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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第五章 爆炎の赤竜(ドラゴン・ルージュ・ド・エクスプロジオン)
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29 シジエムとの対決

 疾風の大鷲(ゲール・イーグル)から飛び降りてシジエムを狙った。

 ソフィーもセティと一緒に鷲に乗り込んだのは、セティの所有者(オーナー)だからだ。(ブック)所有者(オーナー)が近くにいる方が、その力を、知識を発揮できる。

 セティは特別な(ブック)だけど、もしかしたらそういうところは他の(ブック)と変わらないかもしれない。それに賭けた。

 寸前でシジエムには気づかれて避けられたが、セティもソフィーもまだ諦めていなかった。一角獣(リコルヌ)の槍を持ち上げて、さらにシジエムに突きつける。

 シジエムは首を傾けてそれを避けたが、切っ先が白い頬に一筋の傷を作る。その傷から、インクのような黒い液体がつ、と流れ落ちる。

 (ドラゴン)が大きく動いて、セティはバランスを崩して(ドラゴン)の背中を滑り落ちた。それをソフィーが支えて、背中の上で踏みとどまる。

 シジエムはその二人を無表情に見下ろした。

 片手を持ち上げて、頬の傷をそっと撫でる。ぼうっとした光が、その傷を包んで、次の瞬間には何事もなかったかのように傷は塞がっていた。

 その手で乱れた髪の毛を掻きあげれば、ちぎれたリボンも元どおりになる。


「この程度の傷、再生(レジェネラシオン)があれば傷とも言えない。ねえ、再生(レジェネラシオン)を持ったわたしが負けることはないと思わない?」


 セティは(ドラゴン)の背中の上で槍を構えなおす。その切っ先をシジエムに突きつける。


「なら、その知識が使えなくなるまで壊してやる」


 ソフィーはセティの腕に自分の手を添えて、シジエムを睨みあげた。


「それにあなた、自分じゃ攻撃できないんでしょ? だからこうやって(ドラゴン)なんか連れてきて」

「じゃあ、あなたたちには何ができるの? セティエムだってもう限界でしょう?」

「まだ動ける!」


 セティはシジエムに向かって跳ねた。シジエムを捉えようとする槍の切っ先を、けれどシジエムはふわりと避けた。(ドラゴン)の首に、槍が突き刺さる。

 すぐにセティはそれを横に薙ぎ払う。シジエムはその場で跳んでそれを避ける。ふわりと、スカートが膨らむ。


「動きが鈍いわよ。かなり無理をしてるんじゃない?」

「うるさい!」


 セティはまた槍をシジエムに向かって突き出す。シジエムはそれを難なくかわした。まるで踊っているかのように、金の髪が揺れる。


碧水の蛙アクアルーラー・フロッグ


 ソフィーの声とともに、シジエムに向かって鋭い針のようなものが飛んでゆく。それは、水で作られた小さな凶器だ。

 シジエムはそれもかわしたが、黒いスカートの裾に小さな穴があいていた。


「あら」


 シジエムはスカートの裾を払う。その手が触れると、その穴も何事もなかったかのように塞がっていた。


「セティ、援護するから! 攻撃を続けて!」

「命令するな! そんなのわかってる!」


 ソフィーの碧水の蛙アクアルーラー・フロッグが作り出す小さな鋭い水の針。セティが突き出す一角獣(リコルヌ)の槍。

 シジエムは(ドラゴン)の肩の上で、踊るようにそれらを回避する。

 多少の傷を受けることを気にする様子もない。その白い肌も、黒い服も、金の髪も、傷つけたと思ってもその端からシジエムは再生してゆく。

 ふふふ、とシジエムは笑う。


「もう諦めたら? どれだけやっても無駄。それに、向こうの人間だって、そろそろ限界じゃない?」


 金の髪をなびかせながら、シジエムは白い指先を(ドラゴン)の向こうに向ける。

 そこには、(ドラゴン)の攻撃を避けながら飛び回る大鷲(イーグル)の姿があった。その背中にはリオンが乗り込んでいる。

 セティがその指先につられて視線を向けようとするのを、ソフィーの声がさえぎった。


「セティ、見ちゃ駄目! こっちに集中して!」


 はっとしたように、セティは一角獣(リコルヌ)の槍を構えなおす。その視線はシジエムをしっかりと捉えていた。


「あら、仲間のことは心配じゃないの? 人間て随分と薄情なのね。ああ、ほら、もうすぐ落ちそう。今度こそ死んじゃうかも」


 シジエムの言葉を止めるように、ソフィーが水の針を飛ばす。そのタイミングでセティも槍を突き出す。シジエムの袖が引き裂かれて、黒い液体を飛ばす。


「リオンなら大丈夫! わたしたちは探索者(ブックワーム)だもの! このくらいで負けやしない!」


 ソフィーは攻撃を緩めずに、シジエムの体を狙ってゆく。ソフィーの攻撃はシジエムにたいした傷を作れない。だからシジエムは油断しているのだ。当たっても構わないとすら思っている。

 その傷は確かにすぐに再生されてしまうけれど、でも、それでも、その積み重ねがどこかでシジエムを打ち崩せると、ソフィーは信じていた。信じて、攻撃するしかできなかった。

 そのソフィーの攻撃の合間に、セティは槍を突き出して、薙ぎ払って、(ドラゴン)の肩の上でシジエムを追い詰めてゆく。

 足場は狭い。大きな槍を避け続けるのは無理がある。だからきっと、この攻撃は届く。セティはそう信じて、槍を操り続けた。

 シジエムは追い詰められているというのに、笑みを崩さなかった。破れた服も、乱れた髪も、傷ついた肌も、全て自らの知識で再生をして、くるくると踊り続ける。

 ソフィーが飛ばした水の針で、また頬に傷がつく。黒い液体が白い頬から顎に流れ落ちる。シジエムの手が持ち上がって頬の傷に触れたその瞬間、セティは大きく踏み込んだ。

 槍の穂先がシジエムの体に迫る。


(捉えた!)


 けれど、槍はシジエムの体に届かなかった。届く直前に、槍は光になって消えてしまった。セティの体も、ぼうっと光を放っている。


「え……?」


 セティは空っぽになった自分の手を見る。その手の輪郭が光になって、消えてゆく。限界だった。セティが、閉じられてゆく。

 曖昧になった輪郭は、小さく集まって四角い(ブック)の姿に変わる。


「セティ!」


 ソフィーの声に、セティは振り向くこともできなかった。




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