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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第十章 毒霧の海月(メデューズ・ドゥ・トキシック)
63/105

63 感じる限界

 セティは三匹の炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムを周囲に羽ばたかせ、羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)の鳴く方に進む。その肩には氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴルがきらきらと輝く体で乗っていた。

 途中にいるたくさんの毒霧の海月メデューズ・ドゥ・トキシック、その偽物は白輝の一角獣リコルヌ・リュミヌーズの槍で薙ぎ払う。その動きにはセティの焦りがそのまま出ていて、乱暴で乱雑だった。

 炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムの隙をついて、海月(メデューズ)がセティに迫る。自分の体に触れる口腕を、セティは氷で貫く。消える姿を振り向きもせずに、進む。

 金糸雀(カナリア)が一際大きく綺麗な声になって鳴き方を変えたところで、目の前一帯の霧を氷に閉じ込めた。氷づけにされた海月(メデューズ)たちを槍を振るって一気に砕く。

 中の一つがぼんやりと光った後に四角い(ブック)の姿になった。穴の開いた(ブック)が床に落ちて跳ねるのを、セティは見下ろした。

 けれど羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)はまた鳴き出した。あと何回、これを続ければ良いのだろうか。ソフィーの毒の元はどこを漂っているのか。

 セティは唇を引き結んで金糸雀(カナリア)の鳴く方を振り返る。

 そのとき、セティを呼ぶ声が聞こえた。


「セティ! 一度戻ってこい!」


 それはリオンの声だった。セティは無視して次のところに向かおうかと、一瞬考える。けれど、リオンのところにはソフィーもいる。もしかしたらソフィーの毒が治ったのかもしれない。

 そうでなくても、リオンには何かしら考えがあるのかもしれない。

 それに、自分でもうっすらと感じていた。そろそろ限界が近い。炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラム氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴル白輝の一角獣リコルヌ・リュミヌーズ──三つの知識を一度に使っている。自分で考えているよりもそれはずっと、疲れる行為だった。

 もうあまり動けないかもしれない。この霧の中で、ソフィーを助けられずに閉じてしまうのは嫌だった。


(ソフィーは、俺の力を温存したいって言ってた……なのに俺は……)


 焦って、カッとなって、ひとりで飛び出してしまった。リオンにだって、落ち着けと言われたのに、それを無視して飛び出してきた。


「セティ!」


 リオンの声に、セティは振り向く。


(そうだ、リオンがいる。リオンだって、ソフィーを助けたいと思っている)


 セティは声のする方に、炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムが導く方に駆け出した。白銀に輝く槍は消した。少しでも疲れるのを避けたかったから。肩の上の兎も消した。

 身軽になって、セティは海月(メデューズ)の群れの中を通り抜けていった。


   ◆


 セティが戻ることを信じて、リオンは道具袋(ポーチ)から一冊の(ブック)を取り出した。


開け(オープン)疾風の大鷲(ゲール・イーグル)


 (ブック)がぼうっと光って、その光は大きく──人を包み込んでもまだ余るほどに大きく広がってゆく。

 その光は翼になり、ばさりと羽ばたくと強い風が吹き抜けた。炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムの近くまで寄っていた毒霧の海月メデューズ・ドゥ・トキシックが、その風に押し流される。

 リオンは大鷲(イーグル)をクレムとジェイバーの背後に移動させた。二人と、ソフィーも守るように翼を広げさせる。

 そして、風を起こす。風は空気の壁になって、クラゲの群れを寄せ付けなかった。

 セティが戻ってきたのは、ちょうどそんなときだった。セティは瞬きをして、空気の壁をぐるりと見まわした。


「これで、セティが炎の蝶(フレイム・バタフライ)でここを守る必要がなくなるだろ」


 リオンがセティに向かってウィンクする。セティは戸惑うような表情でリオンを見上げた。


「あ、えっと……」

「セティの負担が少し減るはずだ」

「……ありがとう」


 戸惑いの末、セティはお礼を口にした。少しほっとした表情で、炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムを消す。

 そのセティの髪を、リオンはぐしゃぐしゃと乱した。セティが唇を尖らせてその手を払う。リオンは気にしてないように笑った。


「ひとりで突っ走るな。俺も──そりゃ、お前に比べたら俺なんか頼りないかもしれないけどな──それでも俺も探索者(ブックワーム)だ。少しは、何か預けてくれ」


 セティは唇を尖らせたまま、しばらくリオンを睨みあげていた。

 セティの限界が近いことは確かだった。それを素直に告げるのは嫌だったけれど、でも、ひとりでは全てを対処しきれないのも確かだ。

 セティは横たわっているソフィーを見た。苦しんで、それなのに羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)を開き続けている。

 今なんとかしないことに比べて、自分の限界をリオンに言うことなんて、どうってことないように思えてきていた。

 やがてセティは悔しげに視線をうつむけた。


「実は……無理しすぎたんだ。もう、あんまり長いこと動いていられないと思う」

「閉じそう、か?」


 セティはこくりと頷いた。

 リオンはセティを安心させるように笑った。明るい、人を安心させる笑顔だった。


「わかった。残りの力で何ができるか、考えよう。一緒に、だ。もう無茶はするなよ」

「しない。俺ひとりじゃソフィーは助けられないから。でも、ソフィーは助ける」

「そうだな。俺も俺ひとりじゃ何もできない。でも、セティ、お前の力があればきっとソフィーを助けられる。そう思ってる」


 リオンは真面目な顔でセティを見た。セティも表情を引き締めて、それに頷きを返した。




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