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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第一部 探索者(ブックワーム)と本(ブック)の少年 第一章 本(ブック)の少年
4/105

4 その題名(タイトル)は

 無数の炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムを操って氷の壁を溶かしながら、セティはぐるりと周囲を見回した。


「この(テリトリー)(ブック)はどこだ。本体が見つからないとどうにもならない」


 セティの声に、ソフィーははっと思考を中断した。


(そうだ、今は考えている場合じゃない。考えるのはあとでやれば良い)


「待って、今見つけるから」


 ソフィーは道具袋(ポーチ)から(ブック)を取り出して、手のひらに乗せた。


開け(オープン)羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)


 (ブック)の表面に刻まれた細い複雑な文様に光が走る。ぼうっとした光に包まれて、手のひらの上から質量が解き放たれる。

 曖昧になった輪郭は一羽の鳥の形になり、光が収まったとき、そこには黄金(きん)色の鳥の姿があった。


「なんだ、それは?」

(ブック)の居場所を教えてくれるの。鳴き声を出すから、使えない状況もあるんだけどね」


 セティの視線には好奇心があった。ソフィーはその視線に見守られながら、羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)の止まっている手を持ち上げる。

 羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)は羽ばたいて、ソフィーの周囲を飛び回る。そうやって三周したとき、鳴き始めた。


「こっちの方向」


 鳴いている金糸雀(カナリア)を指に止まらせながら、ソフィーは氷の壁と向き合う。セティもソフィーの視線の先に体を向けた。


「こっちにいるやつをぶっ飛ばせば良いってことだな」

「あ、待って。できれば(ブック)本体は傷つけないで」


 ソフィーの声に、セティは唇を尖らせた。


「なんでだよ。ぶっ飛ばせば良いんじゃないのか?」

「無傷で手に入れたい。わたしたち探索者(ブックワーム)の目的は(ブック)を手に入れることだからね。壊れた(ブック)じゃ売れないし」

「お前の事情なんか知らない。命令なんか聞かないって言っただろう」


 ふい、とセティが顔をそらす。ソフィーは額に手を当てて、この状況をどうしようかと考える。


「ええっと、そう。セティ、あなたさっき炎の蝶(フレイム・バタフライ)を、食べた……んでしょ?」

炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムか? そうだな、食べた。食べることで、俺はその(ブック)の知識を取り込むことができるんだ。こんなふうにな。すごいだろ」


 セティは手をひらひらさせる。無数の炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムがその動きに煽られたように、その炎を大きく揺らした。

 ソフィーは慎重に頷いた。


「すごいと思う。それって、例えば傷がついて壊れた(ブック)でも、食べて取り込むことはできるの?」


 ソフィーの言葉に、セティはきょとんとした顔をした。何度か瞬きをする。それから、口元に手を当てて小さくうつむいた。


「考えたことなかった……でも、食べるときは開いてないと食べられない気がする。壊れた(ブック)って、開くことはできるのか?」

「残念ながら」


 ソフィーは大げさに首を振る。


「開くことができないから、壊れてるって呼ばれるの。つまり、セティは、壊れてない(ブック)じゃないと、食べることはできないってこと、よね?」


 こくりと、セティが頷く。


「そう……なるな」

「じゃあ、この(テリトリー)(ブック)も、無傷で捕まえた方が良くない? うっかり傷で開けなくなっちゃったら、食べられないでしょ?」

「それは、そう……だけど」


 セティはソフィーを見上げた。その表情は、年相応に幼く、頼りなさそうに見えた。


「でも! 無傷で捕まえるって、どうやったら良いんだ?」


 ソフィーはセティを安心させるようににっこりと笑う。


「それはわたしがやる。わたしは探索者(ブックワーム)(ブック)を捕まえるために書架(ライブラリ)に潜ってるんだから」


 セティは少しだけ悩む様子を見せたが、すぐに元の生意気な表情に戻った。


「わかった。じゃあ、それはお前に任せる。俺は、こっちの氷を壊せば良いんだな」

「そうだね。わたしが通れるくらいの隙間が開けば、(ブック)本体のところまで辿りついてみせる」

「失敗したら許さないからな」

「わたしにも探索者(ブックワーム)の意地があるからね。任せといて」


 ソフィーは髪を搔きあげて、氷の壁の前に立つ。

 セティは右手を頭上高く持ち上げた。


「集まれ!」


 声に反応して、無数の炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムがセティの指先めがけて飛ぶ。小さな炎が集まって、ゆらりと揺れるたびに、少しずつ大きな炎になってゆく。

