67 再会とその約束
リオンの影狩の猟犬で罠を避けながら、クレムとジェイバーも連れて、なんとか出口まで辿り着けた。トワジエムに連れていかれたのが無事外に出られる場所で良かったと、ソフィーもリオンも胸を撫で下ろした。
書架を出たところで、数人の探索者と行き合った。その中にはジェイバーの父親もいて、ちょうどクレムとジェイバーを捜索していた一団だった。
「ジェイバー!」
我が子の名前を呼んで、ジェイバーの父親は息子をしっかりと抱き締めた。それから体を離すと、その顔を覗き込んで「あとで話をしよう」と厳しい目で言った。ジェイバーは叱られるものだと覚悟したようで、真面目な顔で頷いた。
ジェイバーの父親は、捜索を手伝ってくれた人たちに頭を下げた。ジェイバーにも頭を下げさせた。
「まあ、その分の金はもらってるから。依頼で動いてるんだし、気にするなよ」
「何より、息子さんたちが見つかって良かったじゃないか」
探索者たちは口々にそんなことを言って、穏やかに笑い合って去っていった。ジェイバーの父親は、その後ろ姿にも頭を下げていた。
今度はソフィーとリオンにも頭を下げる。
「あなたたちも、ありがとうございます。息子たちを見つけてくれて」
「いえ、偶然だったので」
ソフィーはそう言って微笑んだ。
セティのちょっと変わった能力のことと合わせて、トワジエムのことも、秘密にすることにした。クレムとジェイバーにもそう頼んでいる。
クレムとジェイバーは顔を見合わせて、それから真面目な顔で了承した。
二人は好奇心で書架に入って、うっかり帰れなくなってしまった。それをソフィーたちにたまたま見つけられた。そういうことになった。
「そうはいかない。ぜひ、お礼をさせてください。子供を助けてもらってそのままってわけにはいかない」
ジェイバーの父親の申し出を、ソフィーもリオンも断った。それでも引き下がらない父親に、ソフィーはおずおずと話す。
「ジェイバーが持っていた本を、譲ってもらったんです。それをお返しすることができなくなってしまって……なので、どちらかと言えば、こちらがお金を払わないといけないくらいで」
「違う。あれは、俺がうっかりして壊して、失くしたんだ」
ジェイバーが口を挟む。思いがけないことに、ソフィーは目を丸くしてジェイバーを見た。ジェイバーは何か覚悟したような目で、父親を見上げていた。
「なんにせよ、息子の命の恩人からお金は受け取れない」
「その本をいただいた、ということにできませんか。本を失くしたのはジェイバーのせいじゃなく、こちらの不手際なんです」
ソフィーの言葉に、ジェイバーの父親は自分の息子をじっと見つめた。その真っ直ぐな視線に負けたのか、やがて頷いた。
「わかりました。それで良いなら」
「良いも何も……クレムとジェイバー、二人が無事で本当に良かった。それだけでじゅうぶんです」
ソフィーがリオンの方を見ると、リオンもその通りだという様子で頷いた。ジェイバーの父親は、また頭を下げた。ジェイバーの頭に手を置いて、ジェイバーの頭も下げさせる。
それから、ジェイバーの父親はクレムの方を向いた。
「クレムは」
「クレムを怒らないでくれ!」
その言葉をさえぎって、ジェイバーが父親の服を引っ張る。
「クレムは、俺を止めようとしてくれたんだ。書架に入るのは危ないって……それを無視した俺を止めるために、俺についてきてくれただけなんだ!」
ジェイバーの父親は、息子の必死の訴えを聞いて口を閉じた。しばらくじっとジェイバーを見下ろして、それからその髪の毛をぐしゃっとかき混ぜる。
そして改めてクレムを見た。
「ともかく、クレムも家族が心配している。帰ろう。送っていくから」
クレムはそれに頷いてから、ふとセティを見た。セティが瞬きをして見返す。
「セティも、ありがとうな。助けに来てもらえて、本当に嬉しかったし、ほっとしたよ」
「このくらい……どうってことない」
セティは偉そうに顎をあげてから、視線を泳がせて、今度は心配そうにクレムを見た。
「本当はきっと、俺の方がお前たちを巻き込んだんだ。クレムが怖い思いしたのは、俺のせいで……だから……」
なんと言おうかとセティが迷っている間に、クレムは笑った。
「俺はジェイバーと一緒に書架で迷って出られなくなったのを、セティに助けてもらっただけだ。だから、大丈夫だよ。
でも、本当にありがとうな。いっぱい、助けてもらった。セティはかっこよかったよ」
明るいクレムの言葉に、セティもほっとしたように微笑んだ。
そして、クレムとジェイバーはジェイバーの父親に連れられて、書架街を登っていった。
クレムが振り返ってセティに手を振る。
「セティ! また店に来てくれよ!」
夕暮れで、書架街の底にはもう陽が差していない。薄暗い中、手を振ったクレムの影が遠ざかってゆく。
セティはその後ろ姿に向かって、大声をあげた。
「また行く!」
クレムはもう一度振り返って、また手を振った。暗くて顔はもう見えなかったけれど、きっと笑っているのだろうと、セティにはわかった。




