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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第一部 探索者(ブックワーム)と本(ブック)の少年 第一章 本(ブック)の少年
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2 生意気な少年

 まぶたを持ち上げた少年は、何回か瞬きをしてから周囲を見回した。部屋の中はソフィーの肩に止まっている炎の蝶(フレイム・バタフライ)しか明かりがない。少年はわずかに目をすがめてから、諦めたように小さく息を吐いて首を振った。

 黒い髪がさらりと揺れる。

 ソフィーはその様子を見ながら、どうするかを考えていた。人の姿をしているということは、この(ブック)は話せるのだろうか。こちらの言葉を理解はできるだろうか。


(なんにせよわたしは所有者(オーナー)なんだから、意思は通じるはず……だよね?)


 それで、そっと声をかけることにした。


「あの、あなたは」


 その声を遮って、少年はソフィーを睨みあげた。


「お前みたいなのが所有者(オーナー)だなんて、俺は認めないからな!」


 声変わり前の、透き通った声だった。

 ソフィーは最初ぽかんと口を開いて──少しして、何を言われたのかをようやく理解した。

 開いている(ブック)所有者(オーナー)になることを拒否されることはある。そういう(ブック)は、動きを止めたり疲れさせたりと所有者(オーナー)になるまでに苦労することになる。

 でも、そういう(ブック)だって、所有者(オーナー)になった後に、こんなふうに拒否されることはなかった。

 少なくとも、ソフィーは今まで、そんな話を聞いたことはない。


「待って。だって、わたしちゃんと所有者(オーナー)になったはずだけど?」

「それでもだ! 俺の所有者(オーナー)は、アンブロワーズのじいさんだけだ!」

「アンブロワーズって書架(ライブラリ)の……」


 ソフィーは瞬きをする。

 書架(ライブラリ)を作った魔術師アンブロワーズだけが所有者(オーナー)だという少年。ありえないことばかり。飲み込み難いことばかり。だけど、やはりこの少年は(ブック)ではあるらしい。

 少年の姿の(ブック)は、自慢げに胸をそらして、顎を持ち上げた。


「俺をその辺の(ブック)と一緒にするなよ。俺は特別なんだからな」

「ええっと……」


 ソフィーの中にはいろんな疑問が渦巻いてはいたけれど、一回首を振って全部脇に置くことにした。

 今はとにかく書架(ライブラリ)を出て、落ち着いて話せば良い。そう思ったのだ。


「わかった。ともかく、外で話しましょう。ちょっと待っててね」


 ソフィーはそれだけ言うと、いつも自分の(ブック)にしているみたいに、手を差し出して命令する。


閉じろ(クローズ)

「いやだ! 命令は聞かない!」

「は!?」


 (ブック)は、所有者(オーナー)の意思と命令に従うものではなかったのか。命令を拒否されて、ソフィーは混乱した。


「どうして!? わたしちゃんと所有者(オーナー)よね!?」

「だから認めないって言っただろ! 命令も聞かない!」


 ふふん、と少年は自慢げな顔で腕を組む。

 ソフィーは額を押さえて溜息をつく。


「命令を聞かないなんて、どうやってやってるの」

「俺は特別なんだ。なにせ、アンブロワーズのじいさんの最後の作品にして、最高傑作だからな」


 少年は人差し指をぴんと立てて、びしっとソフィーに突きつけた。


「お前なんかに、この俺が扱えるはずがないんだ」

「どういうことなの……」


 ソフィーの混乱が伝わったのかどうか、肩に止まっていた炎の蝶(フレイム・バタフライ)が羽ばたいて、周囲を飛び回り始めた。

 少年はその姿に気を取られて、炎の蝶(フレイム・バタフライ)を視線で追いかける。その口元に、人を馬鹿にしたような笑みが浮かんだ。


「ふん、こんな小物で良い気になってるなんて。やっぱりどうってことないな、お前」


 その姿は、生意気な少年そのもの。生意気で、わがままで、偉そうで、言うことを聞かない子供。

 でも、(ブック)なのだ。

 本人の言葉によれば、魔術師アンブロワーズの最高傑作。


(いったい、その中にあるのはどれほどの知識なの……?)


 ソフィーは少年の姿を見て考える。

 きっと、自分はとても運が良い。そのくらい、この少年は貴重な(ブック)なはずだ。せっかくその所有者(オーナー)になれたのだ。手放したくない。

 ソフィーは腰をかがめて、少年と視線の高さを揃えた。顔を覗き込めば、少年はきょとんとした顔でソフィーを見返した。

 そういう表情は、まるっきり年相応の幼さを持っていた。


「あのね。ともかく、書架(ここ)を出てどこか落ち着けるところに行きましょう」


 ソフィーの言葉に少年はつまらなさそうに唇を尖らせた。


「命令は聞かないからな」

「これは命令じゃなくて、お願い。あるいは、提案。

 あなたは最高傑作なんでしょう? わたしはそんなあなたに興味があるし、話を聞きたい。その間に、あなたもわたしのことを知ってちょうだい。

 それでももし、あなたがわたしのことを認めないなら、わたしはあなたの所有者(オーナー)になるのを諦めるから。

 なんにせよ、落ち着いて話す時間が必要だと思わない?」


 少年は、ソフィーの顔を見たまま、何度か瞬きをした。それから首を傾けて、何かを考えるように視線を揺らす。

 ソフィーは辛抱強く、少年の言葉を待っていた。

 次に少年がソフィーを見たとき、ソフィーにとっては思いがけず、少年は不安そうな表情をしていた。


書架(ライブラリ)の外に出るのか?」


 ソフィーはその表情に気づかない振りをして、なんでもないように頷いた。


「そうね。その方が安全だし。落ち着いて話もできると思うし」

「俺は……外に出たことがないから……」


 少年が、眉を寄せてうつむく。ソフィーは柔らかく微笑んだ。


「大丈夫。別に怖いことはないから」

「別に俺は怖いわけじゃないんだからな! 俺は最強なんだ、怖いものなんてない! ただ! ただ……外のことはわからなくて、初めてだし、うまく判断できなくて……でも、怖くないから、行く」


 最後の方はふてくされたような声になっていた。

 ソフィーは何気なく、その頭に手を置いて、さらさらと流れるまっすぐな髪を撫でた。少年がすぐにその手を払いのける。


「子供扱いするな!」

「えっと、わかった。ごめんね」

「外に行くんだろ! さっさと行くぞ!」


 さっきまでの不安そうな表情はどこにいったのか、少年はもうすっかり偉そうに胸を張って顎を持ち上げている。

 ソフィーは苦笑して、かがめていた腰を伸ばした。それからふと、思い出したように声をかける。


「あのね、わたしはソフィーっていうの」

「……ソフィー?」

「そう、わたしの名前。あなたは? なんて呼んだら良い?」


 所有者(オーナー)になると、(ブック)が持っている知識とその題名(タイトル)も知ることができる。ソフィーはこの(ブック)所有者(オーナー)になって、当然にその題名(タイトル)も知れたけれど、それをこの少年の呼び名にして良いのか、ソフィーにはわからなかった。

 少年は少し、何かを思い出すように視線をさまよわせた。それからふと、呟く。


「……セティ。そう、言われた」

「そう、セティね。とりあえず、よろしく」


 よろしく、と言われたセティは、どう反応したら良いかわからないかのように、そわそわと落ち着きなく周囲を見回して、それからぐいと顎を持ち上げた。


「ふん、よろしくしてやる」


 話せば案外素直な子かもしれない。そう思ってソフィーは、ふふっと笑った。





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