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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第五章 爆炎の赤竜(ドラゴン・ルージュ・ド・エクスプロジオン)
31/105

31 白い頁はなんのために

 (ドラゴン)の巨体が、少しずつソフィーに迫っていた。炎も、尻尾も、前脚の鉤爪も、ソフィーを追い詰めるように動いて、ソフィーは徐々に逃げ場を失ってゆく。


「ソフィー!」


 リオンが疾風の大鷲(ゲール・イーグル)を操って、(ドラゴン)の鼻先ぎりぎりを飛ぶ。(ドラゴン)は邪魔そうに顔を振ったけれど、それもほんのわずかのこと。ソフィーを追い詰めるのは止まらない。

 ソフィーは碧水の蛙アクアルーラー・フロッグをうまく操って致命傷を避けてはいたが、体はもう限界に近かった。

 ソフィーの背中にごつごつとした岩肌が当たる。そこに体重を預けて、ソフィーは短く浅い呼吸を繰り返す。肩は大きく上下していた。

 地面にこすられた擦り傷、打ち身、その痛みを我慢して止まらずに動き続けている。疲労でぼんやりしてくる頭を、痛みで引き戻す。

 ぼろぼろになったソフィーの様子に、シジエムは(ドラゴン)の攻撃を止めた。


「ねえ、セティエムを返してくれるなら、あなたたちを見逃してあげても良いのだけれど」


 穏やかなシジエムの誘惑の声に、ソフィーは精一杯反抗する。傷ひとつなく服も髪も乱れずに佇んでいるシジエムを、ソフィーは力強く睨みつけた。


「あなたにセティは渡せない! セティの知識も経験も、失くさせたりしない!」

「でも、このままじゃあなたたち死んじゃうでしょう?

 だったら、これはあなたにとって悪い話じゃないはずだけど。あなたもあの人間も死なずに済むし、わたしはセティエムを連れて帰れる。

 そしてセティエムは書架(ライブラリ)の奥でわたしたちと平和に暮らせる」

「セティは!? セティの意思はどこにあるの!? セティは知識を手に入れて成長したいって言ってるじゃない! だったらわたしはそれを守る!」


 シジエムはうんざりしたように大きく息を吐いた。


「セティエムは造られたばかりだから、まだわかってないのよ。(ブック)は造られたままが、一番綺麗なのに」

「そんなことない! 知識は使われてこそ知識になる! セティの頁だって埋めるためにあるの!」

「じゃあ好きにすれば良いわ、傲慢な人間。あなたが死のうがどうしようが、わたしには関係のないことだもの」


 (ドラゴン)が長い尻尾を振るう。シジエムの金の髪が、黒いスカートがなびく。

 逃げ場のないソフィーは、碧水の蛙アクアルーラー・フロッグの水で塊を作って自分の前に出す。水の塊ごと壁に叩きつけられる。尻尾の衝撃は、ある程度水が吸収してくれた。壁と自分の背中の間にも水の塊を作って、それで背中は守った。

 それでも、強い衝撃で尻尾と壁に挟まれたのは、息が止まるほどの衝撃だった。声も出せずに、空気の塊を吐き出して、壁にもたれかかる。


碧水の蛙アクアルーラー・フロッグもそろそろ限界だ……)


 ソフィーは自分の道具袋(ポーチ)の中身を考える。


(身を守るだけじゃ駄目だ。何か反撃できそうな……白輝の一角獣(ルミナス・ユニコーン)はセティにあげちゃったし、炎の蝶(フレイム・バタフライ)も……)


 疲労でぼんやりとして、考えがまとまらない。身体中をさいなむ痛みも、ソフィーの思考を邪魔していた。

 (ドラゴン)の前脚がソフィーを叩こうとする。大鷲(イーグル)が、リオンがソフィーとの間に割って入るが、(ドラゴン)はお構いなしに前脚を振り下ろした。


碧水の蛙アクアルーラー・フロッグ!」


 大きな水の塊で、振り下ろされる前脚に一瞬の隙をつくる。その間に大鷲(イーグル)はひらりと飛び去って、ソフィーも間一髪、鉤爪を逃れた。


(セティが……セティがいてくれたら……)


 ソフィーは唇を噛んで、手にした(ブック)姿のセティを握りしめる。

 はぐれると面倒だからと、手を握られた。その手は人間と同じで、温かかった。


所有者(オーナー)として認めてない、なんて言ってたけど。それでも一緒にいてくれたのは、多少は認めてくれていたんだと嬉しいな)


 生意気な口調だけど、本当に子供みたいな反応もして、見知らぬものを怖がったり、驚いたり、怒ったり、笑ったり、いろんな反応を見せてくれた。


(本当に特別な(ブック)なんだ)


 ソフィーには、人間と変わらないように思えた。人間の子供だ。年相応に好奇心があって、ちゃんと意思があって、考えて成長している。


(そうだ、今はわたしがセティを守らなくちゃ……)


 ソフィーは胸の前にセティを抱き締める。そのセティが、四角い(ブック)が、ほんのりと温かいような気がした。

 そして、どくん、と脈打つように、四角い(ブック)が光を放つ。


「セティ……?」


 確かに無機質な(ブック)が、温かかった。まるで、セティの手を握っているように。その体を抱いているように。


「セティ!? 聞こえてるの!?」


 ソフィーの声に反応するように、(ブック)がぼうっと光る。それが鼓動のように、明滅する。


「もう逃げ場はないわね」


 シジエムがつまらなそうに言った。

 ソフィーは壁際に追い詰められて、その目の前には大きな(ドラゴン)が視界をふさいでいる。

 リオンは大鷲(イーグル)に乗って(ドラゴン)の目の前を横切るが、(ドラゴン)はもう見向きもしない。(ドラゴン)の眼は獲物であるソフィーを捉え、口元から炎が溢れる。


「さ、やって」


 そのシジエムの声はごく軽い調子だった。ソフィーにとどめをさすことも、きっとなんとも思っていないのだろう。

 (ドラゴン)は忠実に、その命令を守る。大きく開いた口から、大きな炎の塊が吐き出される。

 避ける場所はない。ソフィーが操る碧水の蛙アクアルーラー・フロッグの水程度では、防ぎきれない。

 それでもソフィーは諦めていなかった。希望を込めて、今は四角い(ブック)の姿をしているセティを握りしめる。


「セティ、開いて! 開け(オープン)! セティエム・グリモワール!」


 ソフィーの手の中で、(ブック)が光を放つ。その光は人間の姿になることはなかったが、代わりに炎を生み出した。

 小さな炎は、ゆらりと揺れて蝶の姿になると、はらはらと飛び立つ。次々と、炎は生み出され、蝶になって飛び立つ。

 セティとソフィーの意思によって生み出された無数の炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラム。ソフィーを守る、炎の(はね)だった。




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