49 ささやかな休息
「紡ぎ手の蜘蛛」
セティの言葉に、何匹かの蜘蛛が姿を表す。蜘蛛たちはセティの手足に散らばって、傷に糸を巻きつけてゆく。
「修復に、少し時間がかかる」
「俺らも傷の手当しないといけないし、それはお互い様だ」
リオンは肩をすくめてから、破れたズボンの裾を持ち上げた。引っかき傷の様子を見ながら応急処置テープを貼ってゆく。
ソフィーもズボンをまくり上げて、その白いすねとふくらはぎを晒した。
しばらくそうやって自分の傷の手当をしているうちに、ソフィーの気持ちも落ち着いてきた。セティが休憩を言いだしてくれて良かった、と応急処置テープを貼りながら考える。
傷の手当を終えたリオンが、道具袋から水筒を出してあおる。その様子を見て、何か思いついたらしいセティが声をあげた。
「そうだ」
セティは自分の真っ黒い道具袋を開くと、中から個包装のチョコレートを一粒取り出した。手のひらの上のチョコレート、その甘い匂いににんまりと笑う。
それから、その手のひらをソフィーに向けて差し出した。
「ソフィーに、やる」
「え……良いの?」
戸惑うソフィーに、セティはさらに手のひらを差し出した。
「デイジーの店で俺が選んで買ってきたチョコレートだ」
セティの少し自慢げな表情に、ソフィーは笑みをこぼした。その手のひらから、チョコレートを一つ摘まみ上げる。
「ありがとう、じゃあ、一つもらうね」
「ああ、このチョコレートはナッツも入っていて、とても美味しいんだ」
顎をあげて得意そうに言ったあと、不意にセティは不安の色を浮かべて、ソフィーを見上げた。
「食べたら元気になれるんだ……だから」
「そんなに疲れてるように見える? まだ大丈夫なんだけどな」
ソフィーが苦笑すると、セティは首を振った。そして、ソフィーを睨む。
「さっきまで、集中できてない感じだった。そのくらい、俺にはわかるんだぞ」
「そっか……うん、そうかも。さっきは少し焦ってたから。でももう大丈夫。チョコレートも食べるし」
セティは一瞬だけ、ほっとしたような顔をして、すぐに誤魔化すように勝ち誇った顔をした。
「ソフィーもまだまだだな」
「そうかもね」
苦笑したまま、ソフィーはチョコレートの包装をむいて、口に放り込む。甘いチョコレートはじんじんと疲労していた頭を柔らかくする。
中に入っていたナッツを奥歯で噛み砕けば、身体中に力が送り込まれるような、そんな気がした。
「なあ、俺にはくれないのか?」
リオンがセティにちょっかいをかける。セティは唇を尖らせた。
「はあ? なんでリオンにやらないといけないんだよ」
「俺にもくれたって良いんじゃないのか?」
「やっても良いかと思ったけど、なんか気に入らないからやっぱりやめる」
セティは道具袋からチョコレートをまた一粒出して、それは自分で食べてしまった。
リオンはがっかりした顔をしてみせる。
「なんでだよ」
「なんとなくだ」
チョコレートで言い合いをするセティとリオンを見て、ソフィーはふふっと笑った。
「チョコレート一つで何やってるの、二人して」
呆れたように言いながらも、ソフィーは声をあげて笑っていた。
ソフィーにあった嫌な緊張がすっかりほぐれたのがわかって、セティはほっとして、口の中のチョコレートを噛み砕いた。ナッツの味が、チョコレートの甘さをより引き立てる。
その味に満足して、セティはまたにんまりと笑った。
「ソフィーが笑ってるから、やっぱりリオンにもやる」
機嫌が良くなったセティが、またチョコレートを出して今度はリオンに差し出した。リオンは何度か瞬いて、それから目を細めた。
「そりゃ……どうも、ありがたくもらうよ」
「ああ、俺がひとりで買ってきたチョコレートだからな。大事に味わって食べろよ」
「そうか、ひとりで買い物に行けて偉いな」
「あ、今子供扱いしただろ!」
「単純に褒めただけだろ」
二人の言い合いを、ソフィーは笑って聞いていた。こんなことでも、自分の心が軽くなったことをソフィーは感じる。
さっきまでは張り詰めて、思考が鈍っていた。きっと身体だって重くなっていただろう。
確かに、さっきのソフィーには休憩は必要なことだったのだ。
「二人とも、本当にありがとうね」
突然のソフィーの言葉に、リオンは肩をすくめた。
「別に、俺は何もしてないよ。休憩しようって言い出したのも、チョコレートも、セティのおかげだ」
セティは偉そうに胸を張って、顎を持ち上げた。
「そうだ、俺のおかげだぞ。だからソフィーも、もっと俺を頼りにしても良いんだからな」
「本当にそう。セティのことも、リオンも、ちゃんともっと頼りにするから」
リオンは微笑んで、それからセティの髪の毛をかき回した。セティはその手を払う。それにもめげずに、リオンはもう一度、セティの頭をぐしぐしと乱した。
「それやめろ! 子供扱いされてるみたいで好きじゃない!」
「あはは、悪い。でも、今回はお前の手柄だな、セティ」
やめろと口を尖らせながらも、セティの表情は少し嬉しそうだった。




