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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第三章 碧水の蛙(アクアルーラー・フロッグ)
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11 影狩の猟犬(シャドウハント・ハウンド)

 書架(ライブラリ)の中に入れば、石積みの壁の部屋があった。魔術の明かりが灯っていて、部屋の中は明るい。その部屋から出ている通路は四つ。

 相変わらず乾いて清潔そうなのは、書架(ライブラリ)の魔術が行き届いている証だ。

 いつもと大きく変わったところはない、とソフィーは判断する。であれば、やることはいつもと一緒だ。道具袋(ポーチ)の中に手を入れる。

 リオンも早速一冊の(ブック)を取り出していた。


開け(オープン)影狩の猟犬シャドウハント・ハウンド


 リオンの声とともに、手のひらの(ブック)が目覚める。模様に光が走り、ぼんやりと全体が光って輪郭が曖昧になる。その光はリオンの足元に集まって、すらりと細身で黒い毛並みの大型犬になった。

 影狩の猟犬シャドウハント・ハウンドは早速、石が並ぶ床を嗅ぎ回る。


「罠に対して鼻が効くんだ、便利だろ」


 リオンはセティに対して自慢げに言う。セティは犬の姿を見て、唇を尖らせた。


「便利なのはお前じゃなくて(ブック)だろ。お前が偉そうにするな」

「この(ブック)を手に入れたのは、俺の実力なんだよ」

「ふん」


 セティの生意気な顔に、リオンは悪態をつきたくなった。けれど、ソフィーがじっとりとした視線を二人に向けていることに気づいて、リオンは諦めて口を閉ざした。


開け(オープン)羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)


 今度はソフィーが(ブック)を開く。開かれた羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)は、ソフィーの周囲を飛び回って、歌い始める。

 しばらくその歌声を確認して、ソフィーは手のひらを差し出した。


閉じろ(クローズ)


 鳥の輪郭が曖昧に光って、その光がソフィーの手のひらの上に集まる。そして、光が消えたときには、それは四角い石の姿に戻っていた。


「もう閉じるのか?」

「ずっと音を出しておくと、危ないことがあるから」


 ソフィーの説明に、セティはちょっと首を傾けた。危ない、ということがよくわかっていない顔だった。

 リオンはそのやりとりを訝しげに見ていた。何か言いたくなって口を開きかけたが、結局は何も言わずに、通路の一つに視線を向けた。


「ともかくこっちの方だな。進むぞ」


 先頭は影狩の猟犬シャドウハント・ハウンドとリオン。その後にソフィーが続いて、セティは最後だった。

 最初のうちは石積みの廊下も、いくつかの分かれ道があった。分かれ道のたびにソフィーが羅針盤の金糸雀(コンパス・カナリア)で進行方向を確かめて、進む。

 そうやって進むうちに、分かれ道に出会わなくなった。時折曲がり角はある。ちょっとした罠もあったが、影狩の猟犬シャドウハント・ハウンドが見つけだして避けることができた。

 そんな明かりはあるが光量の少ない薄暗い廊下を、ただ進んでいた。

 セティは先を進むリオンとソフィーの後ろを手持ち無沙汰についてゆくだけだった。それがなんだか、セティには気に入らなかった。


「やっぱり便利ね、影狩の猟犬シャドウハント・ハウンド書架(ライブラリ)の中じゃ、普段は罠に神経尖らせるから」

「だろ? 俺と組むのも悪くないと思うよ」

「それはまた別の話」


 ソフィーがリオンの(ブック)を頼りにしている様子なのも、なんだか気に入らない。


(俺だって……俺の方が、役に立つのに)


 セティはむすっと唇を曲げて二人の後をついてゆく。前を行く二人は、セティのそんな様子に気づいていない。そのこともまた、セティの苛立ちを濃くした。

 やがて、影狩の猟犬シャドウハント・ハウンドが足を止めた。分かれ道はない、ただまっすぐに進むしかない、狭い廊下だ。

 影狩の猟犬シャドウハント・ハウンドは足元にすんすんと鼻を近づけて、それからリオンを見上げた。


「罠があるな。避けて通れそうか?」


 リオンはしゃがむと、影狩の猟犬シャドウハント・ハウンドの毛並みを撫でながら同じ目線で侵攻方向を睨む。影狩の猟犬シャドウハント・ハウンドがその頬に鼻先をくっつける。まるで会話をするように。

