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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第十一章 本(ブック)の少年と友達
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68 取り戻した日常

 翌日、セティはまたひとりで出かけることにした。

 クレムの店で買った黒い道具袋(ポーチ)には、オリヴィアの本屋に渡す修復済みの(ブック)が入っている。それから、チョコレートを何粒か。

 はじめてのことでもないのに、ソフィーはまだ不安そうにしていた。


「オリヴィアの店に行って、それからクレムの店とパン屋とデイジーの店に行くだけだ。この前だってひとりで大丈夫だっただろう」


 セティが唇を尖らせても、ソフィーはまだ心配そうにしていた。


「それはわかってる、わかってるんだけど……」

「とにかく、行ってくるからな」


 ソフィーは諦めたように息を吐くと、笑顔で──でもまだ少し心配そうな色を浮かべて、セティを送り出した。

 セティの方は、もうすっかり慣れたものだった。最初は不安だった人混みだって、今はもうどうってことない。

 書架街(しょかがい)を降りていって、メインストリートから路地に入る。その先にはオリヴィアの本屋がある。その場所にも迷わずに行ける。

 扉を開けば、かろんといつものドアチャイムの音が出迎える。奥から出てきたオリヴィアが、セティの顔を見て笑顔になった。


「いらっしゃい! 今日もお使い?」


 うっすらと子供扱いされることは納得いかなかったけど、修復済みの(ブック)を渡せば、オリヴィアはいつも通りに仕事をした。

 代金は結晶で。この結晶で、今日の買い物をする予定だ。

 ついでに、修復が必要な傷物の(ブック)も預かって、受け取った全部を道具袋(ポーチ)に入れる。


「おや、その道具袋(ポーチ)買ったの? かっこいいね」


 オリヴィアは小さな体でカウンターに乗り出して、セティの腰元を覗き込んだ。お気に入りの道具袋(ポーチ)を褒められて、セティは得意げな顔になる。


「そうだろう。黒くてかっこいいのが気に入って買ったんだ」

「うんうん、そうしてると一人前の探索者(ブックワーム)みたいだ」


 笑顔のオリヴィアに悪気はない。セティはよっぽど「俺はもう一人前の探索者(ブックワーム)だ」と言おうかと思ったけど、その話をすると自分の正体──(ブック)であることまで話してしまいそうな気がして、何か言うのはやめた。

 だから、オリヴィアの前ではセティは、ソフィーのお使いでやってくる子供のままだった。

 気に入らない。気に入らないけど、仕方ない。セティにだって、そのくらいの分別はあるのだ。


「じゃあ、また修復が終わったら(ブック)を持ってくるから」

「待ってるからね」


 オリヴィアが目一杯手を振って、セティを見送る。かろん、とドアチャイムの音にも見送られる。

 オリヴィアの本屋を出てメインストリートに戻ると、セティは書架街(しょかがい)をもう少し下に降りる。次の目当てはクレムの父親の店だった。


(確かこの辺り)


 記憶を頼りに辿り着いた先に、ちゃんとその店はあった。入り口の小さなディスプレイには、記憶していた通りに探索者(ブックワーム)向けの上着(ジャケット)道具袋(ポーチ)が飾られていた。

 そっと扉を開ける。店の中はしんとしていた。声を出そうかどうか迷っているうちに、奥から店主であるクレムの父親が出てくる。


「はい、いらっしゃい……ああ、あんたはクレムの。今日はクレムに用か?」


 クレムを呼ぼうとするのか、店の奥に顔を向けかけた店主をセティは慌てて止めた。


「それもあるけど、その、この間買った道具袋(ポーチ)のことで」


 仕事の話だと知って、クレムの父親は職人の顔になってセティのところにやってきた。


「何か問題があったか?」

「問題はない。とっても使いやすいし、かっこいいし、気に入ってる。そうじゃなくて、ここの糸のところが切れて、糸が出てきちゃったんだ。これ、修理できるか?」


 セティは腰につけていた道具袋(ポーチ)を外して、クレムの父親は目を細めてセティが示したところを見る。そこからは確かに、装飾の糸が切れて、ほつれた糸が飛び出していた。


「ああ、これか。これならすぐだ。少し預かって今から修理して良いかい? その間、クレムと話でもしててくれ」


 クレムの父親はセティから道具袋(ポーチ)を預かると、今度こそ店の奥に向かってクレムを呼んだ。

 それから、代わりの布袋をセティに渡して道具袋(ポーチ)の中身を全部その中に入れる。道具袋(ポーチ)の修理の間、それを使っていて良いらしい。

 奥から出てきたクレムは、セティの顔を見てそばかす顔をぱっと笑顔にした。


「クレム、この子の道具袋(ポーチ)を修理する間、その辺で話でもしててくれ。遠くには行くなよ」

「わかった! セティ、行こうぜ!」


 元気よく店を出るクレムを、セティは追いかける。

 クレムは言われた通り、遠くに行くつもりはないみたいだった。店のディスプレイの前に座り込む。セティも隣に座って、二人で顔を見合わせた。

 クレムが嬉しそうに笑っていて、セティもなんだか無性にほっとした。クレムを助けることができて良かった、と改めて思ったのだった。




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