70 本(ブック)の少年と友達
セティは修理してもらった道具袋をまた腰につけて、中身を詰め直した。満足して頷くと、クレムの父親に修理代を支払う。
それからクレムと二人でパン屋に向かった。途中でジェイバーに出会った。
ジェイバーはどうやらクレムのところに行くつもりだったらしく、入れ違いにならなくて済んだことを、ほっとしたような困っているような複雑な顔をしていた。
「なんか用か?」
クレムの言葉は警戒を隠さずに尖っていた。ジェイバーは少し傷ついた顔をして、それから頭を下げた。
「悪かった、いろいろと……その、ごめん」
「正直さ」
クレムの声は冷たかった。笑顔はなく、冷ややかな視線をジェイバーに向けている。
「ジェイバーのこと、許してないよ。書架のことだけじゃなくって、それまでも、いろいろとやられてたし」
クレムの声にジェイバーは顔をあげて、悲しそうに眉を寄せた。
「そう……だよな」
「ただ、仲良くするつもりはないけど、喧嘩ふっかけたいとも思ってない。もうちょっかい出してこないなら、それで良いよ」
「そっか……わかった。本当にごめん」
どう納得したのか、ジェイバーは大人しく頷いた。それからジェイバーはセティの方も向いた。
「セティって言ったよな。あの、助けてくれてありがとう」
自分にまで声をかけられると思ってなくて、セティは何度か瞬きをした。それからゆっくりと首を振る。
「どっちかと言えば、俺の事情に二人を巻き込んだんだ。だから、気にしなくて良い。無事で良かったな」
セティの言葉に、ジェイバーは大きく首を振った。
「それでも、助けてもらったことには代わりないから。元はと言えば、書架に入った俺のせいだし」
「本当だよ」
ジェイバーの言葉をクレムがまぜっ返す。その言葉にも、ジェイバーは怒ったりしなかった。クレムはちょっと拍子抜けたような顔になった。
用事はそれだけだったのか、ジェイバーは「それじゃあ」と立ち去ろうとした。その後ろ姿にクレムは呼びかける。
「俺、お前のことまだ許してないけどさ、もし探索者になったらうちの店に来いよ。お客さんとしてなら、ちゃんと対応するからさ」
ジェイバーは振り向いて、ちょっと泣きそうな顔をした。
「探索者になりたいって思ってたけど……どうするかわからない。よく、考えてみる」
「……そっか」
クレムは気が抜けたような顔をした。ジェイバーはまた前を向いて遠ざかってゆく。
少しの間その背中を見送ってから、クレムはセティに笑いかけた。
「行こうぜ」
歩き出したクレムを追いかけて、セティは一度だけ振り返ってジェイバーの背中を探した。人混みに紛れて、ジェイバーはもう見つからなかった。
◆
パン屋では大きなミートパイと、ドライフルーツのパンを買った。その紙袋を抱えて、セティは歩く。
デイジーの店では、はしゃいだデイジーに迎えられた。心配で泣いていたと信じられないくらいに、デイジーは明るく元気になっていた。
「本当にありがとう! セティたちがクレムとジェイバーを見つけてくれたんでしょう? 本当に良かった!」
店で牛乳とチョコレートを買って、チョコレートをいくつかおまけしてもらった。三人でチョコレートを一粒ずつ食べて、その甘さに笑い合う。
それから、前回と同じように、当たり前にクレムが牛乳瓶を抱えてデイジーがチョコレートの袋を持った。
「家まで持っていってやるよ」
「そう、アフターサービスってやつ!」
それで三人で、書架街を上に登ってゆく。途中で足を止めて、すり鉢の形の街を見下ろした。
「セティ、またうちに買い物に来てね。それで、今度は書架の話を聞かせて」
デイジーが好奇心に輝く青い瞳をセティに向ける。
「書架の話なんて、聞いて面白いのか?」
「だって気になるんだもの。わたしはきっと一生書架には潜らないし、危ないから潜りたいとも思わないけど。でも、話だけなら聞けるし」
「そんな面白い場所じゃなかったぞ」
クレムがうんざりした顔をする。デイジーは頬を膨らませた。
「クレムには聞いてないもん。どんな本があるのかとか、それだけでも良いから。話してよ、ね?」
セティはそれを嫌だと思わなかった。だから頷いた。デイジーが「やった」と喜ぶ。
「その代わり」
セティの言葉に、デイジーは振り向いて瞬きをした。クレムも何事かと振り向いた。
「その代わりに、また美味しい店を教えてくれ。今度、ソフィーと一緒に来るから」
デイジーは笑って頷いた。クレムもほっとしたように笑った。
三人で、あれこれとおしゃべりしながら歩くのは楽しくて、セティはソフィーに言われた「友達」という言葉を思い出していた。
実のところ、これを「友達」と呼んで良いのか、セティにはよくわからなかったのだけれど。
第二部 本の少年と友達 おわり
ここまで読んでくださってありがとうございます。第二部終了とキリの良いところで、更新しばらくお休みします。
第三部を早めにお届けできるように頑張ります。セティはついに「アンブロワーズはなぜ死んだのか」を考え始める……予定です。
更新再開時には、またお付き合いいただけたら嬉しいです。
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