 ここまでずっと一本道だった。罠を避けて別の廊下を通るなら、だいぶ戻らないといけない。

 このままさっさと進めば良いのに、とセティは苛立ちとともに思った。


「避けて進めるみたいだな、影狩の猟犬(こいつ)の後についていけば大丈夫だ」


 ぽんぽんと、リオンは影狩の猟犬シャドウハント・ハウンドの頭を撫でて、それから立ち上がった。


「わかった」


 ソフィーはほっとしたような顔で頷いた。さっきからソフィーは、リオンとその犬ばかり見ていて、後ろからついてくるセティを気にする様子がない。セティは気に入らないも苛立ちも通り越して、腹が立ってきた。


(なんださっきから俺のことは放っておいて罠の話ばっかり。そんなのどうってことないのに。さっさと進めば良いのに)


 そして、もう待つのが嫌になった。

 セティはソフィーの脇を通って、リオンとその犬の脇も通り抜けて、その罠があるという廊下に踏み込んだ。


炎の蝶パピヨン・ドゥ・フラム


 セティの目の前に炎の(はね)が揺らめく。その羽ばたきが、飛んできた矢の勢いを殺し、足元に落とす。矢には炎が移り、廊下の上で燃えていた。


「セティ!?」


 ソフィーが声をあげたときには、もう全部終わっていた。セティは自慢げな顔で振り向いてみせる。


「罠なんかどうってことないじゃないか」


 けれど、ソフィーはセティを褒めることも賞賛することもなく、怒り出した。


「なんてことするの!」


 セティはきょとんとソフィーを見上げる。


「どうしてだ? 先に進みたいんだろ? どんな罠でも俺なら大丈夫……」

「大丈夫なわけないじゃない! 今回はたまたま対処できたから良いけど、そうじゃない罠だったら大変なことになってたかもしれないのよ!?」


 ソフィーの怒りはセティを心配してのことだけれど、セティにはうまく伝わっていない。セティはただ、ソフィーに認めてもらえなかった、と感じただけだった。


「俺なら……大丈夫なのに」

「大丈夫じゃないこともあるかもしれないの! 書架(ライブラリ)は危険なんだから」


 セティはふてくされた顔で、うつむいた。その様子に、ソフィーも自分が声を荒げていたことに気づく。小さく溜息をついて、ソフィーはセティの顔を覗き込む。


「とにかく、無事で良かった」


 セティは気まずいまま、ふいと横を向いた。


「心配なんかされなくたって、俺は平気だ」


 二人のやりとりに、リオンは小さく肩をすくめた。


探索者(ブックワーム)とも呼べないガキじゃないか」

「こ、子供扱いするな!」

「言い合いはやめて」


 また口喧嘩になりそうなセティとリオンをソフィーの声が止める。


「先に進みましょう。今はとにかく影狩の猟犬シャドウハント・ハウンドの進む通りに。罠で疲弊したくないから。

 セティも大人しくついてきてちょうだい」


 釘を刺されて、セティはむすっとしたまま、それでもしぶしぶ頷いた。


「ソフィーはなんだってこんな物知らずのガキと一緒にいるんだ」

「リオンも煽るようなことをいちいち言わないで」


 セティが反応するより先に、ソフィーがリオンを叱る。その様子に、セティはちょっとだけ気分が良くなった。


「お前もソフィーに怒られてるじゃないか」

「中身が違うだろ、ガキと一緒にするなよ」


 また言い合いになりそうな二人に、ソフィーは特大の溜息をついた。


「わたしから見たらどっちもそんなに変わらないけど?」


 ソフィーの言葉に、セティは不服そうな顔をして、リオンは「えぇ〜」と情けない声をあげた。




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