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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第九章 劫火の不死鳥(フェニクス・デュ・フー・ドゥ・アポカリプス)
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54 解毒の方法は

 トワジエムが|劫火の不死鳥《フェニクス・デュ・フー・ドゥ・アポカリプス》の(ブック)を開いて、周囲の景色は一瞬にしてその(テリトリー)へと変化した。

 地面から立ち昇る熱気。地面はごつごつと黒ずんだ岩肌になり、奥に向かって緩やかに傾斜していた。足元にふつふつと真っ赤に煮えたぎる溶岩が流れてきている。それを辿って傾斜を上に見てゆけば、その溶岩が湧き出す穴があった。

 その穴からは、溶岩が溢れ出してくる。それが熱を保ったまま流れ落ちてきているのだ。いく筋も、その流れはできていた。

 ふと、吹き出した溶岩が空中で塊になった。宙でぐるりと渦を巻くように動く中から、大きな翼が生まれ出る。

 溶岩は燃える炎の翼となって羽ばたいた。長く煌めく尾羽も、燃え盛る炎だった。

 クレムとジェイバーは流れ落ちる溶岩に囲まれて、逃げ場を失っていた。狭い中で身を寄せ合って、二人でただ震えていた。

 暑さに吹き出す汗を拭って、ソフィーは高い位置に立っているトワジエムを見上げた。


「解毒は!? 解毒はどうなってるの!?」


 トワジエムは高い青空を背景に、噴き上がる熱気の中でも涼しい顔をしていた。


「これが解毒の方法だよ。|劫火の不死鳥《フェニクス・デュ・フー・ドゥ・アポカリプス》が持つ知識は人間の治癒(ゲリゾン)だ」


 不死鳥(フェニクス)の羽ばたきで、熱風が吹き荒ぶ。トワジエムの長い銀の髪が大きく広がって、炎の色を移してきらきらと輝いた。


「うまく所有者(オーナー)になれると良いね。せいぜい頑張ってよ」


 穏やかに美しく、トワジエムは微笑んでいた。

 流れ落ちてくる溶岩が、地面の出っ張りで分かれ、そのままセティの立っている場所に向かってきていた。


氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴル


 セティの肩で冷たく輝く兎がぴょんと跳ねる。そしてセティの前の地面に氷が広がる。溶岩は氷を解かし、けれど同時にその冷たさに黒く固まった。セティは氷を使って溶岩の流れを自分たちからそらしてゆく。

 解け出した氷は蒸気となって、視界を覆った。

 不死鳥(フェニクス)は、優雅に羽ばたいた。尾羽が、まるで本物の燃え盛る炎のように、赤から橙へ、黄色へ、そして青へと色を揺らがせていた。その羽ばたきは熱風になって、熱い蒸気をセティとソフィー、リオンに叩きつけた。

 ソフィーが道具袋(ポーチ)から(ブック)を取り出す。


開け(オープン)碧水の蛙アクアルーラー・フロッグ!」


 ソフィーの頭上で透き通った蛙が跳ねる。そして自分たちの頭上で水をばら撒いた。冷たい水が、ソフィーとセティ、リオンに降り注ぐ。

 ソフィーはもう一度水の塊を作って、それをクレムとジェイバーのところへ飛ばした。二人の頭上で水の塊は弾け、二人の体を熱からわずかに守る。

 リオンは顔の汗と水を手のひらで拭って、自分も(ブック)を取り出した。


開け(オープン)鋼刺の山荒メタルソーン・ポーキュパイン!」


 ヤマアラシの姿になった(ブック)を、リオンは手首に乗せた。ハリネズミを乗せた手を不死鳥(フェニクス)の方に向け、人差し指を突きつけ、狙いを定める。

 山荒(ポーキュパイン)の上に金属が浮かび、それは棘になり、リオンが狙う不死鳥(フェニクス)へと放たれた。

 その棘は確かに不死鳥(フェニクス)に届いたかに見えた。けれど、なんのダメージも与えられなかったのか、不死鳥(フェニクス)は優雅に羽ばたき続けている。ただ、何か飛んできたことはわかったのか、顔をリオンの方に向けた。

 山荒(ポーキュパイン)はリオンの腕を伝って、肩に乗った。その体の棘は、今はリオンを傷つけることはない。


「駄目か」

不死鳥(フェニクス)が持ってるなんらかの知識の影響かしら。それとも、単に高温すぎるだけかもしれないけど」

「なんにせよ、厄介だな。どうするか」


 ソフィーは頬に張り付いた髪の毛をかきあげ、リオンは喘ぐように息を吐き出した。ひどい熱気に、思考まで奪われているようだった。


「俺が氷でやってみる!」


 そう言ったときには、セティは右手をあげて不死鳥(フェニクス)に狙いをつけていた。肩の上で兎が跳ねて、その手の前に氷の塊が作られる。


「いけ!」


 声とともに、氷の塊が放たれる。その塊は不死鳥(フェニクス)に近づくにつれみるみる小さくなってゆき、その羽ばたきで、ふっと蒸発して消えてしまった。

 不死鳥(フェニクス)は、今度はセティの方に顔を向ける。

 セティは唇を噛んだ。


鋼刺の山荒メタルソーン・ポーキュパインの針を氷で包んでみて。うまくいくかはわからないけど」

「わかった、試してみよう」


 リオンがまた右手をあげて不死鳥(フェニクス)に狙いを定める。山荒(ポーキュパイン)はリオンの手首に移動して、また体の上に金属を生み出して棘を用意した。

 その棘が出来上がる寸前、セティが氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴルの氷で棘を覆う。

 そして、氷で覆われた棘が放たれた。

 不死鳥(フェニクス)に近づくにつれ、氷が蒸発して小さくなってゆく。けれど今回は確かに、その中にあった金属の棘が、不死鳥(フェニクス)の体の中に潜っていった。

 不死鳥(フェニクス)はちょっと毛繕いでもするかのように、その嘴で棘が当たった場所を何回かつっついた。それだけだった。

 あとは何事もなかったかのように、優雅に羽ばたいていた。


「そんな……」

「これでも駄目なのかよ」


 ソフィーは呆然として、リオンは舌打ちする。攻撃してもなんの手応えもないというのは、ひどく消耗するものだった。絶望しかける心を意地で引っ張り上げて、ソフィーもリオンも立っていた。


「どうすれば良いんだ」


 セティは自分の力では歯が立たないことが、悔しかった。それだけじゃない。向こうではクレムとジェイバーが怯えて震えている。ジェイバーは相変わらず泣いているし、クレムだってもう泣き出しそうだ。

 助けなければ。なんとかしなければ。気持ちだけは先走るけど、そのための行動が思いつかない。セティは歯を食いしばる。

 不死鳥(フェニクス)の羽ばたきが、熱風となって吹きつけてくる。その熱は、間違いなくソフィーとリオンの体力を奪っていた。

 ソフィーは碧水の蛙アクアルーラー・フロッグで水を生み出して、また冷たい水を浴びた。髪の毛から、顎から、指先から、水が落ちる。落ちた水は地面の上で、じゅ、と音を立てて蒸散した。

 水が滴るままに、リオンは覚悟した表情で顔をあげた。


「俺が直接行く」


 リオンは道具袋(ポーチ)から疾風の大鷲(ゲール・イーグル)(ブック)を出して、握りしめた。




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