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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第八章 鋼刺の山荒(メタルソーン・ポーキュパイン)
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49 ささやかな休息

紡ぎ手の蜘蛛ティセランド・アレニェ


 セティの言葉に、何匹かの蜘蛛が姿を表す。蜘蛛たちはセティの手足に散らばって、傷に糸を巻きつけてゆく。


「修復に、少し時間がかかる」

「俺らも傷の手当しないといけないし、それはお互い様だ」


 リオンは肩をすくめてから、破れたズボンの裾を持ち上げた。引っかき傷の様子を見ながら応急処置テープ(パッチ)を貼ってゆく。

 ソフィーもズボンをまくり上げて、その白いすねとふくらはぎを晒した。

 しばらくそうやって自分の傷の手当をしているうちに、ソフィーの気持ちも落ち着いてきた。セティが休憩を言いだしてくれて良かった、と応急処置テープ(パッチ)を貼りながら考える。

 傷の手当を終えたリオンが、道具袋(ポーチ)から水筒を出してあおる。その様子を見て、何か思いついたらしいセティが声をあげた。


「そうだ」


 セティは自分の真っ黒い道具袋(ポーチ)を開くと、中から個包装のチョコレートを一粒取り出した。手のひらの上のチョコレート、その甘い匂いににんまりと笑う。

 それから、その手のひらをソフィーに向けて差し出した。


「ソフィーに、やる」

「え……良いの?」


 戸惑うソフィーに、セティはさらに手のひらを差し出した。


「デイジーの店で俺が選んで買ってきたチョコレートだ」


 セティの少し自慢げな表情に、ソフィーは笑みをこぼした。その手のひらから、チョコレートを一つ摘まみ上げる。


「ありがとう、じゃあ、一つもらうね」

「ああ、このチョコレートはナッツも入っていて、とても美味しいんだ」


 顎をあげて得意そうに言ったあと、不意にセティは不安の色を浮かべて、ソフィーを見上げた。


「食べたら元気になれるんだ……だから」

「そんなに疲れてるように見える? まだ大丈夫なんだけどな」


 ソフィーが苦笑すると、セティは首を振った。そして、ソフィーを睨む。


「さっきまで、集中できてない感じだった。そのくらい、俺にはわかるんだぞ」

「そっか……うん、そうかも。さっきは少し焦ってたから。でももう大丈夫。チョコレートも食べるし」


 セティは一瞬だけ、ほっとしたような顔をして、すぐに誤魔化すように勝ち誇った顔をした。


「ソフィーもまだまだだな」

「そうかもね」


 苦笑したまま、ソフィーはチョコレートの包装をむいて、口に放り込む。甘いチョコレートはじんじんと疲労していた頭を柔らかくする。

 中に入っていたナッツを奥歯で噛み砕けば、身体中に力が送り込まれるような、そんな気がした。


「なあ、俺にはくれないのか?」


 リオンがセティにちょっかいをかける。セティは唇を尖らせた。


「はあ? なんでリオンにやらないといけないんだよ」

「俺にもくれたって良いんじゃないのか?」

「やっても良いかと思ったけど、なんか気に入らないからやっぱりやめる」


 セティは道具袋(ポーチ)からチョコレートをまた一粒出して、それは自分で食べてしまった。

 リオンはがっかりした顔をしてみせる。


「なんでだよ」

「なんとなくだ」


 チョコレートで言い合いをするセティとリオンを見て、ソフィーはふふっと笑った。


「チョコレート一つで何やってるの、二人して」


 呆れたように言いながらも、ソフィーは声をあげて笑っていた。

 ソフィーにあった嫌な緊張がすっかりほぐれたのがわかって、セティはほっとして、口の中のチョコレートを噛み砕いた。ナッツの味が、チョコレートの甘さをより引き立てる。

 その味に満足して、セティはまたにんまりと笑った。


「ソフィーが笑ってるから、やっぱりリオンにもやる」


 機嫌が良くなったセティが、またチョコレートを出して今度はリオンに差し出した。リオンは何度か瞬いて、それから目を細めた。


「そりゃ……どうも、ありがたくもらうよ」

「ああ、俺がひとりで買ってきたチョコレートだからな。大事に味わって食べろよ」

「そうか、ひとりで買い物に行けて偉いな」

「あ、今子供扱いしただろ!」

「単純に褒めただけだろ」


 二人の言い合いを、ソフィーは笑って聞いていた。こんなことでも、自分の心が軽くなったことをソフィーは感じる。

 さっきまでは張り詰めて、思考が鈍っていた。きっと身体だって重くなっていただろう。

 確かに、さっきのソフィーには休憩は必要なことだったのだ。


「二人とも、本当にありがとうね」


 突然のソフィーの言葉に、リオンは肩をすくめた。


「別に、俺は何もしてないよ。休憩しようって言い出したのも、チョコレートも、セティのおかげだ」


 セティは偉そうに胸を張って、顎を持ち上げた。


「そうだ、俺のおかげだぞ。だからソフィーも、もっと俺を頼りにしても良いんだからな」

「本当にそう。セティのことも、リオンも、ちゃんともっと頼りにするから」


 リオンは微笑んで、それからセティの髪の毛をかき回した。セティはその手を払う。それにもめげずに、リオンはもう一度、セティの頭をぐしぐしと乱した。


「それやめろ! 子供扱いされてるみたいで好きじゃない!」

「あはは、悪い。でも、今回はお前の手柄だな、セティ」


 やめろと口を尖らせながらも、セティの表情は少し嬉しそうだった。





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