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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第四章 疾風の大鷲(ゲール・イーグル)
18/105

18 はるか頭上に

 扉の中は、どこまでも続く草原だった。

 三人が扉の中に入ると、扉は自然と閉まり、その姿を消した。三人は(ブック)の獲物として部屋に閉じ込められたのだ。

 強い風が吹き抜け、短い草がざわざわと揺れて三人の足元をくすぐる。

 風は涼やかにソフィーの肌を撫で、茶色の髪を乱した。セティの黒い髪も乱れて、風に舞っている。

 どこまでも広がる草原のよく晴れて気持ちの良い光景に、リオンは一瞬目を奪われかけた。

 ソフィーは警戒して周囲を見回した。見渡す限り、視界を遮るものはない。(ブック)の本体が隠れていそうな場所は、見当たらない。


「姿が見えない可能性もある、か」


 リオンも気を取り直して、すぐに周囲を警戒する。


「あるいはこの草に隠れるくらいに小さいとかな」


 ラチがあかないと、ソフィーは道具袋(ポーチ)に手を伸ばした。


羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)で居場所を」


 その言葉が終わるより前に、突風が吹く。強い風に煽られて、ソフィーとリオンは腕で顔をかばって足に力を入れた。体の小さなセティがよろめく。


「セティ!」


 ソフィーがセティに向かって手を伸ばす。

 そのとき、三人の頭上に影が落ちた。


「上かっ!」


 強い風に目を細めながらリオンが上を向いたとき、それはもうほとんど目の前に迫っていた。

 大きな鷲だった。翼を広げた姿は、人間の背丈よりもずっと大きく、人間だって掴んで運べてしまえそうだ。

 その大鷲が、鋭い鉤爪を広げて迫っていた。


氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴル!」


 セティが風に押されて倒れながら、手を持ち上げる。澄んだ氷色の兎の儚げなようでしなやかで力強い姿が宙で跳ねる。

 三人の頭上に屋根のように氷が広がる。大鷲は鉤爪を地上に向けたまま突っ込んできたが、セティが造りだした氷にぶつかった。

 その勢いに大きな音が響いて氷が砕ける。大鷲は大きく羽ばたいて空中で姿勢を整えると、すぐに高く舞い上がっていった。

 砕かれた氷の破片がきらきらと輝きながら降り注ぐ中、倒れかけていたセティの腕をソフィーの手が掴んで支える。

 セティの腕を掴んだまま、ソフィーは天井を見上げた。逆光に目を細める。

 見上げた先に天井はなかった。どこまでも高く、吸い込まれそうな青空の中央に太陽が輝いている。はるか上空でゆったりと飛び回る小さい影が、きっとさっきの大きな鷲だろう。


「あれが(ブック)の本体ね、きっと」

「あれだけ高いと手は出せない。降りてきたところを捕まえるしかないな」


 リオンは目の上に手をかざして、空を見上げていた。


「おい……」


 姿勢を整えて地面の上にちゃんと立ったセティが、ソフィーに声をかける。


「もう離せ、大丈夫だから」


 セティはうつむき気味で、ソフィーから表情がよく見えなかった。だからソフィーはセティの手を離したあと、膝を曲げて顔を覗き込んだ。


「セティの氷華の兎フロストブルーム・ラビットのおかげで助かった。ありがとう」

「べ、別に! このくらいどうってことない!」


 セティはソフィーの視線から逃げて、横を向く。ふてくされたような、むすっとした顔で言葉を続けた。


「その、俺も……ありがとう、手」


 拗ねたような声だったけど、それは確かに感謝の言葉だった。ソフィーはふふっと笑って目を細めた。


「どういたしまして」


 セティはソフィーの顔を見て、何度か瞬きをして、それからうつむいた。耳が赤く染まっている。


「なんだよ、お礼言って照れるなんて、お前も案外可愛げがあるじゃないか」


 リオンの手が、セティの真っ黒い髪の毛をまぜっ返す。その手をセティは、すぐに払いのけた。


「う、うるさいっ! 照れてないっ!」


 言い返すその頬が、余計に赤くなる。

 リオンは手を払われたことを気にする様子もなく、にやにやとセティを覗き込んだ。


「俺にももうちょっと可愛げ見せてくれても良いんだぞ?」

「意味がわからない! お前なんか知るか!」


 嫌がるセティを面白がってにやにやとちょっかいを出すリオンに、ソフィーは呆れて溜息をついた。


「ちょっと、こんなところで言い合いなんかやめてよ。状況を考えて、二人とも」

「俺はやりたくてやってるんじゃない! こいつが!」

「なんだよ、俺はお前と仲良くなりたいだけだぜ?」

「俺はお前と仲良くなんかならない!」

「はいはい、今は黙って(ブック)に集中! リオンもあんまりセティをからかわないでちょうだい」


 セティは頬を膨らませて「俺は悪くないのに」と不満げに呟いた。その様子に、リオンはまだ何か言いたそうな顔をしていたけれど、ソフィーに睨まれてようやくセティから離れた。

 ソフィーが頭上を指差す。


「いつ(あいつ)が襲ってくるかわからない状況なのに」

「まあ、ずっと気を張り詰めてるのも疲れるからな。少し力を抜く時間があっても良いだろ」


 調子の良いことを言うリオンに、ソフィーは眇めた視線を向ける。けれど、続く言葉は出てこなかった。

 それよりも先に、突風と、大きな影が襲ってきたからだ。


氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴル


 セティが手を持ち上げる。

 空中を跳ぶ氷色の兎と、その周囲に広がる大きな氷。ガッとその氷が削れ、砕ける音。砕けた氷が周囲に飛び散って、降り注ぐ。兎がくるりと地面に着地する。

 ばさばさと羽ばたく音とともに、影が遠ざかってゆく。


「あの(ブック)、俺を狙いにきてる気がする」


 セティの言葉に、リオンは少しの間セティを見下ろしてから、にやりと笑った。


「ああ、つまり、一番小さいやつを獲物に選んでるんだな」


 セティが唇を尖らせて何か言い返す前に、ソフィーがリオンを咎める。


「リオンは、いちいちセティをからかうのをやめてちょうだい。話が進まないから」

「悪かったよ」


 セティはまだ何か言いたそうだったけど、ソフィーが不機嫌そうにしているから、何も言えなかった。

 リオンはちょっと肩をすくめてから視線を鋭くして頭上に向ける。すでに小さくなった影が、上空に見えた。


「さて、どうやって捕まえるかね」

「降りてきたところを足止め……か」


 ソフィーも頭上の影を見上げる。有効な作戦は、まだ思いつかないでいた。




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