表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第三章 碧水の蛙(アクアルーラー・フロッグ)
16/105

16 特別なセティ

 とにかく休憩が必要そうだ、とソフィーは判断した。リオンも同じだった。

 念のため影狩の猟犬シャドウハント・ハウンドで罠がないことを確認して、羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)(ブック)が遠いことも確認する。

 身を隠すこともできない通路だったけれど、そのまま座って休憩することにした。石積みの通路は静かで、さっきまでの緊張は静かな空気にゆっくりとほどけていった。

 ソフィーの頬の傷は、表面だけだったようだ。もう血も出ておらず、傷も塞がってほとんど見えなかった。


「傷が残らなそうで良かったな」

「そうね、たいしたことがなくて良かった」


 リオンの言葉に、ソフィーはにこりと笑みを返した。


「なんだ、このくらいで休むなんてだらしない。俺は全然平気(へーき)だぞ」


 セティはそう言って自慢げな顔をしていたが、ソフィーがチョコレートを出したらすぐに隣に座った。


「仕方ないから、付き合ってやっても良い」


 そんな言葉も、チョコレートのかけらを口に放り込んでにんまりと笑っているから、年相応の可愛げがあった。

 ソフィーも自分でひとかけ、チョコレートを口に含む。甘い香りが口の中で溶けてゆく。それと一緒に、疲労も溶けてゆくような心地だった。

 リオンもチョコレートを口にして、水を一口飲んだ。そうして一息ついて、口を開く。


「で、だ」


 リオンが何を話そうとしているのか、ソフィーはなんとなくわかって、黙って続きをうながした。


「そこのガキが普通じゃないのは、わかった。

 正直、(ブック)だっていうのはまだ信じられない。でも、(ブック)以外の何かだっていう気はしない。だから、そいつが(ブック)だっていうのは、信じるよ」


 ガキと言われて、セティが唇を尖らせる。それでも、何か言う前にソフィーがもうひとかけらチョコレートを渡して「黙っていて」と言ったから、セティは大人しくしていた。


「あのね、リオン、セティが(ブック)だっていうのは」

「秘密にしとけって言うんだろ。当たり前だ、こんなとんでもないこと、言えるかよ」

「ありがと」


 リオンは大げさに溜息をつく。


「それで、ソフィーはどうするつもりなんだ?」

「どうするって?」


 首を傾けるソフィーに、リオンは眉をしかめてみせた。


「あのなあ、わかってないわけじゃないだろ。人間になる(ブック)、しかも他の(ブック)を食べて知識を増やす? 普通じゃない。

 一攫千金どころじゃない、大発見だ。ヤバいやつだよ。これは探索者(ブックワーム)の勘だけどな、下手したら死ぬようなヤバさだ。

 それでも、ソフィーはこのガキの所有者(オーナー)をやり続けるのかよ」

「下手したら死ぬのは探索者(ブックワーム)やってる限り、変わらないじゃない?」

「あのなあ、そういうことじゃなくてだ」

「わかってるよ、ありがと」


 ソフィーは片手をあげて、身を乗り出してくるリオンを押しとどめた。それから、何を言うか考えるように黙って、その視線をセティに向ける。

 セティは、自分の話をされているのが気に入らないのか、少し不機嫌そうにして、でもソフィーに「黙って」と言われているからか、大人しくしていた。

 命令は聞かないなんて言っていたのに、とソフィーは少しおかしくなる。


「セティはやっぱり特別だと、わたしも思う。そんな(ブック)所有者(オーナー)になれて、わたしは運が良かったと思ってるよ」


 ソフィーはその言葉を、セティの方を見たまま言った。セティは瞬きをして、それから偉そうに胸を張った。


「そうだぞ、俺は特別だ。でも、俺はまだお前を所有者(オーナー)として認めたわけじゃないからな。今は一緒にいてやってるだけだ」

「そうだった。それでも、一緒にいてもらえるのは嬉しいよ」


 セティは「当然だ」と言いながらも、認められて、表情は少し嬉しそうだった。

 ソフィーはくすりと笑って、またリオンを見る。


「わたしが書架(ライブラリ)に潜ってるのは、知識が欲しいからなんだ」

「知ってるよ。修復したい(ブック)があるんだろ」

「そう。でも、考えたことがあるの。壊れてる(ブック)を修復するのって、(ブック)を新しく造るのと、そう変わらない知識なんじゃないかって。

 つまり、わたしが欲しい知識がもしあるとしても、書架(ライブラリ)の奥深く──普通では手が届かないような場所にあるんじゃないかって。それって、手に入れることができるんだろうかって、そう考えたんだよね」


 リオンは鮮やかな青い瞳を瞬かせた。ソフィーの表情はまるっきり真剣で、言葉もまるで本気に聞こえた。


「でも、セティがいれば、もしかしたらそこまで手が届くかもしれない。そんな気がするんだ。これは勘だけどね」


 ソフィーはにっこりと笑った。その笑みは、ソフィーの中にある自信や希望、誇り、そんなものを全部かき集めたように、輝いていた。

 それを否定するのは──引き止めるのも、きっと野暮というものだろう。

 リオンは負けた気分で大きく息を吐いて、髪の毛をかき混ぜる。


「わかった、わかったよ。ただ……ソフィー、やっぱり俺と組まないか?」

「またその話? わたしは」

「それはわかってる。わかってるけどな、でも、俺も知っちまったから」


 リオンはソフィーを見てにやりと笑う。


「俺だって探索者(ブックワーム)なんだよ。一攫千金狙って命がけで書架(ライブラリ)に潜ってるんだ。

 ソフィーを心配してるのも本当だけど、それだけじゃない。こんな美味しい話、俺にも一枚噛ませろって言ってるんだ。探索者(ブックワーム)として、な」


 ソフィーは何度か瞬きをする。リオンはリオンで、本気で真剣なのだ。探索者(ブックワーム)としての自信も、希望も、誇りだって、ソフィーと変わるところはない。

 ソフィーは息を吐いた。小さく苦笑する。


「そうね。でも、ちょっと考えさせて」

「お、今までで一番良い返事」


 リオンの嬉しそうな顔に、ソフィーは眉をしかめた。


「ふざけてるなら、断るけど?」

「ふざけてなんかないって。俺はいつだって本気だ」

「どうだか」


 そんな言い合いをしながらも、二人はやっぱり探索者(ブックワーム)だった。お互いの意地だって、本気だって、ちゃんとわかっていた。

 小さな笑い声の後、薄暗い通路はまた静かになった。あとはゆっくりと、疲れを癒すだけだった。




   第三章 碧水の蛙アクアルーラー・フロッグ おわり


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