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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第四章 疾風の大鷲(ゲール・イーグル)
17/105

17 部屋付きの本(ブック)

 ソフィーとセティ、リオンは休憩を切り上げて、書架(ライブラリ)を奥へと向かう。

 影狩の猟犬シャドウハント・ハウンドが罠を避けて歩く、その後に続く。今度はセティもおとなしく影狩の猟犬シャドウハント・ハウンドが先導する通りに進んだ。表情はしぶしぶではあったけれど。

 石積みの壁がずっと続く単調な廊下で、罠に気を張りながら進むのは神経が削られる。セティの表情がだんだんとうんざりしたものになってきた。


「おい、さっきから(ブック)は全然いないし、罠ばっかりじゃないか」


 リオンが足を止めて振り返る。影狩の猟犬シャドウハント・ハウンド所有者(オーナー)に従って、振り向くとその場でおすわりの姿勢になった。賢そうな顔を傾けて、静かに所有者(オーナー)を見上げて指示を待つ。


「そうは言っても書架(ライブラリ)の中でどこに繋がるかは運だからな」


 リオンは溜息をつきつつ、明るい金髪を掻き回した。ソフィーはなだめるようにセティに向かって微笑んでみせる。


「まあ、もう少し進んでみましょう? 羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)が奥に向かって鳴いたから(ブック)がいるのは間違いないし」


 それでもセティは「うう」と不満げな声を漏らした。リオンが軽く笑い声をあげる。


「空振りじゃないってわかってるだけマシだよ今日は。二冊目と出会えるのだって運が良いんだぞ」


 進むぞ、とリオンが足元の影狩の猟犬シャドウハント・ハウンドに声をかける。影狩の猟犬シャドウハント・ハウンドは静かに立ち上がって、尻尾を振って先に進み始めた。


「セティももうちょっと頑張って」


 ソフィーは励ましたけれど、セティは頷くこともしない。

 数歩先を行ったリオンが、思い出したように振り返る。


「それともお子様は、罠が怖くてもう家に帰りたくなったか?」

「子供扱いするな! 罠なんてどうってことない!」

「ちょっとセティ、そこの罠気をつけて! リオンもセティをからかわないで!」


 リオンは明るく「悪い悪い」と全く悪びれない顔で言った。セティは噛みつきそうな顔で、その背中を追いかける。

 ソフィーは溜息をついて、二人の後をついてゆく。

 大きな扉の前に出たのは、そこからさらに罠のある角を三つ曲がった後のことだった。

 ソフィーが羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)を開けば、黄金(きん)の鳥はひときわ高らかに美しく歌った。


「この中は(テリトリー)ね」

部屋付き(・・・・)か」


 部屋を自分の(テリトリー)にしている(ブック)を、探索者(ブックワーム)は「部屋付き」と呼んでいる。そうじゃない(ブック)よりも、危険なものが多い、というのが探索者(ブックワーム)の常識だった。

 部屋付きの(テリトリー)の中に入れば、(テリトリー)の中でさまよい続けるか、攻撃的な(ブック)の獲物になるか。運が良ければ(ブック)を倒せるだろう。さらに運が良ければ部屋の(ブック)所有者(オーナー)になれるかもしれない。

 なんにせよ、その(テリトリー)から簡単に出ることはできない。

 (テリトリー)だと気づかずにうっかりと入り込むかわいそうな探索者(ブックワーム)もいるし、もちろん、危険を承知で(テリトリー)に踏み込む探索者(ブックワーム)だって少なくない。

 その結果は、様々だ。


「中に(ブック)がいるんだろ? さっさと入れば良いじゃないか」


 セティは腰に手を当てて、扉が開くのを待っている。


「中に(ブック)がいるからこそ、準備してから入るの」


 ソフィーはセティを振り向いてから、高らかに歌う羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)を閉じた。


「準備? 何をするんだ?」

「こうやって不要な(ブック)を閉じたり、逆に(ブック)をいつでも開けるように確認したりとか、かな」

「いちいち開かないと使えないなんて、大変だな」


 セティは自慢げな顔で「俺は開かなくても使えるけどな」と続けた。


「俺たちは(ブック)じゃないからな、仕方ないだろ」


 影狩の猟犬シャドウハント・ハウンドが扉に鼻を近づけて、罠がないことを確認する。リオンはその頭を撫でてから閉じた。四角い(ブック)姿に戻った影狩の猟犬シャドウハント・ハウンド道具袋(ポーチ)にしまう。

 それから、上着(ジャケット)の合わせを一度開けて、もう一度しっかりと閉めなおした。リオンが着ているのも、探索者(ブックワーム)向けの防御機能がある上着(ジャケット)だ。


「本当は入る前にもっと準備したいくらいだ。入らないとどんな(やつ)がいるかわからないから、覚悟を決めて入るだけしかできないけどな」

「そうね。あらかじめどんな(ブック)がいるのかわかってるなら、もうちょっと準備しようもあるんだけど」


 リオンとソフィー、二人の探索者(ブックワーム)の言葉はセティにはぴんとこない。「覚悟」と小さく呟いただけだった。


「そうだ、覚悟。最終的にはそれで決まると思ってる、俺はな」

「そんなの、俺だって、覚悟くらいある」


 むすっとした顔でリオンを見上げるセティ。リオンは苦笑して、その髪の毛をわしゃわしゃと掻き回した。


「子供扱いするな!」


 セティの手がリオンの手を弾く。


「悪い悪い。子供扱いのつもりじゃなかったんだ。覚悟が決まってるなら、お前も立派な探索者(ブックワーム)だと思ったんだよ」

「なんだそれ。俺は(ブック)だ」

「でも(ブック)を集めるんだろ? だったら、俺たちと同じ探索者(ブックワーム)だ。つまり、俺やソフィーの仲間ってことだよ」

「仲間っていうより同業者(ライバル)だと思うけど?」


 割って入ったソフィーの言葉に、リオンは軽く肩をすくめた。


「同じだろ?」

「違うと思う」


 ソフィーの言葉は短く容赦なく、ぴしゃりとリオンを否定した。けれどリオンは気にする様子もなかった。


「俺は仲間だと思ってるよ。ソフィーも、お前もな」


 セティは意味がわからないとでも言いたげに、眉を寄せた。

 ソフィーは仕方ないとでも言いたげに頷いた。


「まあ、協力関係にあるってことは認める。今はね」

「今のところは、それで満足しておくよ」


 リオンはソフィーに向かってウィンクしたけど、ソフィーは呆れたように小さく息を吐いただけだった。


「仲間……同業者(ライバル)……探索者(ブックワーム)……覚悟……」


 ぶつぶつと呟いているセティの頭を、リオンの手がまたかき混ぜる。セティはその手を払うこともせずに考え込んでしまっている。


「難しく考えることはない。さっきも言ったけど、覚悟だよ。この(テリトリー)(ブック)を手に入れる、手に入れて書架(ライブラリ)を出るっていうな」

「覚悟ならある! 俺がいればどんな(ブック)がいたって大丈夫だ!」


 睨むように、セティがリオンを見上げる。リオンはにやりとした笑みを返した。


「期待してるぜ」


 三人は扉に向き直る。黙ってしまえば、通路は静かだ。その静寂の中、リオンが扉に手をかける。

 ソフィーは自分の鼓動を落ち着かせるために、小さく深呼吸した。大丈夫、と心の中で自分に言い聞かせる。

 セティは挑戦的に、開く扉を睨んでいた。

 そうして、三人は部屋付きの(テリトリー)の中に踏み込んだ。




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