63 感じる限界
セティは三匹の炎の蝶を周囲に羽ばたかせ、羅針盤の金糸雀の鳴く方に進む。その肩には氷華の兎がきらきらと輝く体で乗っていた。
途中にいるたくさんの毒霧の海月、その偽物は白輝の一角獣の槍で薙ぎ払う。その動きにはセティの焦りがそのまま出ていて、乱暴で乱雑だった。
炎の蝶の隙をついて、海月がセティに迫る。自分の体に触れる口腕を、セティは氷で貫く。消える姿を振り向きもせずに、進む。
金糸雀が一際大きく綺麗な声になって鳴き方を変えたところで、目の前一帯の霧を氷に閉じ込めた。氷づけにされた海月たちを槍を振るって一気に砕く。
中の一つがぼんやりと光った後に四角い本の姿になった。穴の開いた本が床に落ちて跳ねるのを、セティは見下ろした。
けれど羅針盤の金糸雀はまた鳴き出した。あと何回、これを続ければ良いのだろうか。ソフィーの毒の元はどこを漂っているのか。
セティは唇を引き結んで金糸雀の鳴く方を振り返る。
そのとき、セティを呼ぶ声が聞こえた。
「セティ! 一度戻ってこい!」
それはリオンの声だった。セティは無視して次のところに向かおうかと、一瞬考える。けれど、リオンのところにはソフィーもいる。もしかしたらソフィーの毒が治ったのかもしれない。
そうでなくても、リオンには何かしら考えがあるのかもしれない。
それに、自分でもうっすらと感じていた。そろそろ限界が近い。炎の蝶と氷華の兎、白輝の一角獣──三つの知識を一度に使っている。自分で考えているよりもそれはずっと、疲れる行為だった。
もうあまり動けないかもしれない。この霧の中で、ソフィーを助けられずに閉じてしまうのは嫌だった。
(ソフィーは、俺の力を温存したいって言ってた……なのに俺は……)
焦って、カッとなって、ひとりで飛び出してしまった。リオンにだって、落ち着けと言われたのに、それを無視して飛び出してきた。
「セティ!」
リオンの声に、セティは振り向く。
(そうだ、リオンがいる。リオンだって、ソフィーを助けたいと思っている)
セティは声のする方に、炎の蝶が導く方に駆け出した。白銀に輝く槍は消した。少しでも疲れるのを避けたかったから。肩の上の兎も消した。
身軽になって、セティは海月の群れの中を通り抜けていった。
◆
セティが戻ることを信じて、リオンは道具袋から一冊の本を取り出した。
「開け、疾風の大鷲」
本がぼうっと光って、その光は大きく──人を包み込んでもまだ余るほどに大きく広がってゆく。
その光は翼になり、ばさりと羽ばたくと強い風が吹き抜けた。炎の蝶の近くまで寄っていた毒霧の海月が、その風に押し流される。
リオンは大鷲をクレムとジェイバーの背後に移動させた。二人と、ソフィーも守るように翼を広げさせる。
そして、風を起こす。風は空気の壁になって、クラゲの群れを寄せ付けなかった。
セティが戻ってきたのは、ちょうどそんなときだった。セティは瞬きをして、空気の壁をぐるりと見まわした。
「これで、セティが炎の蝶でここを守る必要がなくなるだろ」
リオンがセティに向かってウィンクする。セティは戸惑うような表情でリオンを見上げた。
「あ、えっと……」
「セティの負担が少し減るはずだ」
「……ありがとう」
戸惑いの末、セティはお礼を口にした。少しほっとした表情で、炎の蝶を消す。
そのセティの髪を、リオンはぐしゃぐしゃと乱した。セティが唇を尖らせてその手を払う。リオンは気にしてないように笑った。
「ひとりで突っ走るな。俺も──そりゃ、お前に比べたら俺なんか頼りないかもしれないけどな──それでも俺も探索者だ。少しは、何か預けてくれ」
セティは唇を尖らせたまま、しばらくリオンを睨みあげていた。
セティの限界が近いことは確かだった。それを素直に告げるのは嫌だったけれど、でも、ひとりでは全てを対処しきれないのも確かだ。
セティは横たわっているソフィーを見た。苦しんで、それなのに羅針盤の金糸雀を開き続けている。
今なんとかしないことに比べて、自分の限界をリオンに言うことなんて、どうってことないように思えてきていた。
やがてセティは悔しげに視線をうつむけた。
「実は……無理しすぎたんだ。もう、あんまり長いこと動いていられないと思う」
「閉じそう、か?」
セティはこくりと頷いた。
リオンはセティを安心させるように笑った。明るい、人を安心させる笑顔だった。
「わかった。残りの力で何ができるか、考えよう。一緒に、だ。もう無茶はするなよ」
「しない。俺ひとりじゃソフィーは助けられないから。でも、ソフィーは助ける」
「そうだな。俺も俺ひとりじゃ何もできない。でも、セティ、お前の力があればきっとソフィーを助けられる。そう思ってる」
リオンは真面目な顔でセティを見た。セティも表情を引き締めて、それに頷きを返した。