 そして最後の一匹が吸い込まれるように合流したとき、セティの頭上には人の大きさほどもある、大きな炎の蝶が羽ばたいていた。

 炎の羽ばたきに煽られて、セティの黒い髪が踊る。セティの黒い瞳に炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムの炎が映って、赤い。

 セティはそのまま、右手を振り下ろす。


「舞え! 炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラム


 小さな蝶だったときには儚くも見えた羽ばたきが、今は力強く見える。そしてその羽ばたきによって、熱風が生み出される。

 大きな炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムは、ソフィーの前まで飛んでいって、そこで何度か羽ばたいた。すぐに氷が溶け出して、穴が開く。その穴の中に進んでいって、さらに穴を広げてゆく。

 ソフィーはためらうことなく、その穴に飛び込んだ。

 分厚い氷の壁の中を炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムとソフィーは進む。溶けて崩れた氷が舞い散る。炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムの炎を映してきらきらと輝いて消えていった。

 それでも氷は必死に抵抗するかのようだった。成長して、ソフィーを閉じ込めようとする。けれどそれを炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムがこじ開けて道にする。

 ソフィーの足元で、氷が崩れるしゃりしゃりとした音が聞こえた。まるでそれを伴奏にするように、ソフィーの肩に止まった羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)が歌う。(ブック)は確かに近くにいる。

 羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)の歌が大きくなる。


(近い)


 ソフィーは進行方向を注意深く見る。薄くなった氷に、動く影が映る。

 炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムがその氷を破るとほとんど同時に、ソフィーは飛び込んだ。

 手を伸ばした先、すんでのところで氷の壁に弾かれた。炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムの羽ばたきが、炎の熱が、その壁を溶かし崩す。

 崩れかけた氷の壁ごと、ソフィーは(ブック)を抱え込んだ。手袋越しでも指先がじんじんと冷える。

 その手すら飲み込んで、氷の塊は大きくなってゆく。ソフィーの腕を伝って、肩も、首も、体も、頭も、飲み込もうとする。

 氷に呑まれながら、ソフィーは必死で口を開いた。


「我が呼び声に応えよ。我ソフィーは汝の所有者なり」


 ソフィーの腕の中がぼうっと光り、氷越しにソフィーを輝かせる。


閉じろ(クローズ)


 ぱりん、と周囲の氷が全て割れ、崩れ落ち、そして水も何も残さず光になって消えた。

 ソフィーの腕の中にいたのは、兎の姿をした氷だった。そして、その姿が光り、輪郭が曖昧になって、四角い石の形になる。その題名(タイトル)は──氷華の兎フロストブルーム・ラビット

 ソフィーは閉じられた(ブック)を手に、膝をついた。

 すぐ近くで炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムが羽ばたいている。そして、少し離れたところでセティが立っている。

 セティが軽く右手を振ると、炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラムも消えた。

 ソフィーは立ち上がって、ほっと息を吐き出すと、たった今手に入れた(ブック)──氷華の兎フロストブルーム・ラビット道具袋(ポーチ)にしまった。


「お前、名前なんだっけ」


 セティが隣に立って、ソフィーを見上げる。ソフィーは首を傾けた。


「名前? ソフィーっていうの。覚えてくれると嬉しい」

「ふうん」


 セティは興味なさそうな顔をして、だけど言葉を続けた。


「ソフィー、お前、ちょっとは根性あるんだな」


 それは、ソフィーにとって思いがけない言葉だった。この生意気な(ブック)に認められたような気がして、ソフィーはふふっと笑った。


「まあね。ありがとう」


 セティはソフィーの表情を見て、唇を曲げた。ソフィーを見上げて、指先を突きつける。


「だからって、お前のことを所有者(オーナー)だって認めたわけじゃないからな! 俺を使いこなせるのは、じいさんか俺だけだ!」

「大丈夫、わかってるから」


 睨み上げるセティに、それでもソフィーは笑ってみせた。ソフィーが笑っているせいで、セティは余計に唇を曲げたのだった。




   第一章 (ブック)の少年 終わり


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