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ブックワームは書架へ潜る  作者: くれは
第十七章 本(ブック)の少年と魔術師の手
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105 本(ブック)の少年と魔術師の手

 ゆっくりと歩いてソフィーの部屋に戻るまで、ソフィーもセティも何も話さなかった。ソフィーはセティの様子を気にして歩幅を合わせながら、セティはケーキの箱に集中して、二人で並んで歩いていた。

 部屋に戻って、セティは手にしたケーキの箱を不安そうにソフィーに差し出す。


「これは?」

「チョコレートケーキ」


 ソフィーは受け取ると、箱をテーブルに乗せて開けてみる。チョコレートクリームの甘いにおいに、口元がわずかにほころんだ。

 ソフィーのそんな表情を見て、セティは安心したように言葉を続けた。


「食べようと思って。その……二人で」


 ソフィーは顔をあげて、セティを見てにっこりと笑う。


「ありがとう。じゃあ、早速食べましょうか」


 テーブルにお皿を並べてケーキをそっと箱から出して乗せる。フォークを添える。一緒に飲むのはいつも通りに牛乳だ。マグカップに白い液体をたっぷり注ぐ。

 用意を終えて、ソフィーがセティを見る。セティは瞬きをしてソフィーを見返す。


「あのね、セティ」


 ソフィーは何か言いかけて、でもすぐにまた微笑んだ。


「ううん、あとで話す。今は、ケーキを食べましょう」


 セティも、ソフィーに言いたいことがあったはずなのに、言葉はうまく出てこなかった。だから何も言わずにこくりと頷いた。

 チョコレートクリームは甘く、二人の間にあった緊張をほぐしていった。ふわふわとしたスポンジの感触も、優しかった。

 合間に牛乳を飲むのも、セティはとても気に入った。マグカップの口をつけた場所に、チョコレートクリームがくっつく。


「美味しいケーキね」

「デイジーに教えてもらったんだ」

「お礼言わなくちゃね。また彼女の店に買い物に行きましょう」


 そんな穏やかなやり取りの間、ソフィーはセティを見ていた。そのことにセティはひどく安心した。セティと視線を交わして話をしていることが、とても嬉しかった。

 そうして二人で時々顔をあげては、目を合わせて微笑みあって食べるチョコレートケーキは、とびきり甘くて美味しかった。

 セティがケーキを食べ終えて牛乳を飲んでいる間に、ソフィーもケーキを食べ終えた。フォークを皿に戻して、真っ直ぐにセティを見る。

 その雰囲気に、セティはマグカップをテーブルに戻して、口の周りをぐいと拭った。セティもまた、真っ直ぐにソフィーを見返した。

 ソフィーは真面目な顔で、静かに口を開いた。


「ごめんなさい、セティ。あなたをないがしろにしていたつもりはなかったんだけど……でもわたしはサンキエムに──サンキエムの言葉に囚われすぎていた。ちゃんと、あなたを見れていなくて、ごめんなさい」


 ソフィーの言葉に、セティは何度か瞬きをする。それから、反応に困って視線をうろうろさせて、そしてようやく唇を尖らせてソフィーを睨みあげた。


「そうだぞ。最強で特別な俺が一緒にいるんだから、ソフィーは大丈夫なんだ。だから、サンキエムの言うことなんて、気にすることないんだ」


 ソフィーはふふっと柔らかく笑った。


「そうね。わたし、セティに所有者(オーナー)って言ってもらえて、とても嬉しかったの。あの言葉で、わたしはサンキエムと戦えた。それは本当。だから……ありがとう、セティ」


 あまりに素直な感謝の言葉に、セティはまた何度か瞬きをする。素直に受け取るのはなんだか恥ずかしくて、また「ふん」と顔をそらしてしまう。

 デイジーには甘えたら良いと言われたけれど、それはやっぱり出来そうにない。でも、セティは大事なことを思い出した。ソフィーはいつだって優しかったし、いつだって(ブック)を大事にしていた。


「俺は……ソフィーが(ブック)を大事にしてることを知ってた。知ってたのに……ソフィーが壊れたサンキエムや写し(コピー)のことを考えるのが、気に入らなかったんだ。正直、今だって気に入らない。でも、そうやって(ブック)を大事にするのがソフィーなんだって、思う」

「ありがとう、セティ。ちゃんと、セティのことも大事にするから」

「あ、当たり前だ! 俺は特別な(ブック)なんだからな!」


 ぐいと顎をあげたまま、セティは胸を張ってみせる。

 いつものようなそんなやり取りも落ち着かなくて、そわそわと視線をあちこち動かした後に、セティはそっとソフィーを見上げた。


「あ、あの……」

「なあに?」


 デイジーみたいに「大好き」と言ったり、ぎゅっと抱きついたりするつもりはない。でも、セティは今、ソフィーの体温が欲しかった。前に手を握ったときの温かさ、頭を撫でられたときの優しさ、そんなものを感じたかった。

 セティはそっと、ソフィーに向かって上半身を傾けると、自分の頭を差し出した。


「な、撫でても良いんだぞ、頭」


 突然の申し出に、今度はソフィーが何度か瞬きをした。それから静かに微笑んで、右手を持ち上げてそっと、セティの頭に乗せる。

 セティはその手の優しさに、口角が自然と上がるのを必死で誤魔化した。唇を引き結んで、不機嫌そうな顔をしてみせた。それでも、ソフィーの手は変わらずにセティの頭を撫でていた。

 セティの真っ黒い髪を、ソフィーの指先が優しくくしけずる。


「ソフィーの手は、優しいし柔らかい。それに、あったかい」


 セティの言葉に、ソフィーは目を細めて、より丁寧に頭を撫でた。セティは前髪の下からソフィーの表情を伺って、ほっとしたように言葉を続けた。


「リオンの手はもっと大きくて、ごつくて強くて、髪の毛をめちゃくちゃにするんだ」


 セティが唇を尖らせる。その表情に、ソフィーはふふっと笑う。


「それで、じいさんは……じいさんの手は、しわくちゃで、骨ばってて、指輪が当たると痛くて……でも、あれが最後だったんだ」


 セティは、アンブロワーズに閉じられる直前のことを思い出す。頭を撫でられたこと。知識を集めて成長しろと言われたこと。

 そして最後に──。


(そうだ)


 アンブロワーズは最後に、セティの頭を撫でながら「良い所有者(オーナー)と巡り合えるように」と祈った。魔法でもなんでもない、祈りの言葉。それをセティは思い出した。

 セティはそっとソフィーを見る。ソフィーは楽しそうに、幸せそうに、微笑んでいる。目が合って、気恥ずかしくて慌てて目を伏せる。頭を撫でる手の感触が、よりくっきりと感じられる。

 ソフィーの手はアンブロワーズの手とは全然違う。でも、セティにとって大事な所有者(オーナー)の手だった。

 アンブロワーズの手に頭を撫でてもらうことはもうできない。でも、セティには新しい所有者(オーナー)がいる。

 ソフィーがアンブロワーズの言う「良い所有者(オーナー)」なのか、セティにはわからなかったけれど、セティは自分を開いてくれたのがソフィーで良かったと思ったのだった。




   第三部 ブックの少年と魔術師の手 おわり


第三部終了までお付き合いくださってありがとうございます。

また時間はかかると思いますが、第四部開始までお待ちいただけると嬉しいです。


ブックマークや評価など、励みになっています。

もしまだでしたら、ブックマークや評価(☆)やいいねなどいただけると、とても嬉しいです。

よろしくお願いします。

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