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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第四章 疾風の大鷲(ゲール・イーグル)
21/105

21 囮と罠

 リオンの狙い通り、次に舞い降りてきた大鷲はセティではなく斥候の蝙蝠(スカウト・バット)に向かってきていた。

 斥候の蝙蝠(スカウト・バット)はその耳で大鷲の動きを感知し、ぎりぎりで鉤爪をかわす。


「じゃあ、罠は任せたぜ」


 リオンは軽く片手をあげてウィンクした。そのまま斥候の蝙蝠(スカウト・バット)を使って、大鷲の意識がセティに向かないように、少しずつ距離をとってゆく。

 セティは目を閉じて深呼吸をする。

 その隣でソフィーが端的に罠の構造を確認してゆく。


「蜘蛛の巣を張るのが目的。そのために、まずはその支えになるような柱を作る。柱と柱の間隔は、あの鷲が通れるくらい。

 それから、蜘蛛の巣はしっかりと(ネット)状にして。破られないように、丈夫に」

「わかってる。できる」


 セティは目を開くと、体の両脇に向かって両手を持ち上げた。


氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴル


 氷色の兎が二羽、ぴょんと飛び跳ねた。二羽の兎はセティから少し離れた位置で、氷を生み出し始める。

 その氷はみるみる育ち、セティの背丈もソフィーの背丈もリオンの背丈も超えた。何もない草原に立つ、二本の木のように、氷の柱は育った。

 高い位置で、お互いに向かって枝を伸ばすように、氷は横にも伸びていった。

 兎たちがその根本で跳ね回り、太陽の光を跳ね返してきらきらと輝く。


紡ぎ手の蜘蛛ティセランド・アレニェ


 葉っぱも花もない氷の木に、無数の蜘蛛が群がる。きらきらと輝く氷に、蜘蛛が糸をかけ、巣を作ってゆく。

 蜘蛛の糸を助けるように氷が小さな枝を伸ばし、その枝からまた糸が伸びる。

 ふう、とセティはゆっくり息を吐く。


(大丈夫、できてる。ゆっくりやれば、二つ同時でも問題ない)


 本人の自覚とは別に、セティの集中力は体に影響を及ぼしていた。セティの体が、ぼんやりと光る。その輪郭が、ゆらりと曖昧になる。

 ソフィーはその姿に、不安を覚える。セティは無理をしている。声をかけた方が良いのかもしれない。でも、セティの集中を乱したくはない。

 結局のところソフィーは声も出せず、ただじりじりとセティの姿を見守っていた。


   ◆


 斥候の蝙蝠(スカウト・バット)はその小さな体で、大きな鷲を翻弄していた。その様子に神経を尖らせながら、リオンはちらりとセティとソフィーの方を見る。

 氷でできた大きな木が生えているかのようだった。蜘蛛の細い糸まではリオンからは見えないが、きっと進んでいるのだろう。


(もうしばらく持ちこたえて、罠が完成したら向こうに連れていく。それまでは、捕まらないように、逃げすぎないように。付かず離れず……)


 大鷲が気まぐれを起こしてセティを狙いにいくようなことがあれば、この計画は失敗する。そのためには、斥候の蝙蝠(スカウト・バット)で大鷲の気を引き続けなければいけない。


(最悪、俺が狙われる方がマシだな)


 ただ、リオンは今、大鷲の鉤爪から身を守る方法がない。いや、道具袋(ポーチ)にはちょうど良い(ブック)があった気がする。

 それを咄嗟に開くことも考えながら、吹き乱れる風になぶられる。


(それとも降りてきたところでうまいこと所有者(オーナー)になれないか……?)


