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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第十章 毒霧の海月(メデューズ・ドゥ・トキシック)
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61 金糸雀(カナリア)の鳴き声

 本物の(ブック)の本体を探すセティとリオンの耳に、鳥の鳴き声が聞こえてきた。聞き覚えのある鳴き声に、セティは一歩退がって炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムが作る空間の内側に入ると、振り向いた。

 そのセティの頭に、黄金(きん)色の鳥が止まる。リオンも炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムの内側で振り向いた。


羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)か。確かに本体を見つけるならちょうど良い」

「ソフィーが、助けてくれてる……」


 セティは心配そうに横たわっているソフィーを振り向いた。その頭の上で、金糸雀(カナリア)はちょこちょこと向きを変えて、綺麗な鳴き声を響かせる。

 ソフィーはクレムとジェイバーに向かって何か話している様子だった。


(無理なんかしなくて良いのに)


 セティはちょっと唇を尖らせた。

 リオンは金糸雀(カナリア)が鳴く方に向けて、鋼刺の山荒メタルソーン・ポーキュパインの棘を飛ばす。クラゲには当たったけれど、それは本物ではなかったらしい。ただ光になって砕けて消えただけだった。


「せっかくソフィーが助けてくれてるんだ。俺たちは急いで本体を見つけて叩くぞ」


 リオンの言葉に、セティは不満げにリオンを睨みあげた。わかってる、と言いたげな視線に、リオンは小さく笑う。


「その意気だ。いくぞ」

「当たり前だ」


 セティは長い槍を構え直す。金糸雀(カナリア)が鳴く方に向かって突き出し、薙ぎ払う。最初の一突きで二匹のクラゲが、薙ぎ払って数匹のクラゲが消えてゆく。それでも本物の手応えはない。

 けれど、確かにその方向に向けて金糸雀(カナリア)は鳴いている。セティは炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムを三匹だけ連れて、クラゲの群れの中に突っ込んでゆく。

 鳴き声が一層大きくなる方へ向けて、槍を突き出す。周囲のクラゲを薙ぎ払う。炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムを恐れてかセティの周囲からはクラゲが離れてゆく。セティは鳴き声を頼りにクラゲを追いかけてゆく。

 リオンは金糸雀(カナリア)の鳴き声と炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムの明かりを頼りに山荒(ポーキュパイン)の棘を飛ばしていたが、それも霧に阻まれて見えなくなって、仕方なく手を下ろした。

 山荒(ポーキュパイン)はリオンの腕をよじ登って、肩に乗る。


「あいつ、一人で突っ込んでいきやがった」


 リオンは溜息をつくと、ソフィーを振り返る。金糸雀(カナリア)が鳴いているということは、ソフィーはまだ意識を保っている。苦しげに息をしているが、大丈夫。


(逆に言えば、大丈夫な間に本体を見つけないとヤバいな)


 リオンは周囲を警戒しながら、セティが消えていった霧の中に視線をやる。


(頼むぜ、セティ。お前に託す)


 リオンは近づいてきたクラゲに向かって山荒(ポーキュパイン)の棘を放つ。今自分がやるべきことは、この場を守ることだと、そう思うことにした。


   ◆


 セティは霧の中で、迷子のような気分になってきていた。

 金糸雀(カナリア)は一際大きく美しく鳴く。本体は近いはずなのだ。けれど、どれだけ槍を振り回しても、本体に辿り着けない。


氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴル!」


 氷色の透き通った兎がぴょんと跳ねる。セティの周囲の霧が、その中にいるクラゲごと凍る。


(広い範囲はやっぱり無理だ)

「でも……っ!」


 セティは槍を大きく振り回して、周囲の氷を中にいるクラゲごと打ち砕いてゆく。その中に本体はいなかったらしい。どのクラゲもただ砕かれて光になって消えていった。

 金糸雀(カナリア)はまだ鳴いている。


(近くにはいるんだ! 諦めない!)


 炎でクラゲを遠ざけ、氷で周囲の動きを止め、槍で壊す。複数の知識を使うセティは、消耗し始めていた。けれど、本体が近い。金糸雀(カナリア)の鳴き声に励まされて、セティは無茶を繰り返す。

 その先に本体がいるのだから。


(声はどんどん大きくなってる。間違いなく近づいている)


 時折金糸雀(カナリア)が向きを変えるのは、本体もまたこの空間の中を漂って動いているからだろう。

 セティは金糸雀(カナリア)の導くままに、氷を放ち槍を振り回した。その足元で氷色の兎がぴょんぴょんと飛び跳ねている。


(待ってろ、ソフィー! もう少しだ!)


 そのとき、金糸雀(カナリア)の鳴き声が変わった。

 セティには、それが目の前だからだと気づいた。咄嗟に周囲を凍らせる。金糸雀(カナリア)がセティの頭から飛び立って、セティの目の前にいるクラゲに向かってゆく。


「そこか!」


 セティは金糸雀(カナリア)の向かう方に向かって槍を突き出した。氷ごと、クラゲが砕ける。ぼうっとした光が、四角い石の姿になって、床に落ちる。

 かつんと音を立てて、大きく穴が空いてヒビが入った(ブック)が床で軽く跳ねた。


「やった!」


 セティはその(ブック)を拾い上げて握りしめる。

 金糸雀(カナリア)は空中でぐるりとまわって、またセティの頭に乗っかった。かと思うとまた鳴き出す。


「本体は倒したのに、どうしてまだ鳴くんだ……?」


 セティは頭上を見上げたが、金糸雀(カナリア)の姿は頭の上で見えない。


(まあ良い。とにかく本体を倒したんだから、ソフィーのところに戻ろう)


 セティは白輝の一角獣リコルヌ・リュミヌーズの槍を消すと、炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムを頼りにみんなのところに戻ってゆく。ソフィーの毒はきっと良くなっていると思って、浮かれていた。

 周囲にはまだ大量のクラゲが漂っているが、あとはどうにでもなるとセティは考えていた。その足は自然と早くなって、最後には駆け出していた。




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