61 金糸雀(カナリア)の鳴き声
本物の本の本体を探すセティとリオンの耳に、鳥の鳴き声が聞こえてきた。聞き覚えのある鳴き声に、セティは一歩退がって炎の蝶が作る空間の内側に入ると、振り向いた。
そのセティの頭に、黄金色の鳥が止まる。リオンも炎の蝶の内側で振り向いた。
「羅針盤の金糸雀か。確かに本体を見つけるならちょうど良い」
「ソフィーが、助けてくれてる……」
セティは心配そうに横たわっているソフィーを振り向いた。その頭の上で、金糸雀はちょこちょこと向きを変えて、綺麗な鳴き声を響かせる。
ソフィーはクレムとジェイバーに向かって何か話している様子だった。
(無理なんかしなくて良いのに)
セティはちょっと唇を尖らせた。
リオンは金糸雀が鳴く方に向けて、鋼刺の山荒の棘を飛ばす。クラゲには当たったけれど、それは本物ではなかったらしい。ただ光になって砕けて消えただけだった。
「せっかくソフィーが助けてくれてるんだ。俺たちは急いで本体を見つけて叩くぞ」
リオンの言葉に、セティは不満げにリオンを睨みあげた。わかってる、と言いたげな視線に、リオンは小さく笑う。
「その意気だ。いくぞ」
「当たり前だ」
セティは長い槍を構え直す。金糸雀が鳴く方に向かって突き出し、薙ぎ払う。最初の一突きで二匹のクラゲが、薙ぎ払って数匹のクラゲが消えてゆく。それでも本物の手応えはない。
けれど、確かにその方向に向けて金糸雀は鳴いている。セティは炎の蝶を三匹だけ連れて、クラゲの群れの中に突っ込んでゆく。
鳴き声が一層大きくなる方へ向けて、槍を突き出す。周囲のクラゲを薙ぎ払う。炎の蝶を恐れてかセティの周囲からはクラゲが離れてゆく。セティは鳴き声を頼りにクラゲを追いかけてゆく。
リオンは金糸雀の鳴き声と炎の蝶の明かりを頼りに山荒の棘を飛ばしていたが、それも霧に阻まれて見えなくなって、仕方なく手を下ろした。
山荒はリオンの腕をよじ登って、肩に乗る。
「あいつ、一人で突っ込んでいきやがった」
リオンは溜息をつくと、ソフィーを振り返る。金糸雀が鳴いているということは、ソフィーはまだ意識を保っている。苦しげに息をしているが、大丈夫。
(逆に言えば、大丈夫な間に本体を見つけないとヤバいな)
リオンは周囲を警戒しながら、セティが消えていった霧の中に視線をやる。
(頼むぜ、セティ。お前に託す)
リオンは近づいてきたクラゲに向かって山荒の棘を放つ。今自分がやるべきことは、この場を守ることだと、そう思うことにした。
◆
セティは霧の中で、迷子のような気分になってきていた。
金糸雀は一際大きく美しく鳴く。本体は近いはずなのだ。けれど、どれだけ槍を振り回しても、本体に辿り着けない。
「氷華の兎!」
氷色の透き通った兎がぴょんと跳ねる。セティの周囲の霧が、その中にいるクラゲごと凍る。
(広い範囲はやっぱり無理だ)
「でも……っ!」
セティは槍を大きく振り回して、周囲の氷を中にいるクラゲごと打ち砕いてゆく。その中に本体はいなかったらしい。どのクラゲもただ砕かれて光になって消えていった。
金糸雀はまだ鳴いている。
(近くにはいるんだ! 諦めない!)
炎でクラゲを遠ざけ、氷で周囲の動きを止め、槍で壊す。複数の知識を使うセティは、消耗し始めていた。けれど、本体が近い。金糸雀の鳴き声に励まされて、セティは無茶を繰り返す。
その先に本体がいるのだから。
(声はどんどん大きくなってる。間違いなく近づいている)
時折金糸雀が向きを変えるのは、本体もまたこの空間の中を漂って動いているからだろう。
セティは金糸雀の導くままに、氷を放ち槍を振り回した。その足元で氷色の兎がぴょんぴょんと飛び跳ねている。
(待ってろ、ソフィー! もう少しだ!)
そのとき、金糸雀の鳴き声が変わった。
セティには、それが目の前だからだと気づいた。咄嗟に周囲を凍らせる。金糸雀がセティの頭から飛び立って、セティの目の前にいるクラゲに向かってゆく。
「そこか!」
セティは金糸雀の向かう方に向かって槍を突き出した。氷ごと、クラゲが砕ける。ぼうっとした光が、四角い石の姿になって、床に落ちる。
かつんと音を立てて、大きく穴が空いてヒビが入った本が床で軽く跳ねた。
「やった!」
セティはその本を拾い上げて握りしめる。
金糸雀は空中でぐるりとまわって、またセティの頭に乗っかった。かと思うとまた鳴き出す。
「本体は倒したのに、どうしてまだ鳴くんだ……?」
セティは頭上を見上げたが、金糸雀の姿は頭の上で見えない。
(まあ良い。とにかく本体を倒したんだから、ソフィーのところに戻ろう)
セティは白輝の一角獣の槍を消すと、炎の蝶を頼りにみんなのところに戻ってゆく。ソフィーの毒はきっと良くなっていると思って、浮かれていた。
周囲にはまだ大量のクラゲが漂っているが、あとはどうにでもなるとセティは考えていた。その足は自然と早くなって、最後には駆け出していた。




