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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第二部 本(ブック)の少年と友達 第七章 はじめてのおつかい
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37 仕事の対価

 大きなすり鉢状の穴、その側面を削って作られた書架街(しょかがい)。オリヴィアの本屋は、ソフィーの部屋から少し下にある。

 その穴に面した通り(メインストリート)から奥に向かって削られた通路に入る。魔術を研究して再現された灯りが、道を照らしていた。

 セティ以外にもちらほらと人通りが見える。オリヴィアの店はそんな先にあった。

 相変わらず看板も何もなく、扉にかかった「開店中」と書かれた札が、かろうじてそこが何かの店だと主張していた。

 セティは腰に手を当てて胸を張って、ドアと対峙する。


(どうってことない。一人でも問題ないじゃないか)


 満足げに一人頷いてから、セティはドアに手をかけた。扉を開くと、かろんと柔らかなドアチャイムの音が響く。


「はーい、いらっしゃいませ! あ、セティくん……と、ソフィーは?」


 店の奥からオリヴィアが出てきて、大きな丸い緑の瞳でセティを見る。オリヴィアはあまり背が高くない──といってもセティよりは高いけど、それでも向き合っても威圧感が少ないから、セティも落ち着いて話すことができる。


「今日は一人で来た」

「え、大丈夫なの? ソフィーはこのこと知ってるの?」

「ソフィーに頼まれたんだ」


 セティはちょっと自慢げに顎をあげると、カウンターに近づいて、ポケットから(ブック)を出した。

 一冊、二冊、三冊。


「おつかいってこと?」


 くりくりとした目でオリヴィアが首を傾ける。セティはむっと唇を尖らせた。


「子供扱いするな。ソフィーに使われてるわけじゃない。単に俺一人で来ただけだ」


 睨み上げられて、オリヴィアは何度か瞬きをしてから明るく笑った。


「そっかそっか、わかったよ。じゃあ、これ預かるね。ソフィーに修復を頼んでた傷物だよね、これ」


 セティはまだ訝しげにオリヴィアを見上げていたけれど、それでもこくりと頷いた。


「そうだ」

「確認するね」


 オリヴィアは一冊一冊手にとって、顔に近づけて状態を確認する。四角い(ブック)をくるりと回して全体を、それから一面一面じっくりと。


「うん、ちゃんと修復できてる。いつもありがとう……って、ソフィーに伝えておいて」


 オリヴィアの言葉に、セティはまたこくりと頷いた。

 今オリヴィアが持っている(ブック)を修復したのは、セティだった。紡ぎ手の蜘蛛レストレーション・スパイダーはセティが食べてしまった。

 だから(ブック)の修復もセティがしないといけない。

 ソフィーには「修復したお金でチョコレートを買うから」と言われて、修復を請け負った。だから、オリヴィアのお礼は本来はセティが受け取るものだった。

 もちろん、オリヴィアには秘密だけれど。

 それでもセティは悪い気がしなくて、なんだか少しくすぐったいような気分になっていた。


「支払いはいつもみたいに振り込みで大丈夫かな」

「あ、いや、直接くれ。このあと、買い物があるから」


 セティの言葉にオリヴィアは快く頷いて、支払いを用意する。書架街(しょかがい)のお金は結晶だ。(ブック)とはまた違う石の結晶、それに魔術を施して貨幣として価値を持たせたもの。

 あるいは、複雑な魔術で組み上げられたシステムによるクレジット管理。カードでのクレジット管理は人気があるが、使えない店もある。


「買い物かあ、なるほどね。何を買うの?」

「え、別に……なんで聞くんだ?」

「ただの世間話。言いたくないなら言わなくても構わないよ」

「言いたくないっていうか、別に……」


 戸惑うセティにも、オリヴィアは笑顔だった。カウンター越しにクレジットを渡す。


「はい、修復三つ分、クレジットで一万八千」

「ん」


 セティが受け取ったのは十八個の結晶だ。セティは手のひらにそれを受け取ると、無造作にポケットに突っ込んだ。

 実際にお金を自分の手で受け取るのは嬉しいことだった。この後の買い物のことを考えて、セティはにんまりと笑う。

 セティの表情を見て、オリヴィアも顔をほころばせた。


(あんまり話してくれないけど、可愛いところもあるよね)


 ふふっと笑って、それから思い出したようにカウンターの上に身体を乗り出した。


「あ、そうだ。また傷物があるから、時間あるときに来てってソフィーに伝えてくれる?」


 セティはポケットの上から結晶の感触を確かめていたけれど、オリヴィアの言葉に顔をあげた。


「それ、俺が見る」

「え?」


 オリヴィアが丸い目をさらに丸くする。セティは真面目な顔をしていた。

 セティにとっては、自分が修復するものだった。だから、修復するかどうかは自分で見てわかる。そう思って言い出したことだ。

 その事情がわからないオリヴィアは戸惑って、けれどすぐに笑顔に戻って頷いた。

 傷物の(ブック)のやりとりだ、重大なものじゃない。何かあっても次にソフィーと直接やりとりすればなんとかなるだろう。だったら、今はこのやる気に満ちた少年に任せても良さそうだ。


「わかった、じゃあ今出すね」


 オリヴィアは台に乗って、棚の上の方から傷物の(ブック)をいくつか取り出した。


「これなんだけど、どうかな」


 いつもソフィーにやってるように、オリヴィアは振る舞ってみせた。それは、セティを気分良くさせるものだった。

 カウンターに置かれた四冊の傷物を順番に見て、セティは二冊を手にした。


「こっちは修復できる。そっちは傷が深いから駄目だ」

「わかった。じゃあ、修復できたら持ってきてってソフィーに伝えてね」

「任せておけ」


 セティは二冊の傷物の(ブック)を結晶を入れたのとは反対のポケットに入れる。ポケットの膨らみが嬉しくて、またにんまりと笑った。


「さてと、わたしの方の用事は以上。君の用事は?」

「俺ももう用事はない」

「じゃあ、商売は終わりだ。またおいで、待ってるから。ソフィーにもよろしく」


 こくり、と頷いてセティはオリヴィアの店を後にした。その表情はやっぱり満足そうに笑っている。

 オリヴィアは大きく手を振って、その後ろ姿を見送った。かろん、とドアチャイムの音が響く。




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