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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第六章 探索者(ブックワーム)と本(ブック)の少年
33/105

33 オリヴィアの店で

 シジエムの写し(コピー)を倒して書架(ライブラリ)から戻って翌日。

 ソフィーは何冊かの(ブック)と一緒にオリヴィアの店を訪れた。店内は相変わらず、すっきりと手入れされていて居心地の良い空間だった。


「いらっしゃい、ソフィー。今日は何?」


 カウンターの向こう、いつものように明るい声でオリヴィアはソフィーを迎え入れる。いつもと変わらない様子に、ソフィーはほっと微笑んだ。


「この間の(ブック)、修復できたから持ってきたよ」

「わ、ありがとう! 確認するね!」


 ソフィーが三冊の(ブック)をカウンターに置くと、オリヴィアはさっそく状態の確認を始めた。

 手持ち無沙汰に、ソフィーは髪をかきあげる。


「そういえば、今日は一人なの?」


 (ブック)から顔をあげずに、オリヴィアが問いかける。ソフィーは不意をつかれたようにオリヴィアを見た。


「え?」

「ほら、セティくんだっけ。あの子、今日は一緒じゃないの?」

「ああ……」


 なんて答えようかと、ソフィーはわずかに戸惑って、それから何事もなかったかのように微笑んだ。


「ちょっとね。今日は留守番」

「聞かれたくないんだろうけど、本当にどういう関係? 気になっちゃうなあ」

「わかってて聞かないでよ」


 あはは、とオリヴィアは笑うと、顔をあげた。


「ありがとう。傷がちゃんと修復されてるし、すっかり綺麗。クレジットはいつもみたいに振り込みで良い?」

「それでお願い」

「で、さっそくまた傷物があるんだけど、ちょっと見てくれない?」


 オリヴィアの言葉に、ソフィーは頷きかけて、小さく「あ」と声を漏らした。

 紡ぎ手の蜘蛛ウィーバー・スパイダーはセティが食べてしまった。傷の修復をするなら、セティに頼まないといけない。

 セティはまだ閉じたままだ。引き受けてしまっても大丈夫だろうか。


「何? 何か問題でもあった?」


 ソフィーは慌てて首を振る。


「ううん、なんでもない。傷物、見せてみて」


 ソフィーはオリヴィアから傷物の(ブック)を受け取って眺める。


(セティはきっとまた開く。開いたら頼んでみよう。きっと大丈夫だから)


 渋々だろうか、それともチョコレートのためなら張り切ってやってくれるだろうか。「俺ならこんなのどうってことない」なんて言うかもしれない。

 そんなことを考えて、ソフィーはくすりと笑う。


「うん、修復できると思う。預かるね」

「いつもありがとう。紡ぎ手の蜘蛛ウィーバー・スパイダー、何かあったら買い取るからね! いつでも!」


 オリヴィアの言葉はいつものものなのに、ソフィーはそれにもうまく返すことができなかった。(ブック)はセティが食べてしまった。オリヴィアにはもう、売ることはできない。

 ソフィーの微妙な間を感じたのか、オリヴィアは不思議そうな顔で大きな目を瞬かせた。

 慌ててソフィーは微笑みを返す。


紡ぎ手の蜘蛛ウィーバー・スパイダーは手放せないかな」

「まあ、そうだよねえ。気が変わったらいつでも教えてよ」


 オリヴィアがいつも通りに返してくれることにほっとして、ソフィーは小さく肩をすくめてみせた。


「気が変わることはないと思うけどね」

「そりゃそうだ」


 あはは、とオリヴィアは笑う。


「さてと、他に用事は? 何か買い取りとかする?」


 小さい体をカウンターの上に乗り出して、オリヴィアはソフィーの顔を覗き込んだ。

 不意にソフィーは、オリヴィアになら話しても良いんじゃないか、と考えてしまった。セティという特別な(ブック)のこと。シジエムという(ブック)に襲われたこと。


(オリヴィアのことは信用してる……でも)


 セティという特別な(ブック)の存在を語ることで、何かに巻き込んでしまうような、そんな予感があった。

 少しためらってから、ソフィーは別のことを口にした。


「オリヴィアは、写し(コピー)って聞いたことある?」

写し(コピー)? それはまあ……話に聞くだけなら。あれでしょ? 元になる(ブック)の知識を再現して(ブック)を造る知識があるって」


 ソフィーが持ち出した突然の話題に、オリヴィアは少し戸惑いながらも言葉を返した。


「そう、その写し(コピー)

「どうして突然?」

「あ、ううん、深い意味はないんだけど。修復の知識に何か繋がりがありそうだなって思いついたものだから」


 ソフィーの言い訳に、オリヴィアは小動物のように首を傾けたけど、いぶかしむような表情は見せなかった。代わりに、眉を寄せて渋い顔をする。


「修復と写し(コピー)か……どうかなあ。はっきりしてない知識だっていうのは確かに共通点だけど……。

 写し(コピー)に関しては、写し(コピー)だろうっていう(ブック)があって、それでそういう知識があるんじゃないかって言われてる段階だからね。その知識をアンブロワーズが(ブック)に残してるかもはっきりしてないし。

 手がかりにするには難しいかもね」


 ソフィーは苦笑して、小さく首を振った。


「そうだよね。何か手がかりになったらって思ったけど、考えたら無茶苦茶だった。変なこと言ってごめんね」

「ううん。その辺の研究が進んで何か情報が入ったら、ソフィーにも教えるね」

「ありがとう」


 オリヴィアはソフィーの顔を下から覗き込んで、笑顔を見せる。周囲がぱっと明るくなるような、そんな笑顔だった。


「少なくともさ、ソフィーは紡ぎ手の蜘蛛ウィーバー・スパイダー所有者(オーナー)なわけでしょ。その時点で、修復の知識が(ブック)になってるのは確かなんだから。きっと、もっと深い修復の知識だって、いつか見つかるよ。

 そうじゃなくてももしかしたら、この先もっと研究が進んで、いろんな知識が再現できるようになるかもしれないし」


 オリヴィアの精一杯の慰めに、ソフィーも笑顔を返した。


「うん、ありがとう。とりあえずは、こつこつと書架(ライブラリ)に潜ってくことにする」

「頑張ってね。良い(ブック)があれば、また買い取るよ!」


 小さい体で目一杯手を振るオリヴィアに見送られて、ソフィーは店を後にした。




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