表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第三章 碧水の蛙(アクアルーラー・フロッグ)
15/105

15 蜘蛛の糸を辿って

 掴んだ蜘蛛の糸が引っ張られる感触。

 それを引っ張っているのが何か、ソフィーにはわからない。でも確信していた。


「セティ」


 ソフィーは張り詰めた糸を握り締める。この先にセティがいる。そしてこの(ブック)の本体も、きっといる。


「おい、氷華の兎フロストブルーム・ラビットが」


 リオンの声に視線をあげると、走り回って水面を凍らせていた氷華の兎フロストブルーム・ラビットが動きを止めていた。

 セティに何かあったのかと、一瞬、悪い想像が頭をよぎる。

 けれど氷華の兎フロストブルーム・ラビットはちょこちょこと動き出してソフィーの足元にやってきた。そして、糸の先、水の中にとぷんと飛び込んだ。


「セティが、呼んだ……?」

「何かあったのか?」

「わからない、けど……」


 ソフィーは糸の先に手応えを感じていた。セティはまだ諦めてはいないはずだ。


「だったらわたしは、ここで本体を待ち構える」


 ソフィーは、その細い糸を手繰り寄せる。


(お願い、セティをここまで連れてきて)


 紡ぎ手の蜘蛛ウィーバー・スパイダーの紡ぐ細い糸は、ソフィーのその意思によって繋がっていた。


   ◆


 セティは蜘蛛の糸を辿って水面に向かう。水面に映る光が、徐々に強く見えてくる。

 急がない。(ブック)の本体が自分についてきていることを確認しながら、ゆっくりと浮上してゆく。

 塊になって飛んでくる水は氷で防いだ。

 遠くからの攻撃が当たらないことに焦れたのか、足に絡みつかれ、引っ張られた。

 ぐん、と蜘蛛の糸が引っ張られて張り詰める。

 その細い糸は今にもちぎれてしまいそうで、でも決してちぎれなかった。


(この先にソフィーがいる。ソフィーは俺を信じてるんだ)


 ソフィーが何を思って紡ぎ手の蜘蛛ウィーバー・スパイダーをセティのところに寄越したのか、セティにはわからない。けれど、それがソフィーの意思だということはわかる。

 ソフィーの意思が今、セティを水面に連れていこうとしている。周囲の水は相変わらず重いけれど、セティはもうひとりだと感じていなかった。


(だったら、俺はソフィーのところに(こいつ)を連れて行く)


 セティは足の周囲を凍らせる。足に絡みついていた水が、するりと逃げてゆく感触があった。

 相変わらず、本体を捕まえさせる気はないらしい。


(大丈夫、焦らなくて良い。水面は近づいてる)


 そのとき、氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴルが白い泡をまとって水の中を落ちてきた。いや、落ちてきたように見えて、ただ落ちているわけではなかった。

 セティの目の前にやってきた氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴルは、不意に体の向きを変えて、セティの周囲をまるで跳ね回るように動き回った。水の中だというのに。

 少し離れたところから水の塊が飛んでくる。それを分厚い氷が防ぐ。

 動くものが増えて、(ブック)はどちらを狙うべきか決めあぐねているようだった。


(よし、いけ! 氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴル! この辺り全部凍らせてやれ!)


 セティの意思で、氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴルが動き出す。セティの足元まで跳んで、その周囲を跳ね回るように動く。

 そして、水が見る間に氷の塊になってゆく。

 それを狙って、水の塊が撃ち出される。氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴルはそれを避ける。氷にヒビが入ったが、氷はすぐにまた成長する。


(あの場所の氷、あの位置にヒビが入ったってことは、本体はあの辺り)


 セティは水中を睨む。もう場所を変えているかもしれない。けれど、セティと氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴルを狙っているのだ、そこまで遠く離れはしないだろう。

 それに、遠く離れられないように、その向こうの水を凍らせてしまえば良い。

 氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴルが水の中で跳ね回って周囲を凍らせてゆく。セティも糸を辿って登りながら、本体の逃げ道を氷で塞いでゆく。

 (ブック)の攻撃でときどき氷に穴が開くが、それもすぐに塞いで、穴が開く前よりも氷の塊を大きくする。

 セティは(ブック)の本体を確実に水面に導いていた。

 そして、水面が近づいてくる。

 氷で覆われた水面の、そこにだけ穴が空いているのが見えた。そこから糸が落ちてきているのも。


(もう少し!)


 セティは手を伸ばす。

 その手を狙って、水の塊が撃ち込まれる。自分の手を凍らせて、それを防ぐ。その間に氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴルが回り込んで、周囲の水を凍らせる。

 セティはようやく、(ブック)の本体を氷に閉じ込めることができた。


   ◆


 水面が揺れて、ソフィーが握る糸が張り詰める。セティはきっと、近くまできている。

 唇を結んで、ソフィーは来るものを待ち構える。ソフィーの意識も、握る糸のように張り詰めていた。


 ざぷっと、水しぶきと共に宙に押し出されたものは、氷の塊だった。すぐにセティも水面に顔を出した。

 空中で、氷が割れて、中から水が溢れ出す。

 セティが叫ぶ。


「水! それが本体だ!」


 氷の中から出てきた水の塊は、一瞬だけ、透明な蛙の姿を作った。けれどもう次の瞬間には、ただの水の塊になって、水面に向かって落ちてゆく。

 まだ水から顔を出しただけのセティが、自分の体ごと水面を氷で塞ぐ。水面が見えなくなる。その氷に、べちゃり、と水が落ちる。まるでただの水たまりのように広がるが、水の中に隠れるのを諦めたのか、すぐに蛙の姿に変わる。

 蛙の姿をした水は、逃げ出そうと跳ねた。

 そこに向かってソフィーの両腕が伸びる。

 蛙はソフィーに向かって小さな水の塊を撃った。セティが咄嗟にソフィーの前に氷の塊を作って、その弾道を逸らす。

 水の塊はソフィーの頬をかすめて、赤い血が飛び散った。


「ソフィー!」


 リオンの声が大きく響く。

 それでもソフィーは動きを止めなかった。水でできた蛙を両腕で抱き寄せる。


「我が呼び声に応えよ。我ソフィーは汝の所有者なり」


 ぼうっと蛙はその内側から光を放った。


閉じろ(クローズ)


 ソフィーの言葉とともに、蛙は輪郭を失い、四角い石の姿になった。その題名(タイトル)は、碧水の蛙アクアルーラー・フロッグ

 そして、周囲にあった水も姿をなくす。

 セティが軽く手を振れば、氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴルもその氷もなくなって、辺りは書架(ライブラリ)の中、どうってことない通路だった。

 リオンが最初に水の中に入れて、引っ張り込まれた棒が、そのまま床に転がっていた。

 セティは力を抜いて、ぐったりと冷たい──でも乾いた床に寝転んだ。

 紡ぎ手の蜘蛛ウィーバー・スパイダーの糸は、まだ途切れることなくしっかりと、ソフィーとセティを繋いでいた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