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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第二部 本(ブック)の少年と友達 第七章 はじめてのおつかい
40/105

40 マナー違反

 クレムの父親の店を出ると、デイジーが張り切って「じゃあ、次はパン屋ね」と歩き出した。

 先を歩くデイジーが、くるりと振り返ってクレムを見る。


「次はうちのお客さんだからね。クレムはもう来なくても良いのよ」

「お前だけだと危なっかしいんだよ」


 二人はしょっちゅうこんなやりとりをしているけど、仲が悪いわけではないらしい。セティは瞬きをして、二人のやりとりを見ていた。


「この先にね、美味しいパン屋さんがあるの。特にドライフルーツのパンがお気に入りなんだ」

「だから、お前のお気に入りを言ってどうするんだよ」

「あら、本当に美味しいんだもの。だからおすすめしてるのに」


 そんな言い合いがぱたりと止んで、デイジーとクレムが前を見たまま足を止める。セティはきょとんとその視線の先を見た。

 そこには、クレムよりも少し背の高い赤毛の少年がいた。


「ジェイバー」


 少年の名を呟いて、デイジーは顔をしかめる。クレムもうんざりした顔になった。

 ジェイバーと呼ばれる少年が、デイジーにもクレムにも歓迎されていないのは、セティの目から見ても明らかだった。

 クレムはジェイバーを無視して歩き出そうとした。ジェイバーはクレムに近づいて、その肩に手を置いて足を止めさせる。


「よう、クレム。ちょっと遊ぼうぜ」

「急いでるんだ」

「そうよ、あなたに構ってる暇なんかないの、ジェイバー」


 クレムはジェイバーの手を払って、デイジーもクレムに加勢した。

 それでもジェイバーは諦めなかった。探索者(ブックワーム)のように身につけた道具袋(ポーチ)から、一冊の(ブック)を取り出して見せた。


「俺、(ブック)所有者(オーナー)になったんだ。見てくれよ」


 クレムはちらとジェイバーを見て「良かったじゃないか」と言うと、もうすぐに歩き出そうとした。デイジーも「行こう」とセティの手を引く。

 けれど、ジェイバーはにやにやと笑い出した。そして、言ったのだ。


開け(オープン)雷光の羊(ライトニング・シープ)


 ジェイバーの手のひらの上で、(ブック)がわずかに光る。ほのかな光はやがて(ブック)の輪郭を曖昧にし、そしてその光が集まって姿を表したのは──(シープ)と呼ぶには小さい、毛糸玉のような毛の塊だった。


「こんなところで何やってんだよ!」


 クレムの非難に、ジェイバーは気にする様子もない。目の前に現れた毛糸玉を自慢げな表情で見せびらかす。


「良いじゃないか、ちょっとくらい。ほら、すごいだろ」

「ちょっと! 危ないじゃない!」

「危なくないさ、ちゃんと俺の言うことを聞くんだから。ほら、行け!」


 ジェイバーは面白がって、クレムを指差した。その命令の通りに毛糸玉はぴょんと飛び跳ねてクレムの体に突進した。

 それほど激しい勢いではなかったけれど、クレムは「痛っ」と声をあげて体をびくんとさせた。


「ほら、すごいだろ。すごいって言えよ」


 ジェイバーがもう一度毛糸玉をけしかける。セティはさっと動いて、クレムと毛糸玉の間に割って入った。毛糸玉がセティの体に触れる。

 見ていた通り、その追突の勢いは大したことなく、ぽふりとぶつかった程度で痛みはない。けれどぶつかった瞬間、体の中を痺れが駆け抜けた。

 そのつもりがなくても、びくりと体が跳ねてしまう。

 でも、それだけだった。傷もなく、自分の知識も傷ついていないことがわかると、セティはジェイバーを睨みあげた。


「なんだ、お前、初めて見るな」


 邪魔をされて、ジェイバーは詰まらなさそうにセティを見下ろした。クレムのように遊んでも良い相手かどうかを見極めている視線だった。

 セティはその視線に怯むことなく、ジェイバーを見上げる。


「街なかで(ブック)を開くのは、マナー違反じゃないのか?」


 セティの言葉に、ジェイバーはあからさまに顔をしかめた。


「良いだろ、別に、ちょっとくらい」

(ブック)は危ないこともあるんだ。だから気をつけなくちゃいけない」

「なんだよ、お前」


 ジェイバーはセティの腰の道具袋(ポーチ)に目を止めた。馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「チビ、道具袋(ポーチ)なんかつけて探索者(ブックワーム)のつもりか? そんなわけないよな? ああ、わかった、お前悔しいんだろ、俺が(ブック)所有者(オーナー)だから」


 ジェイバーの言葉はセティにはどれも的外れだった。チビ、という単語以外。

 チビと言われてセティは腹を立てたけれど、それでもここで知識を使おうとは思わなかった。ジェイバーの姿を見て、街なかで(ブック)の知識を使うというのはこういうことなのだ、と理解できたからだった。

 セティは、足を踏み出すとジェイバーの目の前に立つ。ジェイバーは相変わらずにやにやとしている。自分の方が弱いだなんて、これっぽっちも思っていない顔だ。


「なんだよ、図星か? 怒ったのかよ」


 軽く、セティはジェイバーの胸元を押した。足でジェイバーの片足を引っ掛けて、それでジェイバーはバランスを崩して、尻餅をついた。


「何すんだよ!」


 自分のことを棚にあげて怒るジェイバーを、セティは静かに見下ろした。


「この(ブック)は完全に開いてない。ちゃんと(ブック)も開けないのに、扱うのはやめた方が良い」


 ジェイバーは地面の上で拳を握りしめる。唇を曲げて、小さく口を開く。


閉じろ(クローズ)


 毛糸玉が、また四角い石の──(ブック)の姿に戻る。ジェイバーはそれを掴んで、立ち上がって逃げ出した。

 クレムはぽかんとセティを見ていた。デイジーは上気させた顔の前で、感激したように両手を組んだ。


「かっこいい! セティって本当に探索者(ブックワーム)みたい!」

「……このくらいどうってことない」


 探索者(ブックワーム)みたいという言葉に戸惑いながらも、かっこいいと褒められたことに悪い気はしなくて、セティは自慢げに顎を持ち上げた。

 ぽかんとしていたクレムは、はっと気づいたようにセティの前に立つ。


「セティ、庇ってくれてありがとう」

「別にお前を庇ったわけじゃない。街なかで(ブック)を開くのはマナー違反だから、止めただけだ」

「いや、それでも俺は助かったよ。ありがとう」


 お礼の言葉に、セティはなんて返して良いのかわからなかった。何度か瞬きをして、それからそわそわと視線を動かして、小さく「そうか」と言っただけだった。

 それでもクレムは、へへっと嬉しそうに笑ったのだった。




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