44 探索者(ブックワーム)の噂話
部屋に戻ってすぐに、ソフィーはリオンと連絡を取った。
ソフィーとセティは書架に潜る準備を済ませた状態で、書架の近くでリオンと落ち合った。
「書架で行方不明の子供が、セティの知り合い?」
リオンの言葉に、セティは頷く。
「クレムの家でこの道具袋を買ったんだ。案内してもらって、荷物も持ってもらった」
「そっか、友達ってやつか?」
「友達……はわからないけど、書架で迷ってるとか、帰れなくて困ってるとかなら、助けたい」
セティは真剣な表情でリオンを見上げた。リオンは大きな手でセティの頭をぽんぽんと叩く。セティは唇を尖らせてその手を払った。
「だから、子供扱いはするな」
「悪い悪い」
リオンは払われた手のひらをひらひらと振って、もうその意思がないことを示した。ふん、とセティは両手を腰に当てる。
「子供が書架に入った話は、もうだいぶ広まってるの?」
ソフィーの問いかけに、リオンは頷いた。
「俺のところには、探知の本を探してるって、心当たりはないかって、人伝てに届いたんだ。
行方不明の子供って二人いるんだろう? その片方の父親が探索者で、何人か募って探しに潜ってるらしい」
「そう。それで見つかるなら良いんだけど」
「まあ、相手は書架だからな。うまく繋がるかどうかは……結局のところ運頼みだ。それ以外の探索者も気にしてはいるけど」
ソフィーは書架の入り口前の広場を眺める。いつもより探索者の数が多いように見えるのは、その影響だろうか。それとも気のせいだろうか。
「わたしにもこれといって良い考えがあるわけじゃないの」
「だからって、黙って待ってるのは嫌だ。俺も探しに行きたい」
セティはソフィーとリオンを順番に見た。力がこもった、まるで睨むような視線に、ソフィーは微笑んで頷いた。
それからまっすぐにリオンを見る。
「わたしもセティと同じ。書架に潜りたい。少しでも可能性があるなら、できることはやっておきたい」
ソフィーとセティの緊張をほぐすように、リオンはウィンクする。
「そういう話に声をかけてもらえて光栄だ。俺もぜひ同行させてくれ。というか、もう潜るつもりで準備してきたんだ、実はね」
「話が早くて助かる。わたしたちも、潜る準備はしてきてあるの。早速行きましょう」
動き始めようとするソフィーを、リオンは止める。
「なんで止めるんだ、さっさと行けば良いだろ」
セティが苛立ちをあらわにリオンを見上げる。リオンは「まあまあ」となだめてから、不意に真面目な表情になる。
リオンが見せる珍しい表情に、ソフィーは口をつぐんだ。
「実は、潜る前に話しときたいことがある。聞いた噂なんだけどな」
「噂?」
リオンは、ソフィーとセティに一歩近づいて声を潜めた。
「そう。なんでも書架の中で『セティエム・グリモワール』を探している奴がいるらしい」
「書架の中で……?」
「セティエムって……!」
セティが不安そうに視線を揺らして、地面を見た。ソフィーは逆に、目を見張ってリオンを見つめる。
「探索者の間で噂になっている。銀髪の男らしい。そいつが書架の中で、突然背後に現れて、聞いてくるんだ」
──セティエム・グリモワールを知らないか?
「知らないと答えると、気づけば目の前からいなくなっているって話だ。本当かどうかはわからない、ただの噂だけどな」
「いえ、でも……」
ソフィーがちらりとセティを見る。セティは顔をあげて、ソフィーに頷いてみせた。
「きっと、そいつもグリモワールシリーズだと思う。この前のシジエムと同じ、俺の兄姉……俺を探してるんだ」
セティは不安そうな顔でソフィーとリオンを見上げた。ソフィーは小さく溜息をついて、リオンを見る。
「わたしも、その噂は本当なんじゃないかと思う。セティの言う通り、この前のシジエムのような本なんでしょうね、きっと」
「だとしたら、俺たちもそいつに会う可能性は高いってわけだ」
セティは不安そうな顔のまま、半ズボンの裾をぎゅっと握った。何か言いたげに口を開いて、でも言葉にならずにそのまま口を閉じる。
ソフィーが膝を曲げて、セティの顔を覗き込む。
「どうしたの? 気になることがあるなら言って?」
「あ、その……」
セティはズボンの裾を握りしめたまま、ソフィーの顔を見て、それからリオンの顔も見た。耐えきれないように、視線を落としてうつむいた。
「ソフィーもリオンも、俺が一緒で良いのか?」
セティの言葉に、ソフィーとリオンは顔を見合わせた。何を言おうかと二人が迷っている間にも、セティは言葉をあふれさせた。
「俺がいると、この前のシジエムのときみたいに、きっと……二人ともまた危ない目に逢う。俺のせいで、二人とも……」
その言葉を遮ったのは、リオンの手だった。リオンが無遠慮に、セティの黒い髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。
「……っ! こ、こんなときまで子供扱いするなっ! 俺は……」
泣きそうな顔で手を振り払うセティに、リオンは笑ってみせた。
「この噂話を聞いたときから、そうなるだろうって覚悟してここに来たよ。じゃなかったら、そもそもここには来ない。むしろ、お前は来るなって言われる方が悲しいよ、俺は」
「わたしも、覚悟ならあるつもり。セティの所有者を続けるってのは、そういうことだって、何度も考えたもの」
ソフィーもにっこりと笑ってセティを見下ろす。
「それに、セティは特別で強い本だから。セティがいればきっと大丈夫、でしょ?」
セティは口をへの字に曲げて、強気にぐいと顎を持ち上げた。
「当然だ。俺がいれば大丈夫なんだからな。俺はいずれ大魔道書になる、特別な本なんだ」
「ええ、期待してる、セティ」
「そうだな、頑張ろうぜ」
「任せとけ!」
セティがいつものように胸を張って、ソフィーとリオンは笑みをこぼした。
そして書架に潜る前にと、三人で拳を付き合わせたのだった。
第七章 はじめてのおつかい おわり




