39 自分のもの
書架街を少し上に。そうしてメインストリートを進んでいると、不意に声をかけられた。
「あら、クレム。その子はどうしたの?」
クレムとセティが足を止めて振り返ると、同じ背丈くらいの少女が不思議そうにセティを見つめていた。枯れ草色の髪をおさげにしている。
「こいつはセティ。うちのお客さんだよ」
クレムが自慢げにセティを紹介すれば、少女はきょとんとした顔になった。
「お客さん? その子が? クレムの店の?」
「そう。セティは探索者なんだ。それでうちに道具袋を買いに行くところなんだぜ」
「探索者? その子が?」
少女は驚きに目を丸くして、またしげしげとセティを眺めた。子供扱いされた上に探索者だと信じてもらえなくて、セティは唇を尖らせて少女を睨んだ。
少女はセティに睨まれても怯みもせずに、好奇心をあらわに近づいてきた。
「待って待って、なんだか面白そうだからわたしも行く!」
「来ても良いけど、うちの商売の邪魔するなよ」
「邪魔なんかしないってば。ね、あなたセティっていうのね」
少女はセティの顔を覗き込んだ。セティは戸惑って、一歩退がる。
「わたしはデイジー。うちは食料品屋だけど、良かったらよろしくしてね」
「食料品……牛乳は売ってるか?」
「うん、今日は美味しい牛乳が入ってるよ」
「じゃあ、チョコレートは?」
「もちろん! 普通のだけじゃなくて、ナッツ入りのだって置いてるんだから!」
「ナッツ入り」
セティは思わず一歩踏み出した。
(食べてみたい)
セティはナッツ入りのチョコレートを食べたことがない。一体どんな味だろう、と期待が膨らんだ。
「俺、パンと牛乳とチョコレートを買って帰るんだ」
「じゃあちょうど良いじゃない、クレムのとこで買い物したあと、うちに寄って行きなさいよ。美味しいパン屋も案内できるよ。わたし、この辺りの店には詳しいの」
「わかった。それでナッツ入りのチョコレートも買う」
「じゃあ、あなたはうちのお客さんでもあるわけね。よろしく、セティ」
「ああ」
セティが頷くと、デイジーと名乗った少女はにっこりと笑った。
三人でメインストリートを少し進む。奥に向かう横道がいくつもある。そのうちの一つに入ってすぐ、クレムの父親の店はあった。
小さな店の入り口には小さなディスプレイがあって、いかにも探索者らしい上着と道具袋が飾られていた。
クレムは迷うことなく扉を開けると、店内に大声で呼びかけた。
「父ちゃん! お客さんだよ!」
こじんまりした店内には、ハンガーラックに上着が並び、棚には道具袋が並ぶ。それ以外にも、ソフィーやリオンも持っている便利な棒だとか、巾着袋だとかカードケースだとか、細々としたものもたくさん並んでいた。
「そんな大きな声出さなくても聞こえるよ」
店の奥からクレムの父親が出てくる。クレムと同じくすんだ金髪で、そばかすのある様子も良く似ていた。
クレムの父親は、クレムと一緒にいるセティを見て、何度か瞬きをした。その父親に向けて、クレムが得意そうにセティを紹介する。
「こいつはセティ。探索者なんだって。それで、道具袋を探してるんだってさ!」
クレムの言葉に、父親は訝しそうに眉を寄せた。セティが探索者だということが信じられない、とでも言いたげに。
「道具袋を……そりゃあ、まあ、なんというか。うん、あんた、金は持ってきたのか?」
「持ってる!」
セティが必死な声を出すと、クレムの父親は納得したように頷いた。
「金を持ってるなら、お客だ。あんたが何者でも何も言わないよ。で、どんな道具袋が欲しいんだ? 収納が多いとか、色とか、なんか希望はあるか?」
クレムの父親は、そんなことを言いながら並んだ道具袋から一つ出してきてセティに見せた。
革の道具袋は赤く染められていて、中身もたくさん入るのだろう、大きいものだった。
「これは割と新しいやつだな」
そう言って差し出してくるクレムの父親の手は、大きくてごわごわと皮膚が厚い。職人らしい手だった。
「あ、俺……黒い色が良い」
戸惑いながらセティが告げると、クレムの父親は「黒か……ちょっと待ってろ」と言って棚の下から箱を引っ張り出した。箱の中には様々な道具袋が入っている。
「黒? ええ、わたしもっと明るい色の方が好きだなあ」
デイジーの声に、クレムが呆れたような表情をする。
「お客さんはセティなんだ。お前が注文つけるなよ」
「でも、セティって髪も黒だし、どんな色でも似合うと思うけどな。せっかくなら明るい色にしてみない? 雰囲気変わると思うよ」
めげないデイジーに、セティはそれでも首を振った。
「俺は黒が良い」
「デイジーの言うことなんか気にするなよ。父ちゃんはちゃんとお客さんの注文聞いてくれるからさ」
クレムは気安くセティの肩をぽんと叩いた。セティは少し驚いて、でも嫌な気分じゃなかったので、そのままにしていた。
「期待通りのものがあると良いけどな。ほら、これはどうだ」
クレムの父親が、箱から道具袋を出してきた。艶々と輝く黒い色はかっこいい。セティはそれを受け取って、試しに腰に当ててみる。
「大きい……」
「そうね、ちょっとセティには大きすぎるみたい」
「今はセティがお客さんなんだから、デイジーは黙ってろよ」
「わたしはお客さんにアドバイスしてるだけなのに」
「余計なお世話なんだよ」
後ろで言い合ってるクレムとデイジーはそのままに、セティはその道具袋をクレムの父親に返した。
「もう少し小さいものが良い。色はとても気に入ったけど」
「そうか、じゃあ……こっちはどうだ?」
もう一つ出てきた道具袋は、大きさも、色も、セティの気に入るものだった。なんなら、さっきの店で見たものよりもかっこいいと思った。
黒い革に黒い糸で細かな模様が入っている。一見目立たないけれど、光の反射具合で見える模様が、良い感じだと思った。
「これ、気に入った。いくらだ?」
「そうだなあ、売り値は八千だけど、七千五百に値引きしよう。その代わり、何かあればまたうちに来てくれ。修理もやってる」
セティはいそいそと結晶を取り出す。クレムの父親が大きな手でそれを受け取って、数えて、お釣りの結晶を渡して支払いは済んだ。
早速、セティは腰のベルト穴に道具袋を固定する。残りの結晶を入れて口を閉じる。道具袋の内ポケットに入った結晶は、ごろごろせずに収まった。
また道具袋の口を開く。ズボンのポケットに入れていた傷物の本二冊も道具袋に入れる。中の仕切りで本は出し入れしやすく、がちゃがちゃとぶつかることもなく、ちゃあんと収まっている。
セティはその様子を見下ろして、にんまりと笑った。
それは、セティの、セティだけの持ち物だった。




