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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第十章 毒霧の海月(メデューズ・ドゥ・トキシック)
60/105

60 守られるということ

 目の前に苦しんでいるソフィーが運ばれてきて、ジェイバーはまた泣き出した。

 情けないくらいに涙が出てくる。自分がこんなに弱いのだと、ジェイバーははじめて知った。

 ジェイバーの父親は探索者(ブックワーム)だった。周囲の大人にも探索者(ブックワーム)は多い。

 (ブック)を扱い危険を潜り抜け書架(ライブラリ)を探索する。そんな探索者(ブックワーム)にジェイバーは幼い頃から憧れを抱いていた。いつか父のようになるということを当然のように思っていた。

 父親が家に持ち込んだ所有者(オーナー)のいない(ブック)。それをこっそり持ち出したときも、自分はいずれ探索者(ブックワーム)になるのだから、問題ないと思っていた。

 そのときのジェイバーは、危険の意味をわかっていなかったのだ。

 書架(ライブラリ)だって、ちょっと入ってすぐ戻るくらいならどうってことないと、そう思っていた。奥まで行くつもりはなかった。ほんのちょっとで良かった。ただ書架(ライブラリ)に入ったって、そう言いたかっただけだった。

 それが、急に現れたトワジエムと名乗る銀髪の男に話しかけられた。セティエムを知らないかと問われて、知らないと、そう答えた。けれど、クレムが口の中で小さく「セティ」と呟いたのを聞かれていた。

 クレムとジェイバーはそのまま捕まって、自分たちだけでは戻れない書架(ライブラリ)の奥まで連れてこられてしまった。

 トワジエムはしつこかった。穏やかな物言いなのに、クレムやジェイバーのことをなんとも思ってないような目をしていた。その調子で脅されて、ジェイバーはセティの特徴をトワジエムに教えたのだ。

 どのくらいそうしていたのかわからない。気づけばセティたちが来て、毒を飲まされたと言われ、溶岩の中になって、そして今は深い霧の中。

 自分たちは守られて、そしてソフィーは倒れ、セティとリオンは戦っている。

 強いはずの探索者(ブックワーム)だって、こうして倒れている。いっぱい傷ついている。こんなところで、自分なんかきっと死んでしまう。

 どうして書架(ライブラリ)に入ろうなんて思ってしまったのか。ジェイバーは泣いて、自分を責めていた。

 その頬を、冷たい指先が拭った。


「大丈夫……きっと助かる、から……泣かないで」


 ソフィーが手をあげて、ジェイバーの頬に触れていた。


「動かないで!」


 クレムの制止に、ソフィーは微笑みを返す。


「二人とも……毒、飲んだのは……本当?」


 ジェイバーは、困ってうつむいた。書架(ライブラリ)に入ってから、何かを口にした覚えはない。けれど、トワジエムというあの男が何かしたと言うのなら、それは本当かもしれない。なんの自信もないまま、ジェイバーは何も言えなかった。

 代わりに、クレムが首を振った。


「俺たちは、何も……少なくとも、何か飲んだり飲まされたりはしてない」

「そう……良かった。きっと……毒は嘘……あなたたちは、大丈夫……きっと」


 ソフィーは自分も苦しいだろうに、クレムとジェイバーを励まそうとしている。ジェイバーはいっそ、怒って欲しかった。怒られて、それで許されたかった。

 その気持ちが、ソフィーへの反発になった。その反発は、甘えでもあった。


「なんで、大丈夫なんて言えるんだよ。あんたもう、動けないじゃないか。俺たち、ここに閉じ込められてるじゃないか。こんなひどい状態、もう無理だよ。俺たちは死ぬんだ」

「死なない……! そんなに簡単に、諦めちゃ……駄目! みんなで……きっと、書架(ライブラリ)を……出るの……」


 ジェイバーの甘えは怒られた。怒られて、ジェイバーは少しだけほっとした。守られているだけの自分を、少しだけ許すことができた。

 ソフィーは苦しげに息をつくと、自分の道具袋(ポーチ)を探り始めた。


「何やってるんだよ! じっとしててよ!」


 クレムが心配そうに、ソフィーに声をかける。ソフィーはその声を無視して、道具袋(ポーチ)から一冊の(ブック)を取り出した。


開け(オープン)……羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)


 ソフィーの声は弱く消え入りそうだったが、その意思はしっかりと(ブック)に届いた。(ブック)はぼうっと光ると、ソフィーの手のひらの上で一羽の黄金(きん)色の鳥になった。

 その手のひらをソフィーは持ち上げる。金糸雀(カナリア)が羽ばたく。


「セティを……リオンを……助けて……!」


 金糸雀(カナリア)はセティに向けて飛んでいった。ソフィーは満足そうに手を降ろすと、苦しげに喘いだ。


「大丈夫……あなたたちを、死なせない……」


 ソフィーの声に、ジェイバーの涙はいつか止まっていた。

 今のジェイバーは何もできない。守られるだけの存在だった。それでも、だからこそ、守ってくれる誰かを信じなくてはいけない。

 目の前のソフィーは自分だって苦しそうなのに、自分だって守られる側なのに、こうやってクレムとジェイバーを守ろうとしている。向こうで戦っているセティだって、リオンだって、自分たちを助けようとしてくれている。

 それはジェイバーにとって悔しいことだった。自分が守られるだけの子供だと認めるのは、腹の立つ、嫌なことだった。セティなんて、自分よりも子供に見えるせいで特に反発したくなる。

 それでも、ジェイバーはそんな弱い自分を認めて、自分はまだ子供でしかないんだと受け入れて、今は信じて守られていようと、そう決めたのだった。




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