 リオンはまた、セティの方をちらりと見た。罠はまだしばらく時間がかかりそうに見えた。


(だったら、ちょっと試してみるか)


 鋭く口笛を吹いて、斥候の蝙蝠(スカウト・バット)に合図する。合図なんかなくても(ブック)所有者(オーナー)の意図通りに動く。だから、これはどちらかと言えばリオン自身に向けたものだった。

 これから動くぞ、と、気合いを入れるための。

 そして、突風が吹き抜ける。

 斥候の蝙蝠(スカウト・バット)はリオンのすぐ前、地面に近いところを飛んでいる。そこをめがけて、大きく羽を広げた影が舞い降りてきた。

 強い風に抗いながら、リオンは前に踏み出す。斥候の蝙蝠(スカウト・バット)はそのリオンの足の下を潜って逃げる。つい今しがたまで斥候の蝙蝠(スカウト・バット)が飛んでいた場所に、今は大鷲の姿があった。リオンは大鷲に向かって手を伸ばして、体ごと飛びかかった。

 リオンの手が大鷲の羽を掴む。大鷲がめちゃくちゃに羽ばたき、風が強く吹き荒れる。


「我が呼び声に……っ!」


 大鷲の姿が光って、リオンの声は弾かれた。リオンはそのまま、強く吹き荒れる風と翼にもみくちゃにされる。

 大鷲はリオンを無視するように飛び上がる。リオンはそれでも大鷲の体に手を伸ばすが、暴れる大鷲に耐えきれず振り落とされる。地面に落ちる。

 一瞬、落ちた衝撃でリオンは呼吸を止めたが、受け身は取れた。ひどい怪我はない。


「駄目か」


 リオンは荒い呼吸で地面に寝転んだまま、飛び立ってゆく大鷲の影を見上げて溜息をつく。


(もっとしっかり動きを封じないと駄目だ)


 リオンはすぐに起き上がって、体勢を整える。斥候の蝙蝠(スカウト・バット)がその周囲を飛び回る。


(罠の方は……まだか)


 セティとソフィーの方をちらりと見て、状況を確認する。小さな蜘蛛や蜘蛛の糸は見えないが、セティの張り詰めた立ち姿、遠目に見える真剣な表情からまだ途中らしいということはわかった。


(仕方ない、もう少し粘るか)


 上空の影を警戒しながら、斥候の蝙蝠(スカウト・バット)を飛ばす。わざとらしくふらふらと、良い獲物に見えるように。

 今のところ斥候の蝙蝠(スカウト・バット)は大鷲の鉤爪を逃れ続けているが、いつまでも逃げ続けられるかはわからない。そんな状況が、リオンの焦りになっていた。

 そして、また突風が吹きつける。大鷲が舞い降りる。

 焦りが隙になったのかもしれない。斥候の蝙蝠(スカウト・バット)はまた、ゆらりと鉤爪を避けようとしたが、わずかに鉤爪が届く方が早かった。

 斥候の蝙蝠(スカウト・バット)の体が、鉤爪に掴まれる。


閉じろ(クローズ)!」


 リオンは咄嗟に命令しながら手を伸ばす。斥候の蝙蝠(スカウト・バット)の体がぼうっと光って、形を失い、四角い(ブック)の姿に戻る。

 鉤爪から、斥候の蝙蝠(スカウト・バット)(ブック)がこぼれ落ちる。リオンの手はそれを掴んだ。

 大鷲は勢いよく羽ばたいて、リオンの手から(ブック)を奪おうと広げた鉤爪を向けてきた。リオンの手袋が、袖が、鉤爪で切り裂かれる。皮膚が裂けて血がにじむ痛みを、リオンは顔を歪めて耐えた。

 リオンは背中を丸めて(ブック)をかばう。その背中を大鷲の鉤爪は容赦なく襲った。探索者(ブックワーム)向けの丈夫な上着(ジャケット)が切り裂かれる。背中が熱を持ったようにじんじんと痛む。


「リオン!」


 ソフィーの声に視線をやれば、セティが地面に座り込んでいた。どうやら罠ができたらしい。

 リオンは手にしていた(ブック)を、罠のある方に向かって投げる。


開け(オープン)! 斥候の蝙蝠(スカウト・バット)!」


 投げられて飛んでゆく(ブック)が形を変えて、蝙蝠の姿になる。大鷲はリオンの手から放たれたそれに興味を移して、追いかけてゆく。

 そしてリオンもそれを追いかけて、走り出した。背中の痛みを意思の力で押さえ込んで。




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