51 森の向こうへ
ソフィーは目を細めて、木の枝からびっしりと垂れ下がる蔦のカーテンを見ていた。
「隙間がある」
「隙間?」
ソフィーの言葉に、リオンも目を細める。ソフィーは地面を指差した。
「蔦と地面の間……身を伏せれば通れそうじゃない?」
リオンは少し考えてから、首を振った。
「でも……地面に苔がある。少しだけど草の芽も出てきてる。そこを身を伏せていくとなると……傷だってできるし、何より時間がかかりすぎるだろ」
「セティが地面を凍らせたら、うまく滑って通り抜けられないかしら」
ソフィーとリオンはセティを見る。セティは瞬きをしてから、すぐに胸を張った。
「そういうことか。地面のでこぼこを全部氷で平らにすれば良いんだな。できるぞ」
顎を持ち上げるセティに、ソフィーも笑みを返す。その表情のままリオンを見る。
「ここまできたら一人ずつなんて悠長なこと言ってないで、みんなで一気に行きましょう」
「防げるか?」
「わたしもできるだけやるけど、セティにも手伝ってもらおうかな。セティ、氷で棘は防げそう?」
セティは口元に手を当てて少し考えるそぶりを見せた。
「ここまで見た感じだと、防げると思う。かなり全力じゃないと止められなさそうだけど」
「多少勢いを弱めるだけでも良い。避けられる余地ができれば良いから」
「それならきっとできる」
真っ直ぐに、セティはソフィーを見上げる。ソフィーはその視線を受け止めて、頷いた。
「先頭はリオンお願い。セティはリオンについていって、棘が飛んできたら氷で防いで。わたしは後ろから、水を使ってできるだけ気を引くから」
ソフィーは蔦のカーテンの向こうを睨む。
「透けて見える感じだと、この向こうに木はほとんどない。きっと本体も近いはず。ここを抜けたら、本体まで一気に駆け抜けましょう」
リオンは短い金髪を掻き回して少しだけ考えた。けれどもう、心はほとんど決まっていた。
「なんにせよ、ここは抜けないといけない。わかった、やるよ」
リオンの視線もソフィーは受け止めた。微笑んで頷くと、セティを見下ろす。
「じゃあセティ、お願い」
「地面をできるだけ平らにすれば良いんだな、任せておけ」
セティはしゃがむと地面に手を触れる。視線は蔦のカーテン、その先へ。
「氷華の兎」
姿を消していた氷華の兎が現れる。ぴょんとセティの肩に乗る。
そのセティの指先から、霜柱ができるように、地面に氷が広がってゆく。氷は地面の苔や細かなでこぼこを覆って、滑らかにしてゆく。木の根の大きな出っ張りや高さのある草は覆いきれないが、それでも苔や小さな草の芽が覆われただけでも、随分と平らに見えるようになった。
地面の氷は蔦のカーテンの向こう、さらにその先まで広がっていった。
「見えないところまでは、責任は持てない。できるだけ広げたつもりだけど」
「ありがとう。上出来!」
ソフィーの声に、セティは満足そうに顔をあげた。氷華の兎がその頭に乗っかる。
「じゃあ、リオン、セティ、準備は良い?」
リオンは大きく息を吐いてから、にやりと笑ってみせた。
「いつでも」
セティは頭に乗った氷華の兎を胸に抱えると、ソフィーに向かって頷いた。
ソフィーは碧水の蛙を手のひらに乗せて、蔦のカーテンの隙間に狙いを定める。
「五、四」
ソフィーのカウントが始まる。リオンは膝を曲げて動き出す準備をする。
「三、二、一、放て!」
碧水の蛙が水の塊を生み出し、それを放つ。蔦の隙間を通ってその向こうへ。
同時にリオンは大きく動き出す。足を突き出して氷の上に着地すると、そのまま体を倒してぶら下がった金属の蔦の下をくぐる。
セティもリオンに続いた。氷華の兎を胸に抱えたまま、リオンを真似て蔦の下をくぐる。
少し遅れて碧水の蛙を抱えたソフィーが続く。
蔦の向こうには木がまばらだった。代わりに地面には、背の低い草が生えている。当然その草も金属だった。硬く葉を尖らせている。
そしてその向こう、リオンの頭よりも高いくらいの位置に、小さな金属の塊が浮いていた。小さな金属の塊は、まるで液体のようにその形を変えているところだった。
細く、長く、それは金属の棘になった。
慌ててソフィーが水の塊を放つ。棘はそちらを向いて、飛んでゆく。水の塊が弾ける。
すると、先ほどの場所に次の金属の塊が生み出された。そしてそれはまた棘へと形を変えてゆく。
「あの下に本体がいる!」
ソフィーの声に、セティは地面の氷を広げる。その場所まで、氷の道を作り出した。
リオンは氷の道を走った。ソフィーはまた水の塊を放ったけれど、出来上がったばかりの棘は近づいてくるリオンに向かっていた。
「氷華の兎!」
セティがリオンと棘の間に氷を生み出す。氷の塊はみるみる大きく厚くなっていったけれど、棘に貫かれて砕けた。
それでも、棘の狙いはそれた。リオンの足があった場所を棘がえぐる。
そしてまた次の棘が生み出される。
リオンは手を伸ばして大きく跳んだ。その先には、ヤマアラシがいた。体のトゲが手袋を貫くのも構わず、リオンはヤマアラシを両手で抱える。
「我が呼び声に応えよ! 我リオンは汝の所有者なり!」
頭上の棘が、リオンを向く。その状態で、止まった。
ヤマアラシの体が、ぼうっと光を放って、リオンを所有者として受け入れた。
リオンは大きく息を吐いて、ヤマアラシの体を離した。
「閉じろ」
リオンの命令の声とともに、頭上の棘も、周囲の金属の草も木も、苔むした地面も、すべて姿を消した。
残ったのは、石積みの壁と床の通路だった。
ソフィーもセティも緊張を解いて脱力する。
リオンは穴だらけになった手袋で、新しく手に入れた本を握った。その題名は、鋼刺の山荒。




