71 新しい本(ブック)
かろんと柔らかな音色のドアベルに出迎えられて、ソフィーとセティはオリヴィアの店に入った。
こじんまりとしてはいるが、掃除が行き届いてさっぱりと気持ちの良い店だ。カウンターのこちら側にはいつものように客用の小さな椅子が二脚、置いてあるだけだった。
カウンターの向こうには、本がたくさん並んだ作り付けの棚。その向こうは広いテーブルに本や様々な道具が散らばっている、オリヴィアの作業スペースだ。
「いらっしゃい、ソフィー! セティくんも! 今日の用事は何?」
テーブルの傍に座っていたオリヴィアは、ソフィーとセティの姿を見ると手にしていた本を置いて、カウンターに駆け寄ってきた。
一つに括られた淡い茶色の髪が、尻尾のようにぴょんと跳ねた。
「これ、持ってきた。この前、修復を頼まれてた本」
セティは自分のポーチから本を二冊取り出して、カウンターに置いた。
「いつもありがとう! 新しい傷物もあるから、見てくれる?」
オリヴィアの言葉にセティは頷く。
セティはオリヴィアが自分のことを子供扱いしているのがちょっと気に入らないでいた。大人しくしているのは、オリヴィアが仕事相手だからだ。それにオリヴィアがソフィーと仲が良いだけでなく、信頼もしている良い人であると、もうじゅうぶんわかっていたし。
オリヴィアが取り出してきた新しい傷物の本を見ている間、オリヴィアもセティが修復した本の状態を確認する。
そこへソフィーが声をかける。
「それから、今日はちょっと新しい本が欲しくて」
「新しい本? 良いよ、どんなのが必要?」
オリヴィアは手元の本から視線を外さずにソフィーに応じる。
「攻撃に使えそうなものと、それから灯りになるものが良いんだけど」
「なるほどね」
オリヴィアは手にしていた本をカウンターに置くと、ちょっと待ってね、と奥に向かった。広いテーブルの上から一冊の本を持ってくる。
そしてカウンターに戻ってくると、ソフィーの前に持ってきた本を置いた。
「鞭閃の舌長蜥蜴。カメレオンていうと姿を変えるものもあるけど、これは長い舌がその知識。舌を伸ばして鞭のように使えるみたい。攻撃にも使えると思うけど、どうかな。これは写しみたいなんだけど」
「写し?」
「そう。最近はなんだか、写しの本が多く出回っててね。書架でいっぱい見つかってるみたいで」
「そう。わたしは写しでも、変わらず使えるなら構わないけど」
ソフィーは置かれた本を手にとると、目の高さまで持ち上げて眺めた。
オリヴィアは今度は棚の前に立つ。小柄な体がくるくるとよく動く様子は、なんだかリスを思わせた。
「それから、灯りだっけ。ソフィー、灯りだったら炎の蝶があるのに?」
オリヴィアの何気ない言葉に、傷物の本を見ていたセティはぎくりと動きを止めた。
(炎の蝶は、俺が食べたから……ソフィーはそれで代わりが必要なんだ。俺のせいで)
本を握りしめたまま、セティは不安そうな眼差しでソフィーを見上げた。その視線に気づいたソフィーは、セティを安心させるように微笑んで、そっとその肩に触れた。
ソフィーの手の温かさが、セティにじんわりと伝わる。
セティが瞬きをすると、ソフィーはなんでもないかのようにオリヴィアの方を見た。
「炎じゃない灯りが欲しい時もあって。それと、予備も兼ねて。灯りがないと困ることが多いからね」
ソフィーの言い訳を、オリヴィアは特に気に留めることもなく頷いた。目線は棚に並んだ本を行き来している。
「そっか、炎じゃない灯りで予備にするなら……これはどうかな」
そう呟いてオリヴィアが持ってきた本をカウンターに置く。
「これは星灯の蛍。炎の蝶よりも最大光量は少ないけど、その分ずっと長持ちすると思う。値段も手頃だし、予備には良いんじゃないかな」
「良さそう。さっきの鞭閃の舌長蜥蜴とこの星灯の蛍、両方ちょうだい」
「はい、毎度あり!」
クレジットでの支払いを済ませて、ソフィーは二冊の本を受け取った。自分の道具袋にしまって、改めてオリヴィアを向いて「ありがとう」と声をかける。
「そんな、こちらこそ! あ、そうだ、それでね」
オリヴィアはカウンターの引き出しを開けて、中を探りながら言葉を続けた。
「ソフィーのお父さんって、書架で行方不明だったよね」
「そう……だけど」
ソフィーの表情が緊張をたたえてわずかにこわばった。傷物の本を仕分け終わったセティは、何事かとソフィーを見上げる。
「これ、書架から出てきたもので、持ち主を探してるんだって。ソフィーのお父さんのものだったりする?」
オリヴィアが取り出したのは、指輪だった。シンプルな銀の指輪。
ソフィーはそれを見て、ほっとしたような残念なような微妙な表情で肩の力を抜いた。小さく息を吐いてから、微笑んで首を振る。
「……父のじゃない」
「そっか、じゃあ」
「待ってくれ」
それまで黙っていたセティが、指輪を見つめて声をあげた。ソフィーとオリヴィア、二人の視線がセティに向かう。
「その……それ、俺にも見せてくれ」
「セティ、何か心当たりがあるの?」
ソフィーの問いかけにも答えず、セティは真剣な表情で指輪を見つめていた。




