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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第十章 毒霧の海月(メデューズ・ドゥ・トキシック)
66/105

66 曖昧で捉えられない面白いもの

 たくさんの毒霧の海月メデューズ・ドゥ・トキシック、その隙間からトワジエムが操る鋼刺の山荒ポルケピック・デ・エピン・ダセィエの針が飛んでくる。


(ラパン)……っ」


 セティが氷を操って防ごうとするのを制して、リオンはセティの前に出る。手のひらを持ち上げて棘を受けた。

 リオンは顔をしかめたが、そのまま手を握り締めれば刺さった棘は光になって消えていった。


「リオン!?」


 セティの声に、リオンはにやりと笑って振り向いた。


「これは賭けだけどな、あいつは本物を使えない。もし本物を使ってしまえば、そのあとはもう偽物だってバレてしまうからな。

 あいつは『いつ本物が飛んでくるかわからない』状態で俺たちを疲弊させたいだけじゃないかと思う。多分だけどな」


 リオンの言葉の意味がわかって、セティは少し目を伏せて考えた。けれどあまり考える時間もない。

 もしかしたらという不安はある。けれどリオンの言う通り、飛んでくる棘にまで気を配っていたら、セティは疲弊してしまう。また閉じてしまうかもしれない。

 だったら、とセティは顔をあげてリオンを真っ直ぐに見た。


「じゃあ、飛んでくる棘は無視する。痛いだけなら我慢できる。それよりはさっさと海月(メデューズ)をなんとかしよう」

「ああ、大丈夫だ。残りの写し(コピー)だって少ない。同じように続ければ良いだけだ」


 二人で覚悟を決めて、セティの頭の上の羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)が鳴く方向へと向き直る。

 リオンが鋼刺の山荒メタルソーン・ポーキュパインを構える。セティはその隣で雷光の羊(ムトン・エクレル)と一緒に雷を生み出した。

 山荒(ポーキュパイン)が棘を放つ。その棘を追いかけて、セティが生み出した雷が広がって飛んでゆく。通り道にいる海月(メデューズ)を全て光に変えて、その奥の一冊の海月(メデューズ)に届く。

 棘が当たらなくても、雷は海月(メデューズ)に届いた。海月(メデューズ)はぼうっと光り、その光は四角い姿に変わる。後にはヒビが入った(ブック)が床に落ちた。

 トワジエムが操る山荒(ポルケピック)の棘が飛んでくる。腕に刺さって、リオンは痛みを堪えて声を漏らした。それでもすぐに棘を抜く。棘は光になって消える。腕に傷口は残っていない。


「大丈夫だ。次行くぞ」


 不安そうに見上げるセティに、リオンはウィンクしてみせる。セティはそれでほっとして、ちょっと怒ったような顔をしてみせた。


「わかってる。お前は俺の所有者(オーナー)じゃないんだ。命令するな」


 そう言うセティの輪郭が、ぼうっと光って曖昧になる。リオンはわずかに目を細めると、すぐに鋭い視線を金糸雀(カナリア)の鳴く方へと向けた。


   ◆


 たくさんの海月(メデューズ)に囲まれて、トワジエムは自分が確かに興奮しているのを感じていた。

 けれど、確かに刻まれて後に残る知識とは違って、感情というのは一時のものだ。それこそ虚構(フィクション)のように、曖昧で捉えられない。

 セティエムの言動は、まるっきりその感情に捉えられているように見える。存在しない、消えるかもしれない危ういもの、それにすがっているように見える。


「そんなの、虚構(フィクション)と変わらないのにね」


 トワジエムは腕を持ち上げて、山荒(ポルケピック)の棘を放つ。当たるかどうかは興味の外だ。ただセティエムを消耗させられたらそれで良い。こうやって海月(メデューズ)に紛れながら翻弄していれば、そのうちセティエムは閉じるだろう。

 セティエムが閉じたら、あとはそれを連れて帰れば良いだけだ。


「シジエムは写し(コピー)なんか使ったから失敗するんだ。写し(コピー)だって虚構(フィクション)と変わらないじゃないか。偽物なのは同じなんだから」


 部屋の中が明るく照らされて、雷の弾けるような音がする。今のでいくつの虚構(フィクション)が消えただろうか。その分、セティエムも限界に近づいているはずだ。

 トワジエムはまた、棘を放つ。何か話す声が聞こえる。セティエムはまだ頑張っているらしい。そろそろ終わりかと思ってから、案外長く粘っていた。もしかしたら感情というものも、虚構(フィクション)と同じくらいには役に立つのかもしれない。

 それはそれで面白いな、とトワジエムは考える。

 

「ああ、でも……」


 さっき傷つけられた手。今は棘を握りしめているその手から、インクのような体液が漏れ出ている。自分の意思では止まらない。

 このままでは自分の知識まで失われて、壊れてしまいそうだ。

 シジエムなら再生できるだろうが、きっと怒られるだろう。どうして写し(コピー)を使わないのか、とだって言われるかもしれない。


「でも、あとちょっとだけ……」


 トワジエムはまた山荒(ポルケピック)を構える。そこに、光が迫ってくるのが見えた。咄嗟に手をあげてから、それが雷をまとった棘だと気づいた。

 腕に、棘が刺さる。体を雷が突き抜ける。


「かっ……ぐ、ぅ……」


 呻き声が漏れる。通り道の海月(メデューズ)たちが光になって消え、その向こうのセティエムと目があった。

 セティエムはその小さい体に雷をまとって、真っ直ぐに、トワジエムを見ていた。その視線に、トワジエムは自分の限界を悟った。

 ここで壊れるわけにはいかない。戻って、シジエムに再生してもらわなければ。


「兄さま、聞こえてるんでしょう? ねえ、助けてよ」


 トワジエムの呼びかけに応えて、目の前に扉が現れる。トワジエムは扉を開けて、セティエムから逃げ出したのだった。


   ◆


 トワジエムは扉を開けて中に逃げ込んだ。リオンは棘を放ったけれど、トワジエムを飲み込んだ扉は消えてしまった後だった。

 周囲を漂う毒霧の海月メデューズ・ドゥ・トキシックが消えて、霧も晴れた。残ったのは、たった数匹。それ以外は全て虚構(フィクション)だったのだ。

 見通しがよくなった状態で、残りの毒霧の海月メデューズ・ドゥ・トキシックを倒すのは簡単だった。そして、ソフィーの毒も無事に消え去った。


「ソフィー!」


 セティは雷光の羊(ムトン・エクレル)を消してソフィーに駆け寄る。

 ソフィーはぐったりと力の入らない上体をなんとか起こす。セティを安心させるように微笑んで見上げる。

 セティはその様子にほっとして、眉をぎゅっと寄せて唇を引き結んで、自分のズボンの裾をぎゅっと握り締めた。讃えるように、リオンはセティの背中を軽く叩いた。




   第十章 毒霧の海月メデューズ・ドゥ・トキシック おわり


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