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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第五章 爆炎の赤竜(ドラゴン・ルージュ・ド・エクスプロジオン)
26/105

26 シジエムの知識は

 セティはその小さな体で、自分よりも大きい一角獣(リコルヌ)の槍を構える。

 シジエムは、(ドラゴン)の肩に座ったまま、冷たい目でセティを見下ろしていた。

 (ドラゴン)が、顔を持ち上げて喉を伸ばす。その口元からは、すでにちろちろと炎がこぼれ出ていた。


碧水の蛙アクアルーラー・フロッグ!」

氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴル!」


 炎を防ぐための、水のカーテンが、氷の壁が、セティとソフィーの前に現れる。

 リオンは、大鷲(イーグル)を操って今にも炎を吐き出そうとしている(ドラゴン)の鼻先を飛んだ。邪魔そうに、(ドラゴン)が大きく首を降る。そして、その顔が大鷲(イーグル)を追いかけて口を開く。

 吐き出された炎を、大鷲(イーグル)は羽ばたいて、風の力も借りて上空にかわした。

 セティは氷の壁の上に飛び乗ると、ぐ、と膝を曲げて体を沈ませた。そして、(ドラゴン)の喉元に向かって、跳んだ。

 水のカーテンを破って。真っ直ぐに。標的に向かって。その跳躍もまた、白輝の一角獣リコルヌ・リュミヌーズの知識だった。

 白銀の槍が(ドラゴン)の喉元に食い込む。全ての勢いと、体重をかけて、セティは槍を押し込んだ。

 傷口からインクのような黒い液体があふれ出る。それは、(ブック)の知識だ。(ドラゴン)は口を上に向けて、咆哮した。

 セティは槍を抜く。傷口から、黒い液体がぼとぼととこぼれ落ちる。止まらない。

 セティは地面に飛び降りる。難なく着地できたのも白輝の一角獣リコルヌ・リュミヌーズの知識のおかげだ。そして一跳びでソフィーの隣まで戻ってきた。

 (ドラゴン)は大きく頭を振って暴れる。暴れるたびに、傷口から黒い液体はあふれ出て、辺りに飛び散った。

 傷は深い。致命傷に見えた。紡ぎ手の蜘蛛ウィーバー・スパイダーの糸でも修復はできない、知識の深くまで損なわれた傷。今もその知識は失われ続けている。

 セティも、ソフィーもリオンも、その光景に希望を見出した。これなら(ドラゴン)を打ち倒せる。勝てる!

 三人の表情がそれぞれに、明るく輝く。

 シジエムは慌てる様子もなく、なだめるように(ドラゴン)の鱗を撫でた。その手が、指先が、ぼうっと光を放つ。その光が赤い鱗を撫でていき、喉元を登って傷口に辿り着く。

 シジエムの光に覆われると、傷口からあふれる黒い液体が止まった。そのまま傷口がふさがってゆく。光の中で、(ドラゴン)の皮膚が鱗が再生してゆく。そして気づけば、何事もなかったかのように、傷は消えていた。


「わたしの知識は再生(レジェネラシオン)。どんな(ブック)のどんな傷でも再生できるの」


 シジエムの声は静かだった。気づけば、(ドラゴン)の咆哮も止まっていた。

 自分の力で(ドラゴン)の傷がふさがったのを確認して、シジエムは微笑んでセティを見下ろした。


「何をやっても無駄。あなたたちにこの(ブック)は倒せない」


 見出した希望は、まるで幻のように消えてしまった。

 (ドラゴン)の頭上を飛びながら、リオンは小さく舌打ちした。


「また最初っからやり直しかよ」


 毒づく声は天井高く、誰にも届かなかった。

 ソフィーの隣で、セティは片膝をついた。(ドラゴン)との対峙を助けてくれるはずの一角獣(リコルヌ)の槍が、急に、大きく重く感じられた。

 体の輪郭がぼんやりと揺らぐ。頭を振って、踏みとどまる。

 まだ、閉じるわけにはいかない。セティは必死に顔をあげて、シジエムを睨んでいた。その瞳は、まだ希望を失ってはいなかった。

 隣でソフィーは、次の(ドラゴン)の動きに備える。セティは疲れている。(ドラゴン)の動きに反応できていない。

 炎であれば碧水の蛙アクアルーラー・フロッグで多少はしのげるが、前脚や尻尾での打撃を防ぐ手立ては今のソフィーにはない。


(いざとなったら、自分が抱えてでもセティを守る。セティに託す)


 リオンが、(ドラゴン)の視界を横切るように大鷲(イーグル)を飛ばす。(ドラゴン)の大きな眼が、それを追って動く。吐かれる炎と、風に乗ってそれを避ける大鷲(イーグル)。繰り返された光景。

 けれど、(ドラゴン)の尻尾が、まるで虫でも払うように動いた。セティは咄嗟に動けなかった。ソフィーはセティを抱えて、その腕の中にかばった。


氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴル!」


 反応は遅れたが、セティは氷の壁を作り出した。伸び上がる途中の壁は、たやすく崩され、尻尾はそのままソフィーの体を打ち払った。


「ぐ、ぅ」


 苦しげな呻き声をあげて、セティを抱えたままソフィーの体が地面を転がる。それでもソフィーの腕は、セティの体を頭を守っていた。


「ソフィー!」


 転がったソフィーの体から抜け出して起き上がると、セティはソフィーを覗き込んだ。ソフィーは地面に転がったままセティを見上げて微笑んだ。


「大丈夫、少し痛かったけど、このくらい平気」

「でも!」


 ソフィーが起き上がろうとして顔をしかめる。セティは目を見開いて、その苦しげな表情を見つめた。

 さらに追撃をしようと、(ドラゴン)が前脚を持ち上げる。その目の前に、大鷲(イーグル)は降りていった。前脚のすぐ前、ぎりぎりのところを飛ぶ。ソフィーから少しでも意識をそらせるために。


「ああ、本当に邪魔ね。先にそっちをなんとかしちゃって」


 シジエムが感情のない声で(ドラゴン)に命じる。(ドラゴン)が炎を吐き出して、リオンはそれをぎりぎりで避ける。何度も繰り返すうちに、大鷲(イーグル)の動きにも疲れが見えていた。

 リオンは少しずつ下に下に追い詰められていた。そこへ前脚が襲いかかる。わずかに避け損なって、大鷲(イーグル)の羽が宙を舞った。

 間髪入れずに長い尻尾が大鷲(イーグル)とリオンを叩く。リオンは大鷲(イーグル)ごと、壁に叩きつけられた。寸前のところで、疾風(ゲール)で衝撃を多少は弱めることはできたが、それでもそのまま地面に崩れ落ちた。

 ふふ、とシジエムが笑う。


「セティエム、もうわかったでしょう。あなたたちでは勝てない」


 体を起こそうとするソフィーを抱えて、セティエムは唇を震わせた。そんなことないと言い返したいのに、言葉が、何も出てこなかった。

 さっきまで感じていた勝利の希望は、今はもう粉々に打ち砕かれてしまっていた。


「ねえ、セティエム。わたしは人間たちには興味はないの。だから、あなたがわたしと一緒に来るなら、そこの人間たちは殺さずに見逃してあげる」


 その提案がまるで慈悲深いものであるかのように、シジエムは微笑んだ。造り物めいた顔で。

 セティはその表情を見上げながら、ソフィーの手を握った。温かい。この体温が、失われてしまうのは嫌だと思った。




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