そうにしていても、未知数の知識を持っていても、セティはまだ幼い。ソフィーはセティの目をしっかりと見返して、言った。
「わたしはあなたの所有者だからね」
セティはちょっと嬉しそうな顔をして、でもすぐに怒ったように唇を曲げて、ふいと横を向いてしまった。
「一応、所有者として認めてやってるだけだからな。だから、手伝いたいなら、そうさせてやる」
わかりやすい照れ隠しに、ソフィーはふふっと笑った。笑われたのが気に入らなくて、セティはふん、と鼻を鳴らしてココアをぐい、と飲んだ。
そこへ、アイスコーヒーを片手にリオンがやってきた。
「お待たせ。っと、なあ、おい、セティ、お前口の周りがココアまみれだぞ。拭いてやろうか」
「うるさい! 自分で拭ける!」
リオンにからかわれて怒るセティは、もうすっかりいつも通りの生意気な態度だった。ソフィーは笑ってハンカチをセティに差し出す。
自分でハンカチを持ってないセティは渋々とソフィーのハンカチを受け取って、口周りを拭いたのだった。
第十二章 本の少年の記憶 おわり




