56 リオン落ちる
「リオン!」
ソフィーは一縷の望みを乗せてその名を呼ぶ。疾風の大鷲の姿が、噴火口から見えやしないかと、見つめる。
けれど、その姿は噴火口に消えたままだった。
|劫火の不死鳥《フェニクス・デュ・フー・ドゥ・アポカリプス》の首が持ち上がって、ソフィーとセティの方を見た。不死鳥はもう大鷲に対する興味を失くしていた。もう、不要だと言わんばかりに。
不死鳥が羽ばたく。燃え盛る体の炎の勢いがますます強くなる。セティは氷の壁を作ってその熱気を防ぐ。
「ソフィー! あの二人を助けてくれ!」
セティの声に、ソフィーははっとクレムとジェイバーを見た。そして碧水の蛙で水の塊を二人の元に届ける。
クレムは熱気に当てられてぼんやりしていた。ジェイバーは泣きながら、それでもクレムの体を支えていた。
冷たい水は、そんな二人を少しだけ安心させた。離れていても守られている、という安心が、今の二人の心の支えになっていた。
その様子を見て、ソフィーは叫びたいのを我慢して唇を噛む。心の中は噴火口に落ちたリオンのことで、めちゃくちゃに掻き乱されていた。それでも叫ぶのを耐えられたのは、守らなくてはならない存在のおかげだった。
「ソフィー、あの本の知識は治癒なんだろう? 所有者になって、リオンのことも治癒すれば良い!」
セティが、希望を口にする。けれど、その希望もソフィーの心には届かない。
「でも……溶岩の中なんて……治癒はきっと間に合わない」
「それでも!」
セティは必死にソフィーの腕を掴んだ。体を揺さぶって、絶望の表情を見上げる。自分まで絶望に呑まれそうになるのを堪えて、セティはソフィーを睨みあげた。
セティだって不安だった。リオンが戻ってこないかもしれない、ということを考えるのはセティにとっても恐ろしいことだった。そして、もう二度とリオンと話せないかもしれないというのは、悲しいことだった。
様々な感情でぐちゃぐちゃになりながらも、セティはそれでも必死にソフィーに呼びかけた。それが、今自分にできることだと思ったから。
「それでも今は、不死鳥をなんとかするんだ! ソフィー! お前は俺の所有者だろう!」
ソフィーは苦しそうに目を閉じた。それから痛みを全て振り払うように頭を振って、目を開く。セティの視線を見返して、頷いた。
「ごめんなさい、もう大丈夫。今はあの本をなんとかして、クレムとジェイバーを助けましょう」
ソフィーの声はまだ少し震えていた。でもソフィーは自分で選んで顔をあげた。ぎこちなく、セティに向かって微笑んでみせる。
その表情に、セティは泣きそうになった。でも我慢する。泣いている場合じゃない、今は動き出さなくちゃいけない。それはたった今、自分が言ったことだ。
セティはソフィーに頷きを返す。ソフィーはセティに向かってもう一度微笑んでから、不死鳥を見上げた。
「とにかく所有者になるためには、近づかなくちゃ。こっちから近づくのは無理だから、向こうから来てもらう……でも、あの熱が厄介ね」
ソフィーは考えを言葉にする。それに明るく返してくれるリオンの存在はない。
(リオンがこの場にいたら……いたら、結局「俺が行く」って言っていたかも……)
不死鳥と対峙してあれこれと考えていても、心の弱い部分がリオンのことを思い出させた。
「氷華の兎の氷じゃ限界がある……いっそ、炎で対抗できないかしら。炎の蝶を使って……」
(リオンの馬鹿。無茶はしないでって言ったのに。どうして戻ってこないの。どうして、どうして……)
ソフィーは自分の感情に身体が引きちぎられそうな気分だった。リオンを心配して泣きたい自分と、不死鳥をなんとかしようとする自分。
頭がおかしくなりそうで、それでも考えるのを止めたら泣き出してしまうのがわかっていたから、言葉だけは続けていた。
「セティ、炎の蝶であの炎に対抗できる?」
ソフィーの問いかけに、セティは苦しそうな顔をした。
「それは……わからない」
出てきた言葉は「わからない」だったけれど、セティには無理だとわかっていた。炎の蝶と|劫火の不死鳥《フェニクス・デュ・フー・ドゥ・アポカリプス》では、火力が違いすぎる。
それでも、セティはどうしても「できない」とは言えなかった。言いたくなかった。
ソフィーはそれを感じ取って、それ以上の提案はやめた。
「そうね……もうちょっと考える」
薄くなってゆく氷の壁をセティがまた作り直す。何もできないまま、じりじりと疲労だけが溜まってゆく。
ソフィーは水の塊を作り出して、またクレムとジェイバーのところに送り届ける。
(こうやっているだけじゃ、いつか疲れて終わり……なんとかしなくちゃ、なんとか……)
気持ちは焦るが、状況の打開には繋がらない。ソフィーは汗を拭って不死鳥を見上げた。
(リオン……どうして……)
思考に隙間ができると、リオンのことを考えてしまう。不死鳥に追われて落ちてゆく大鷲の姿を思い出してしまう。
そのときだった。
不死鳥の後ろ、噴火口から翼を広げた大鷲が飛び上がった。
「え……」
「どうして……」
ソフィーもセティも、最初はその姿を疑った。けれど、その大きな姿は確かに疾風の大鷲だった。
大鷲は不死鳥よりも高く、高く飛び上がり、そして不死鳥に向けて急降下する。
その背中には、確かにリオンが乗っていた。傷を負っているようには見えない。無事な姿だった。




